第17話 異世界ラジオの進めかた
『〈あかさかるいこ、わかばのまちであいましょー〉、はとりみなみ、ごさいです。るいこおねーちゃん、またみなみたちのおみせにあそびにきてねっ!』
「わあっ」
スピーカーから流れてきた言葉に、ベンチに座っていた女の子がうれしそうな声を上げる。
「ながれたよっ! みなみのこえ、スピーカーさんからながれたよっ!」
「でしょ? 赤坂せんぱ――っと、瑠依子お姉さんが約束したとおりだったね」
「うんっ!」
ベンチから降りてぴょんぴょん飛び跳ねる女の子に笑いかけると、返事といっしょに満開の笑顔を見せてくれた。
『ただいまのジングルは、取材の模様を放送したケーキ屋さん〈パティスリーはとり〉の看板娘・羽鳥みなみちゃんがつい先ほど録ってくれた、出来たてほやほやのジングルでした。みなみちゃん、またケーキを買いに行きますね』
「ありがとー、るいこおねーちゃんっ!」
みなみちゃんがスタジオに向けて元気いっぱいに手を振ると、中にいる赤坂先輩も笑顔でひらひらと手を振り返した。生放送中なのにこういう対応がすぐに出来るあたり、やっぱり手慣れたもんだなと思う。
「よかったな、ミナミ」
「よかったですね~」
「うんっ! おねーちゃんたちも、ありがとーございましたっ!」
俺の隣にいるルティとフィルミアさんには、ぺこりとごあいさつ。えへへーと笑いながら顔を上げる姿はかわいらしくて、さすが看板娘といった感じだ。
「ところでみなみちゃん、時間はだいじょうぶなのかな?」
「あっ」
スマートフォンの時計を見せると、いけないとばかりにみなみちゃんが両手で口を覆った。時間は夕方の5時50分。若葉市の夕焼けチャイムもとっくに鳴り終わっていた。
「でも、ばんぐみのしーでぃーがあるんだよね?」
「出来上がったら、明日か明後日にでも届けてあげるよ。お父さんもお母さんも、みなみちゃんの帰りが遅くなったら心配しちゃうから」
「そっか。じゃあおにーちゃん、おねがいねっ!」
「ああ、もちろんだよ」
赤坂先輩の番組に出てくれた人には、著作権が関わってくる音楽の部分を抜いた収録分のCD-Rを渡すことになっている。もちろんみなみちゃんにも渡すことにはなるんだけど、放送終了は午後6時。そこから編集してCDを焼くとなるともっと時間がかかるから、渡すなら明日以降がいいだろう。
「じゃあ、かえろっかな」
「大丈夫? 送ろうか?」
「へーきだよっ、すぐそこだもん」
「あははっ、そりゃそうか」
みなみちゃんの家でもある「パティスリーはとり」は、わかばシティFMが入っているビルの3軒隣り。ここから見送れば十分か。
「それじゃあ、またねっ。さすけおにーちゃん、ぎんいろのおねーちゃんたち!」
「またね」
「うむ、またな」
「また会いましょう~」
ぶんぶんと振る手に、俺たちも笑顔で振り返す。満足したらしいみなみちゃんはくるりと振り返って走り出すと「おとーさーん! おかーさーん!」って言いながらお店の中に入っていった。
「とてもかわいらしき看板娘だったな」
「うちの商店街でも人気の看板娘なんだ」
「わかります~。ミナミちゃんの愛らしさにはめろめろですよ~」
優しいまなざしでみなみちゃんを見送っていたルティと、頬に手をあてて微笑むフィルミアさん。夕陽に照らされたふたりの横顔も、そばで見ているとかわいらしい。
「ありがとうございます、フィルミアさん。急な話だったのに手伝って下さって」
「いいんですよ~」
「ルティも、ありがとうな」
「構わぬ。いい予行演習だとも言えよう」
「それもそうか。アドバイス、なかなか堂に入ってたぞ」
「サスケとカナが我にしてくれたことを思い出しながらしてみただけだ。カナがいない分は、我がサスケの相棒を務めなければ」
紅いブレザー風の服と黒いスラックスに身を包んだルティが、当然だとばかりに胸を張る。金の微章と7つの小さなサファイアつきの銀の紋章も身につけた、堂々としたレンディアールの王女様の正装姿だ。
「わたしも、お役に立てたでしょうか~」
「立ちました立ちました。みなみちゃんの話し相手になってもらえて大助かりでしたよ」
「そう言っていただけてよかったです~。街の子供たちとおしゃべりするのって大好きですから~」
フィルミアさんの服装はというと、水色のドレスの上に蒼いカーディガンのような少し丈の長い服。レンディアールの民族衣装らしきものを着て、この間のように穏やかな雰囲気をまとっていた。この間ヴィエルを案内してたときもよく声をかけられてたあたり、フィルミアさんの穏やかな人柄が親しまれているんだろう。
「いやー……ふたりがいなかったらどうなってたことか」
「仕方あるまい。サスケもカナも忙しない日々を送っていたのだからな」
頭をかく俺へ、ルティがちょっと申し訳なさそうな笑顔を向ける。
「カナさんのお仕事、うまく決まるといいですね~」
