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第16話 異世界少女(?)との話しかた

 ジェットコースターって、だいたいは前に進んで走るよな?

 最近だと後ろ向きで走ったり、駆動部が上にあって足下がブラブラするのもあるけど、上か下を見ればレールはあるし、いっしょに乗ってる人たちの絶叫とかも聞こえるから少しは恐怖感も薄らぐ。


 じゃあ、そのどっちもない場合は?


「うぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 そりゃあ、恐怖感倍増ですよ!

 リリナさんに腹から抱え上げられた俺は、ハイスピードで空中滑空のまっただ中。体を支えているのはリリナさんの細腕だけで行く先は見えないし足下はフリー。その上嫌われて怒られてるんだから、いつ落とされるかわかったもんじゃない。


「リリナさん、やめてっ、やめてくださいっ!!」

「…………」


 叫んでお願いしても、リリナさんから返事はない。唯一、背中の透き通った羽が怒ったようにバタバタバタバタとはばたいてるだけで、俺はただ通り過ぎていく景色を眺めながら、手にしていた送信キットを必死に掴み続けることしかできなかった。

 ヴィエルから飛び立って、まだ数分ぐらい。街の影はすっかり遠くなって、真下に伸びる土の道の両脇には青々とした農地だけが延々と広がっていた。これって、この間ピピナと来たときのそのまんま逆向き――


「うわぁっ!?」


 と思っていたら、ぐいっと下へ引っ張られるような感覚が体を襲う。下に見える道も少しずつ近づいて、


「落ちるっ、落ちますっ!!」

「落としませんよ?」


 ようやく聞こえてきた声は、とても冷たいもので。


「ふぎゃっ!?」


 スピードが落ちたように感じた瞬間、俺の背中と腰が壁のようなものにぶつかった。痛みと衝撃で閉じた目をどうにかして開けてはみたけど、チカチカして……って、建物の中?


「り、リリナ嬢、またですか?」

「ああ。すみません、ハンザ殿。ちょっとした用があるので、ここをお借りさせて頂きます」

「決定事項なんですね……わかりました」


 少しずつ焦点が定まってきた目をまばたきさせると、黒い警備隊用の制服を着た人がハシゴらしきところを降りていって、そっちを向いていたリリナさんがゆっくりと俺のほうを向くと、


「さて」


 長い耳をぴんと伸ばして、床に転がっている俺を金色の瞳で見下ろしてきた。


「な、何するんですか……」

「…………」


 俺の問いかけには答えないまま、ただ見下ろしている執事服姿のリリナさん。その目は完全に据わっていて、さっき以上に険悪な雰囲気だった。


「何をするのか、ですって?」


 しばらくして開いた口からも、出てきたのは冷たい声。


「決まっているでしょう。マツハマ・サスケ、あなたを〈ニホン〉へ帰すんですよ」

「俺を、日本に?」

「ピピナがルティ様を〈ニホン〉へ連れて行き、そして私が〈ニホン〉へ向かったように、この物見やぐらは世界転移にはうってつけの場ですからね」


 くちびるの端を上げて、窓から見える青空を背にしたリリナさんが嘲るように言う。 物見やぐらって、この間ピピナが言ってた国境にあったあのやぐらのことか?


「あの、そんなことしてもすぐにピピナが戻してくれるんじゃ」

「あの妹ならそうするでしょう。ですがマツハマ・サスケ、あなたは忘れていませんか? 私が、ピピナの姉だということを」


 ふふんと鼻で笑い、馬鹿にした口調で言って顔を近づけてくる。


「あの妹の力を打ち消すことなんて、造作もありません」

「なんだって……?」

「そして、あなたの体がピピナの力を受け付けなくすることも」

「っ!」


 そう言って、白い手袋をはめてある右手を俺の頭の前へと伸ばした。


「エルティシア様とピピナとの時間だけではなく、信頼まで奪うとは……いくらふたりとフィルミア様が許しても、私は……レンディアール王家に仕えるリリナ・リーナとしては、これ以上看過できません」

「ま、待ってください!」


 それだけは、嫌だ。絶対に嫌だ!


「誤解です! 誤解! 俺は何もしてません!」


 体を起こしてなんとか弁解しようとするけど、リリナさんの鋭い視線がずっと俺を捉え続けている。


「嘘です! あなたが〈らじお〉などという妙な機械へ引き合わせたから、エルティシア様とピピナは魅了されてしまったんですよ! それに、ピピナの力さえあれば2、3日で帰ってこられたはずなのに……きっと、あなたのせいなのでしょう!? あなたが、ふたりを帰れないようにして!」


 そうやって俺を怒鳴りつけていたと思っていたら、さっきみたいにまた涙が目の端へ溜まり始めた。


「盗賊に襲われたのではないかと探してもどこにもいなくて、何日経っても音沙汰が無くて、ピピナは『そのうち帰ります』なんてそっけない手紙だけ残して顔も見せないで、フィルミア様はそれで安心して、ずっと私だけおいてきぼりで……心配しきれなくなってピピナの後を追ってみれば、エルティシア様とピピナがあなたと笑い合っていたなんて……絶対に、絶対にあなたがなにかしたからに決まってますっ!!」


 そして、ひとすじ流れた涙からいくつもの雫が伝わっていって、


「お願いだから……ひくっ、私から、皆との時間を……奪わないでっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」