「〈セイユウ〉の選考というのは、やはり厳しいものなのか?」
「前に聞いたことがあるけど、ひとつの役に対して数十人が応募してくるっていうのもあるらしい。まず録音したのを聴いてからふるいに掛けられて、その後残った人が呼ばれて直接声を聴いてもらって、演じる人物にいちばん合ったひとが選ばれるとか、そんな感じだってさ」
「は~……そんなに狭い門なんですか~」
「ひとりにつき一役ですし、ただでさえ声優さんはたくさんいますからね。でも、今回は第一関門を突破しているわけですから、あとは有楽のがんばり次第です」
「なるほど~」
こくこくと、俺の説明に納得したようにフィルミアさんが何度もうなずいた。
さて、なぜレンディアールの王女様姉妹が土曜夕方のわかばシティFM前にいるのかというと……俺が有楽の声優オーディションをすっかり忘れていたことが、全ての原因だったりする。
木曜日の夕方にレンディアールから帰ってきた俺は、次の日の授業中に土曜日のラジオ用のネタを必死にひねり出したり、キューシート――番組の進行表を作ったりしてから放課後の部活に乗り込んだわけなんだけど、
『あの……せんぱい。あたし、日曜がオーディションって言いましたよね?』
『あ』
そんな感じで有楽に白い目を向けられた上に、
『七海先輩、空也先輩。赤坂先輩のラジオのアシ、手伝ってもらえませんか!?』
『むう……手伝いたいのはやまやまだけど、ボクたちも明日は用事があるんだ』
『え』
『キャンセル待ちの演劇のチケットがとれてね。姉さんといっしょに見に行くの』
『な……中瀬……』
『技術畑の私を誘うなんて、正気の沙汰ですか?』
『おぅふ……』
ぜーんぶ空振りした結果、向こうの公務がお休みで、土曜の朝から来ていたルティとフィルミアさんにお願いしたってわけだ。べ、別に泣きついたとかそんなんじゃないし。朝ごはんを食べにうちの店へ来たところで、初っぱなに全力で土下座したぐらいだし。
「カナさんの演技が、多くの人の耳に届くといいですね~」
「そのための練習とかはたくさんしてますからね。俺も、そう願ってます」
「我も、いろんな物語でカナがどういう演技をするのか楽しみだ」
実際に有楽の演技を目の当たりにしたこともあって、ルティもフィルミアさんも期待しているらしい。有楽の代役ってことでお願いしたときも、ふたりとも快く受けてくれたのはとてもありがたかった。
『それでは、本日最後の曲です』
「おっ」
「ミア姉様、そろそろですよ」
「おお~」
スピーカーから流れてくる先輩の声に、三人揃って反応する。なんてったって、今日はこれからが大事なところなんだ。
『遠い国から若葉の街へ遊びに来てくれた友達が、ふるさとに伝わる祈りの歌をうたってくれました』
スタジオにいる先輩も、こっちをちらりと見て小さくうなずく。その視線は俺じゃなく、隣りにいるフィルミアさんに向いていて、
『フィルミア・リオラ=ディ・レンディアールさんで〈実りを願う〉』
その本人へ呼びかけるように、優しいまなざしでフィルミアさんの歌を紹介した。
続いてスピーカーから流れてきたのは、のびやかでゆったりとした優しい歌声。
自由奔放なルティの歌声と違って、フィルミアさんはまるで話しかけるように歌っていた。
――冬の大地に、雪が降る。
――土すら凍える、冷たい雪が。
レンディアールの言葉で歌われているのは、ルティと同じ。でも、この間日本で歌ったときにはわからなかった言葉の意味が、今はしっかりと意識すればわかるようになっていた。
俺がケガしたときにピピナが手首へ口づけしてくれたからなんだろうけど、その本人は今、ここにはいない。
――実りの息吹が、地に眠る。
――まだ見ぬ春を、夢に見ながら。
四季を通じた実りを願う、祈りの歌。ゆったりとしたフィルミアさんの歌声も相まって、おとぎ話を語っていくようなあたたかい空気があたりを包む。
ルティは聴き入るように目を閉じて、フィルミアさんは見守るようにスピーカーを見上げて。そんなふたりの銀色の髪は、オレンジ色の陽射しを受けて淡く、優しく輝いていた。
――雪から土へ、恵みは伝わる。
――ゆるり、ゆるりと時間をかけて。
フィルミアさんの歌が収録されたのは、今朝早くのこと。ふたりがレンディアールからマンションの屋上へと降り立って、ピピナが赤坂先輩を呼びに行くと、ICレコーダーを持って屋上へやってきたらしい。
――豊かな秋は、まだ遠い。
――それでも我らは、じっと待つ。
木曜の夜にふたりが帰って、金曜の夜にうちの店でごはんを食べてたときには少し寂しそうだったから、きっと来るのが待ち遠しかったんだろう。その場ですぐ、フィルミアさんの歌を録り始めたそうだ。耳をすましてみると、風を受けて植物が擦れる音や、遠くで飛行機が飛び去っていく音が聴こえてくる。
『〈赤坂瑠依子の「若葉の街で会いましょう」〉。わたしの歌は、いかがでしたか~?』
恵みを待つ冬と、芽吹く春。風雨を耐える夏に、実りの秋。その全てを歌い終わった直後、軽快な音楽をBGMにしてのんびりとしたフィルミアさんのジングルが流れだした。
「は~」
「どうしました? 姉様」
「わたしの声って、こういう風に聴こえるんですね~」
少し首を傾げて、照れたようにフィルミアさんが笑う。
「こうしてはたから聴くと、自分の声って全然違いますよね」
「はい~。もっと低い声かと思っていたのですが~」
「わかります。私も、やはり初めて聴いたときは驚きましたから」
先に経験していたルティが、うんうんとうなずいた。ホント、自分でしゃべるのと録音した声を聴くのじゃ全然トーンが違うんだよ。
『本日最後を彩る歌とジングルは、フィルミア・リオラ=ディ・レンディアールさんから頂きました。フィルミアさんは、先週ジングルを頂いたエルティシアさんのお姉さんで、それがご縁で仲良くなった友達なんです。フィルミアさん、優しい祈りの歌をありがとうございました』
「まあ~」
先輩のコメントを聴いたフィルミアさんが、より一層照れたのか両手に頬をあててふるふると体を揺らした。
「聴いてみてどうでしたか?」
「なんといいますか~……ふしぎですね~」
俺の問いに、両手に頬をあてたままほうっと吐息をもらす。
「今のわたしの歌が、たくさんの人に届いたんですよね~?」
「そうですね。若葉市内でこの番組を聴いてる人は結構いますから、きっと数百人ぐらいは」
「数百人~……そんなにですかー!」
「姉様、劇場でも観衆の目の前でよく歌っているではないですか」
「それとこれとは別ですよー! 目の前にいない方々に聴いてもらうなんて、初めてなんですからー!」
照れが突き抜けて恥ずかしくなったらしく、ゆったりとしていたフィルミアさんの口調がまくしたてるように変わった。このあたりは、堂々と受け入れたルティとは違うみたいだ。
「っと、ちょっと失礼」
振動するスマートフォンをジーンズのポケットから取り出すと、画面が点灯してメールの着信を知らせていた。送り主は有楽からで、タップして表示させてみると……おお、これはこれは。
「フィルミアさん」
「は、はい~?」
「有楽からメールですよ、ほらっ」
スマホを差し出してみせると、フィルミアさんはまじまじと画面に見入ってメールを読み始めた。
「『どうにかしなくちゃってあせってたけど、フィルミアさんのうたをきいたらこころがおちつきました。あせらずがんばって、みのりをつかみとってきます!』……まあ」
ひらがなとカタカナしか読めないことを考えてか、メールの文面は全部ひらがなとカタカナ。最初に「せんぱい、ぜったいにフィルミアさんにみせてくださいね!」なんて一文が添えられているあたり、有楽の気配りが感じられるメールだった。
「姉様、さっそく歌が〈らじお〉で届いたようですね!」
「ええ、ちゃんと届くんですね~!」
隣でのぞき込んでいたルティがねぎらうと、フィルミアさんが大きくうなずく。こうしてメールやFAXで伝わったのがわかるとうれしいし、それを肌で感じてもらえたみたいで本当によかった。
「ルティが〈らじお〉をやりたがるのも、よくわかります~」
「こうして自らが発した言葉が多くの人へ伝わるというのは、不思議でもありとても楽しいものですから」
「今度レンディアールに行ったら、フィルミアさんとリリナさんのおしゃべりも録ってみましょうよ」
「おおっ、いい考えだな」
「わ、わたしは~……歌と楽器で十分ですよ~」
「それは残念。まあ、あまり無理強いするのも悪いですからね」
やっぱり照れるのか、ちょっと困ったように笑うフィルミアさん。それでも、フィルミアさんの歌声は十分にラジオの目玉コンテンツになるはずだ。
『このあと午後6時からはDJジャンゴさんの〈アメリカン・オールディーズ〉。午後7時からは権だいすけさんと榎並友穂さんの〈WAKABA COWNTDOWN 50〉と番組が続いていきます。それでは、今日はこの辺で。この時間のお相手は赤坂瑠依子でした。また、次のお散歩で会いましょう』
そんな感じでしゃべっているうちに、番組もエンディングトークのラストを迎える。一瞬無音になったあとにCMが流れ始めると、スタジオにいた先輩がいそいそとモニターヘッドホンを外して、タブレットPCを抱えてからスタジオから出ていった。
「うん? ルイコ嬢は、いったいどこへ……?」
「すぐにわかると思うぞー」
首を傾げるルティに答えたその瞬間、車庫の横にある通用口のドアが開いて赤坂先輩が駆け寄ってきた。
「ありがとうございましたっ!」
「わわ~っ!?」
そして、フィルミアさんの右手をがしっと握ってぶんぶんと振り始める。
「フィルミアさんの歌、とってもよかったです! リスナーのみなさんにもいっぱい伝わったみたいですよっ!」
「えっ、えっ?」
先輩は左手で抱えていたタブレットPCをフィルミアさんに見せると、SNSのメッセージを前のほうにスワイプさせていって、
『おおっ、なんだこの歌。キレイだなー #ruiko_radio』
『どこの国の歌なんだろう。CDあるかな? #ruiko_radio』
『ほえ~、いいじゃん! #ruiko_radio』
『うちでかけたいねー #ruiko_radio #リラクゼーションセラピーは南天屋』
『まったく言葉はわからないけど、いい歌ってのはわかる #ruiko_radio』
「みなさん、フィルミアさんの歌を聴いて反応してくださったんです」
リスナーさんから来たツイートをひとつひとつ読み上げ、しっかりと伝えていった。
「こういう反応もあるんですね~……聴いて下さっただけでうれしいのに、言葉まで頂けるなんて」
「この間の夜、ヴィエルの食堂街でわたしたちに歓迎の歌をうたっていただきましたよね。その時から、たくさんの人にフィルミアさんの歌を聴いてもらいたいって思ってたんです。だから、その願いが叶って、リスナーさんたちにも伝わったのがとってもうれしくて」
「ルイコさん……」
「あ、ご、ごめんなさい。わたしったらはしゃいじゃって」
「いいえ、わたしこそありがとうございます~。〈らじお〉でわたしの歌を流して頂いただけではなく、聴いて下さった方の言葉まで届けて頂いて~」
少し恥ずかしげな先輩ににこりと笑って、フィルミアさんがぺこりと頭を下げる。
「楽しいんですね~、〈らじお〉って」
「ええ、とっても」
確認するかのようなフィルミアさんの言葉にも、短く応える赤坂先輩の言葉にも、どっちも実感がこもっていた。それだけ、ふたりにとって印象的だったんだろう。
「ルティ、わたしも〈らじおきょく〉作りのお手伝いをさせてもらえますか~?」
「いいのですか!?」
「はいっ。こんな楽しいの、ひとりじめにしちゃうなんてずるいですよ~」
驚くルティに、くすりと笑いながらフィルミアさんがうなずく。
「よろしくお願いいたします。姉様がいてくれれば、わたしも心強いです」
「ルティのためなら、なんでもしますよ~」
そして、フィルミアさんの手がルティの頭にぽふっと置かれてゆっくりと撫でられていく。
「ミア姉様……えへへっ」
俺や有楽の時とは違って、素直に受け入れて喜ぶルティ。やっぱり、姉妹は特別なんだろうな。
ひとしきり話をした俺たちは、業務日報が残っている先輩と別れて「はまかぜ」へ向かうことにした。時間もちょうど夕飯時だから、先輩といっしょに夕飯を食べていくらしい。
……よく考えてみれば、今朝のふたりの朝飯も昼飯もうちの店だったんだよな。フィルミアさんなんかまだ一昨日と今日しか来てないのに、これで4回目の来店になる。
まあ、それもこれも全部、
「いらっしゃいま――ああ、皆様でしたか。お帰りなさいませ」
うちの店に行けば、メイド服+エプロン姿のでっかい妖精さんがいるからなんだけどな。
「あら、おかえりー」
「ただいま」
「おじゃまいたします~」
「失礼いたします」
カウンターの中にいる母さんにあいさつすると、フィルミアさんもルティも続いてあいさつした。
「接客は慣れたみたいだな、リリナ」
「はい、チホ様より柔らかい物腰でと助言を頂いてからずいぶんと。エルティシア様もフィルミア様も、無事御役を果たされたようで」
「なんだ、聴いていたのか」
「サスケ殿とカナ様の〈ばんぐみ〉から〈らじお〉をつけていただいたのです。あの、ルイコ様はどちらへ?」
「所用を済ませてから来られるようですよ~」
「そういうことでしたか。では、こちらのほうへ案内いたします」
リリナさんはにこやかに笑うと、俺たちがいつも使ってる奥の席へと案内してくれた。
青く長い三つ編みはいつも通りだけど、背中にあった羽は消えていて、とがっていた耳も丸みを帯びているから人間そのものにしか見えない。
「いやー、菜緒ちゃんが風邪でどうしようかと思ったけど、リリナちゃんが手伝ってくれてほんとに助かったわ」
「チホ様には〈ほっとけえき〉の作り方も伝授して頂きましたから。先日我らに無料で振る舞って下さったことも考えれば、手伝っても足りないぐらいです」
「あははっ、まさか私のケーキが妖精さんに惚れられるとはねえ」
満更でもない感じで、母さんが笑いながら腕組みをする。
母さんが言うとおり、実はリリナさんが妖精だってことはとっくにバレていたりする。それもこれも――
「当然です! 我らの世界にあるパンケーキと似ているようで、全く違うふわっとした食感と広がる甘さ! それを果物や氷菓で彩るとは……奇跡そのものです!」
あ、また羽が広がった。
「リリナちゃん、羽、羽が出てますよ~」
「はっ!? し、失礼しました……」
フィルミアさんに指摘されたリリナさんが、少ししゅんとしながら羽を消す。とまあ、人間のように見せていたはずが、母さんのホットケーキを食べたらこんな感じで興奮してバレたってわけだ。
「あははっ。じゃあ、うちの味にもっと慣れてもらうためにもーっと食べてもらおっかなー」
「い、いえ、そういうわけには……」
からかうように、母さんがリリナさんのメイド服のフリルをうりうりとつつく。ああ、これは『正直に堕ちちゃいな!』って顔だ。
「ねーさま、しょーじきになるですよー」
と、意図を汲み取ったように母さんの頭の上からピピナがぴょこんと顔を出す。こいつも、すっかり母さんに慣れたらしい。
「わ、私はずっと正直だ!」
「ふふーん、そーですかそーですか。ではではちほおねーさん、ピピナに3まいほっとけーきをやいてください」
「いいわよー。おねーさんがどんどん焼いちゃいましょう!」
「くっ……ず、ずるいぞっ」
「ピピナがすなおなだけですよー」
自由奔放なピピナに、生真面目なリリナさんが翻弄されている。このあたりふたりの「らしさ」ってとこなんだろう。それにしても……母さんってば、おねーさんなんて歳でもあるまいし。
「そうそう。佐助、お夕飯は瑠依子ちゃんが来てからでいいのよね?」
「えっ? あ、ああ。7時前には来るって言ってたから」
「おっけー。それじゃあ、先に妖精ちゃんズのホットケーキを焼いちゃおっと」
「ありがとーですっ!」
「わ、私は……」
「いちごのアイス、つけちゃうよ?」
「よろしくお願いいたします」
「おっけー。じゃ、みんなで座って待っててね」
母さんの悪魔のささやきに、あっさりと陥落するリリナさん。ツボを心得たらそこばっかり狙ってくるんだから、母さんは本当に恐ろしい。
「ねーさまもかたなしですねー」
「うるさいっ」
俺たちが奥の席に座ると、リリナさんは向かいの通路側の席に。ピピナはテーブルの上へ飛んで来て、そのまま調味料置き場の近くにぺたんと座った。
「では、ルイコ嬢が来るまでは今日の復習だな」
「おおっ、やる気だな」
「当然だ。いろいろとまとめておきたいものもある」
端っこに座っていたルティは、壁際に置いたモスグリーンのショルダーバッグからノートとボールペン、そして色々な文字や表が書かれた緑色の紙――ルティがわかばシティFMの見学中に見つけた番組表を取り出して、テーブルの上へと広げた。
「まず始めにだが、今日我が聴いたのはこの範囲ということでいいのだろうか?」
そして、芯が出ていないボールペンの先っぽで番組表の土曜日の列あたりをそっとなぞる。
「だな。10時の〈土曜のお昼、なに食べる?〉から、18時終わりの先輩の番組までだ」
「ふむ……これだけ長く聴いていて、一日の3分の1にしかならないのか」
「とは言っても、全部通して聴く人なんてなかなかいないけどさ」
わかばシティFMの基点は毎朝5時で、終点は日曜日の深夜1時。そのあとメンテナンスのために電波を停めて、また月曜日の朝5時から放送を開始している。その間の164時間は、チューニングすれば必ず何かしら音が出てくるわけだ。
「ふむ……まだまだいろいろと聴いてみる必要がありそうだ」
「そのあたりはちょいちょいつまんで聴いてみるといいよ。そうだな……オススメとしては、このあたりかな?」
俺は番組表を指さすと、いくつかの番組を丸を描くようにくるりと示してみせた。
「平日7時からのわかば新聞は地域情報で、13時から16時のスマイルラジオは買い物情報。土曜21時からのライブボックスは……わかりやすく言うと演奏会を収録したのだな」
「それって、ルティさまとピピナがるいこおねーさんのところできいたのですか?」
「よく覚えてたな。いろんな音楽家が演奏した曲が流れるから、フィルミアさんもきっと楽しめると思いますよ」
「ほほー」
おお、フィルミアさんの目がきらりと輝いた。やっぱり、音楽には目がないらしい。
「サスケ、この濃い緑色の部分は?」
「この間ルティも行った、サッカーの中継放送だよ。わかばシティFMの目玉番組だから、こうしてわかりやすくしてるんだ」
「そういうことか。確かにこれならば目を惹くな」
「あとは、リリナさん向けにはこのあとの〈今昔亭鬼若の日曜ひとり寄席〉かな。ひとりだけでしゃべって物語を表現していくから面白いですよ」
「カナ様が務めている〈セイユウ〉のようなものですか?」
「んー、ちょっと違いますね……故事とかになぞらえていく、伝統芸能のようなものと言った方がいいかもしれません」
「伝統芸能ですか。一度聴いてみたいものですね」
「赤坂先輩なら、録音を持ってるかもしれません。あと、明日の15時から放送だから帰る前に聴けると思いますよ」
「なるほど、いいですね」
物語好きなリリナさんには、鬼若師匠の番組に興味を持ってもらえたみたいだ。昔の落語から自分で作った落語までいろんな演目を持ってるから、きっとフィットするのがあると思う。
「有楽といえば、日曜22時の〈声優事務所クイックレスポンスラジオ 急いでやってます!〉に時々出てますね」
「休息日の夜に……? カナは、かような遅い時間にも仕事をしているのか?」
「いやいや。この間、ルティがわかばシティFMのスタジオで番組を録ったろ? ああいう風に録音しておいて、この時間になったら流すんだ」
「ルイコ嬢が説明してくれた『ほうそうかんりしすてむ』でか」
「そう、それそれ」
わかばシティFMを始めとした多くのコミュニティFM局では、コンピューターを利用した「放送管理システム」に基づいて番組が進行されていく。何時に番組が始まってどの時間にどのCMを入れてるかを事前に決めれば自動的に放送されて、番組の中で流す曲までストックしておけるなかなか便利なシステム……では、あるんだけど。
「ただ、レンディアールだとその方式は無理だ。専用の機材が必要になるし」
「となると、全部〈なまほうそう〉でやる必要が……むぅ、一週間寝ずにやらればなるまい」
「さすがにそれは無理だって。まずは短い時間で試験放送をして、それからこっちのライフスタイルに合わせて放送時間を決めていったほうがいいんじゃないか」
「そ、それもそうか」
気持ちが先走っていたのか、ルティが少し恥ずかしそうに視線をそらした。気持ちはわからなくないけど、さすがにいきなり大きなことをやろうとしてもな。
「さすけ、さすけ」
「ん? どうした、ピピナ」
「このばんぐみひょー、どーしていろのこいところとうすいところがあるんです?」
「おっ、いいところに気付いたな」
ピピナが言うとおり、この番組表には背景が緑色のところと、薄い緑色になっているところと大きく分かれている。
「この緑色のところは、わかばシティFMで作っている番組。薄緑色のところは、『レディオフォレスト』っていう会社が日本中のコミュニティFMに向けて送っている番組なんだ」
「にほんじゅー……じゃあ、ここいがいのこみゅにてぃーえふえむでもきけるです?
「ああ、いろんなところで聴けるらしいぞ」
「うん? 〈わかばしてぃえふえむ〉だけで作ればいいものを、何故他の者が作った番組を放送する必要があるのだ?」
「あー……」
本当ならあんまり表立って言えることじゃないんだけど……まあ、これから始めるルティたちにだったら、言っておいてもいいか。
「正直言って、わかばシティFMの場合は人が足りないんだよ」
「足りない? こんなにも〈ばんぐみ〉を作っているのにか?」
「まず、番組に出ている人たちのほとんどがラジオ以外の本業を持ってる。俺と有楽や赤坂先輩が、本来は学生って具合にな。もっと番組を作るとなると人を増やせって話になる上に、資金が必要になってくるわけだ」
「む……〈すぽんさぁ〉という、資金の供給源か」
「正解。よく知ってるな」
「ルイコ嬢から教えて頂いた。無論、上手くいかなかったときの行く末も」
「なら話が早い。だから、適切な量の番組はわかばシティFMで作って、空いたところは番組を作っている会社から放送する権利を買って流すってわけ」
「なるほど……いろんなことを踏まえて、番組というのは作られていくのだな」
難しい顔をしたルティが、腕を組みながら番組表に視線を落とす。その中にある平日夕方やド深夜、そして土日の早朝の「Playlist」シリーズなんて金も人も使わないいい例で、局内にあるCDのライブラリから選曲して、時間に収まるよう計算してから放送管理システムで自動的に流せばOK。かかるコストは著作権の使用料だけのお手軽番組だ。
昔は深夜のワイド番組とかもやってたらしいんだけど、かなり前に不況のあおりを喰らって切り替えたって局長さんが言ってたっけ。
「そうなると、我らの場合は資金は問題ないにしても、人員をどう集めるかが問題になってくるのか」
「問題なぁ。それも追加しておくか」
ため息混じりなルティのひとりごとを聞きながら、俺もポケットからメモ帳と短めのボールペンを取り出す。最初のページを開けば、今まで考えておいた開局までの課題を箇条書きでまとめてたものが出てきた。
1.送信塔をどうするか
2.放送エリアの拡大方法
3.レンディアール製の送信機の開発or調達
4.同じく、受信機の開発or調達
5.電力を確保する方法
6.番組内容の検討
7.レンガづくりの家でのリスニング対策
人員のことは、だいたい5と6の間に入れておけばいいかな……っと。
「こうしてサスケが書きだしてくれたのを見ると、課題は山積みだと思い知らされる」
「仕方ないって。ゼロからやれば、なんだってそうだよ」
「そういうものか……」
「ですね~。わたしも志学期のはじめはいろいろと迷いましたけど、そういうものだと兄様や姉様はおっしゃってました~」
「姉様方もですか?」
「ええ。なので、焦らずじっくりと行きましょう~」
「……はいっ、そうします」
一瞬弱気を見せかけたルティだけど、フィルミアさんのフォローで気を取り直したのか明るくうなずく。
「おまたせー」
と、大きめのトレイを持った母さんが俺たちの席へとやってきた。
「はいっ、リリナちゃんとピピナちゃんはスペシャルホットケーキね」
「ありがとうございます、チホ様」
「わーいっ、ほっとけーきっ、ほっとけーきっ!」
リリナさんとピピナの前に、母さんがホットケーキが盛られた皿を置いていく。ブルーベリーやマンゴーといったフルーツの他にもバニラとイチゴのシャーベットが盛られた、言葉通りスペシャルなホットケーキだ。
「それと、みんないろいろ話し合ってたみたいだから……はいっ、こういうときには甘いものがいちばんっ」
続いて、俺とルティ、そしてフィルミアさんの前にイチゴのシャーベットが盛られたカップが置かれた。
「母さん、これ」
「お夕飯前でも、これくらいは行けるでしょ。冷たく甘いもので、気分をリフレッシュしなさい」
「あの、お代のほうは――」
「いいんですよ。フィルミアさんとルティさんには朝昼晩ってうちに来てもらってるんだし、リリナちゃんはピピナちゃんの分と合わせてバイト代のおまけってことで」
「申しわけありません。マツハマ家のみなさんには、なにもかもお世話になりっぱなしで~……」
「気にしないでください。あたしだって、金を売りに行くなんて面白い体験をさせてもらったんだからおあいこですよ」
しゅんとするルティとフィルミアさんに、母さんが豪快に笑ってみせる。
木曜日の夜にフィルミアさんが金貨でお代を支払おうとした時に『これを売れば、日本で使えるお金になるんじゃない?』って提案して、いっしょに付き添って1枚10数万円で換金してきたってんだから……ほんと、剛の者にも程がある母さんだよ。
「それに、売れたっていってもお金には限りがあるんですから。そういうのは、こっちでの生活にとっておいてください」
「重ね重ね、ありがとうございます~」
「どういたしまして。うちの佐助のことも、よろしくお願いします」
「もちろんです」
「じゃあ、じっくり味わってね~」
母さんは空いたトレイを左手で抱えると、右手をひらひらさせながらカウンターへと戻っていった。
「なんとも気持ちのいいお方ですね、チホ様は」
「お節介焼きなんですよ、母さんは」
「サスケにはそうかもしれないが、我らにとってはそなたらとともに、初めてここに来たときから助けて頂いた恩人だ」
「そっか……確かに、そうなのかもな」
おどけて言う俺に、ルティが大真面目な表情で力説する。母さんがミルクセーキをプレゼントしたこと、ちゃんと覚えてたんだな。それに、異世界からのお姫様や妖精が来たってのに、驚いたのは最初だけであとは普通に接しているんだから、みんなにとってはありがたい存在なのかもしれない。
「ではでは~、せっかくいただいたのですからいただきましょうか~」
「そーですそーです。しゃーべっとがとけちゃうですよー」
「それもそうだな。では、いただきます」
「「「「いただきます」」」」
慣れた仕草で手を合わせ、軽く頭を下げながらあいさつするルティ。続いて、俺たちもあいさつをしてからスプーンやフォークに手を伸ばした。
「ん、美味しい!」
「冷たくて、甘ずっぱいですね~!」
先に口にしたルティとフィルミアさんの甘い声を聴きながら、俺もひとくち……おお、いつも通りの美味さだ。冷たさといっしょに牛乳の甘さが広がって、そのあとにいちごの酸味がふわっと覆っていく。自家製だから味には毎回ブレがあるけど、美味いのだけは変わらないのが母さんのシャーベットだ。
「んしょんしょ、あむあむ、んしょんしょ」
「お前は食べてるってより、掘り進んでる感じだよな」
そんな中で、皿の縁に座っているピピナはスコップ型のスプーンでホットケーキを掘るようにして食べていた。
「人化して食べないと汚れるぞ、ピピナ」
「だって、こっちのほーがおなかいっぱいたべられるですよ? ねーさまもやってみるといーです」
「今は給仕服だから遠慮しておこう。ほら、ほっぺたに果汁がついてるじゃないか」
「ざんねんですー……んむんむ」
ちょっと寂しそうにしながらも、リリナさんにほっぺたを拭いてもらってご満悦なピピナ。今のふたりは、もう大丈夫だろう。
「それにしても〈ばんぐみ〉というのは本当にいっぱいあるんですね~」
「確かに、こうして毎日詰め込まれているのを見ると圧巻ですね」
隣同士で座っているフィルミアさんとルティは、シャーベットを食べながらもわかばシティFMの番組表に見入っていた。王女様がスプーンを口にくわえてる姿ってのはレアなんだろうけど、今有楽に送ったところで逆効果になりそうだから控えておこう。
「お疲れ様です」
そんなことを考えていると、赤坂先輩が観葉植物の影からひょっこりと顔を出してきた。
「あっ、赤坂先輩。こっちへどうぞ」
「お疲れ様です、ルイコ嬢」
「お疲れ様です~」
俺が空けたところへ先輩が座って、ルティとフィルミアさんが番組表から顔を上げて先輩にあいさつする。ピピナとリリナさんは食べてる途中ということもあって、こくこくとうなずいてあいさつしていた。
「番組表を見ていたんですか?」
「はい、今日の復習を兼ねて。わかばシティFMで作っている番組の他にも、別のところで作っている番組があるということもサスケから学びました」
「レディオフォレストさんのところですね。わたしたちもよくお世話になっています」
「そこで、ちょっと気になったんですけど~」
「どうしました?」
「ここの5日間ほど、この薄い緑のところで『レディオフォレスト』ではない文字が書かれているようなのですが~」
カップにスプーンを置いて、平日の19時から20時台と深夜0時から1時台を指先でくるりとなぞってみせるフィルミアさん。確かに、その時間帯には『ゆきんこFM』とか『くらラジ』、『Hai!Sai!FM』や『ラジオBUNGO』やらの文字が番組名といっしょに書かれていた。
「そこは、日本全国のコミュニティFM局の番組を選りすぐってレディオフォレストさんが放送しているんです。『日本全国ふるさとゾーン』って呼ばれている時間帯ですね」
「ふるさとゾーン……いい響きですね~」
「レンディアールの各都市でラジオができるようになったら、集めてやってみるのもよさそうです」
「レンディアールだけではなく、イロウナやフィンダリゼといった隣国へも広まったら面白いだろうな」
「ルティ、ラジオを他の国にも広めるつもりなのか?」
「当然だとも」
ルティは胸を張ると、すっかり自信を取り戻した様子でふんすと鼻息を荒くした。
「レンディアールだけではなく、親交のある他国とも繋ぐことでいろんな情報が行き交うであろう? 普段は広い国境を馬車で渡らなければいけないが、〈らじお〉であれば一瞬だ」
「また壮大な構想だなぁ」
「我らだけで独占しても、面白いことなどなにひとつない。我の課題には、このことも織り込み済みだ」
「それで考え込みすぎたら本末転倒だっての」
ふふんと笑うルティに、ただただ苦笑するしかない。そりゃあ考えすぎるわけだ。
「でしたら、ちょうどいい人がいらっしゃるかもしれません」
「えっ、せ、先輩?」
呆れていた俺の意識を、先輩の意外なひとことが引き戻す。なんで先輩が、あっちの他の国のことを知ってるんだ?
「このあいだヴィエルの街でラジオに興味を持ってた人、覚えてない?」
「このあいだ……ああ、あの人ですか!」
「ルイコ嬢、サスケ、どういうことだ?」
「この間、ルティが勉強してるときに俺たちが送信キットの試験をしてたろ。その時に、広場でイロウナの人がラジオに興味を持ってたんだよ」
「名前は……たしか、アヴィエラさん、だったかと」
「アヴィエラ……アヴィエラ嬢か!?」
疑問一色に染まっていたルティの表情が、一気に驚きへと変わる。
「なるほど~、あの方なら確かに~」
その隣で、納得したようにうなずくフィルミアさん。そういえば、アヴィエラさんが前に謁見したことがあるとか言ってたっけ。
「リリナ、済まぬ。明日の〈ヨセ〉は聴けないかもしれぬ」
「ヴィエルへ戻られるのですか?」
「察しが早くて助かる」
リリナさんも、心得たように応える。となると――
「サスケ、ルイコ嬢。明日、少し時間を頂けないだろうか」
やっぱり、そう来るか。
「俺はいいぞ。元々、明日はルティたちと出掛けるつもりだったしな」
「わたしも、もちろん大丈夫ですよ」
ほとんどノータイムで、俺と先輩がルティへうなずいてみせた。約一名、あとで聞いたら拗ねるかもしれないのがいるけど、今はオーディションに集中してもらったほうがいい。
「ありがとう。あと、頼みついでにもう一つ、ふたりに願いたいのだが」
「おう、言ってみ」
「もし可能なのであれば、アヴィエラ嬢に渡りをつけてほしいのだ」
「それくらいだったらお安い御用だよ」
「ですね。何か入り用になったら来てほしいって、アヴィエラさんが仰ってましたから」
アヴィエラさんも威勢よく言ってたんだから、きっと大丈夫なはず――
「なるほど。真新しきものに目をつけるとは、さすがに商業会館の長なだけある」
「「……長?」」
って、ちょっと待て。
あの女の子が、長?
「知らなかったのか?」
「いや……全然、そんなことは言ってなかったし」
「21歳の若き商鬼、アヴィエラ・ミルヴェーダ嬢。イロウナ商業会館の26代目会長は、そう呼ばれているのだぞ」
「「会長!?」」
そんなこと、ひとことも言ってなかったんだけど……
もしかして、俺達ってまたとんでもない人に目を付けられたのか?
秋や春になると、某社から全国のラジオ局の番組表を集めた冊子が発売されます。インターネットが普及する前は、よくそれを購入してどんなラジオがあるのかなーとか、どんな番組なんだろうなーと想像して楽しんでいたものです。
コミュニティFMラジオ局の番組表にもそれぞれ特色が出ているので、眺めてみるのも面白いと思いますよ。
なお、次回更新も月曜日となります。ご了承ください。