 リリナさんの声も、絞り出すような泣き声へ変わっていった。


「えー……」


 勝手に俺を責めて、勝手に俺を怒って、勝手に俺の前で泣き出して。目まぐるしく変わっていく目の前の状況に、俺はただため息交じりにつぶやくしかなかった。

 それでも、俺の心にチクリと刺さる言葉があったのは確かで。


「ばかっ! まつはまさすけのばかっ、ばかぁっ! うぇぇぇぇぇぇ……」


 リリナさんはそのまま泣き続けて、そのうち人間サイズからピピナと同じ妖精サイズへと服装ごとぽんっと変化した。どうやら、感情の高ぶりも姿形の維持に関わっているらしい。


「ひくっ……うぇぇ……」


 ひとしきり泣いたのか、号泣からしゃくり上げるような泣き方へと変わっていく。人間サイズの時に流した涙を浴びた形になったこともあって、リリナさんは雨に降られたみたいにすっかりずぶ濡れになっていた。


「あの、よかったら、これ」


 さすがにそのままにしておけなくて、俺はズボンのポケットからまだ一度も使っていないハンカチを取り出して小さなリリナさんへ差し出した。


「……いらないっ」

「今朝頂いてから全く使ってないです。あと、後ろ向いてますから」


 リリナさんの目の前へハンカチを置いて後ろを向くと、しばらくしてから布がこすれるような音が聞こえてきた。

 ちょっと見上げれば周囲を監視するための窓があって、そこから青空とぷかぷか浮かぶ雲を見ることができる。中腰にでもなればまわりも見られるんだろうけど、さすがにそれをする気分にはなれなかった。


「……もういいですよ」


 しぱらくして聞こえてきた声に振り向くと、人間サイズに戻ったリリナさんが金色からオレンジ色になった目でまた俺をにらんできた。とはいっても、長い耳はへにょんと垂れていて、可愛らしくぶんむくれた表情を俺に見せていた。


「今の礼だけはしておきます。最後に、何かエルティシア様とピピナへ言い残すことはありますか?」

「あ、いえ。それよりも、今はリリナさんとちゃんと話をさせて下さい」

「ふんっ。どうせ今のを話の種にして、エルティシア様やピピナへ伝えるんでしょう」

「そんなこと絶対にしませんって。ただ、ひとつ謝らせてほしいんです」


 俺はそう言ってから背筋を伸ばして、正座すると両手を木の床へつけた。


「ごめんなさい。さっきは『何もしてません』って言いましたけど、俺、リリナさんやフィルミアさんみたいに待っていた人たちの気持ちをちゃんと考えていませんでした」


 そして、そのまま床につくほど頭を下げる。


「ルティとピピナにラジオのことを教えるのが楽しくて、できるだけ長くいられたらってばかり思って……レンディアールで待っている人たちの気持ちを考えていなかったことは、完全に俺の落ち度です。本当に、申し訳ありませんでした」

「……今更言われて、はいそうでしたかとでも言うと思ってるのですか」

「思ってません。リリナさんに心配をかけさせた原因は俺ですから、そのおわびだけはちゃんとしなくちゃって思って」


 頭を下げたままだから、表情はまったく見えない。聞こえてくるのは、呆れたようなため息だけ。


「賊なら賊らしく、開き直っていればいいものを」


 続いて降ってきた言葉で顔を上げてみれば、やっぱり呆れた表情で俺を見下ろしていた。


「だから、賊じゃないんですって」

「賊です。エルティシア様とピピナの心を掴んだ、立派な賊ですよ」

「どっちかというと、ラジオに心を掴まれたんじゃないかなーと」

「その〈らじお〉を操ったのはあなたでしょう? まったく、フィルミア様まで魅了しようとは……不埒にも程があります」

「ルティとピピナが興味を持たなかったら、きっとピピナの力が戻ればすぐにレンディアールへ帰っていましたよ。俺だって、ここには来ていないと思います」

「その興味を利用して、あなたはエルティシア様とピピナを引き止めたと」

「……否定は、しません」


 細められたリリナさんの視線から目を少し背けて、声を絞り出す。興味を持ってもらえたのなら、ラジオに関することをたくさん教えてあげたいって思ったのは完全に事実だし。


「いったい、あなたはどのような魔術を使ったのですか」

「あー……どっちかというと、俺が魔法にかけられた方かと」

「なんですって?」

「ルティと初めて出会ったとき、とても堂々としていた姿が印象的だったんです。夕陽を背にして、凛々しい姿で自分のことを名乗って、ああ、きれいな姿だなって」

「そう、なのですか?」

「はい。それからルティがラジオに興味を持ち始めて、だったら俺も喜んで協力しようって思って、リリナさんが日本に来たときもその帰りだったんです」

「……ふむ」


 照れながら俺が話している間、リリナさんは物珍しそうにしたり戸惑ったりして、最終的には考え込むように軽くうつむいてから、


「マツハマ・サスケ。ここに来るまでエルティシア様やピピナとあったことを、私に教えてはいただけませんか?」


 さっきまでの険悪な雰囲気がウソみたいに、まっすぐな瞳を向けて俺にたずねてきた。そのお願いに対する答えは、もちろん決まっている。


「ええ、喜んで」


 ルティとピピナの様子は昨日フィルミアさんに話したけど、ルティの身近にいて、ピピナのお姉さんなリリナさんにもちゃんと知ってもらいたかったから。


「ピピナったら、初対面の人を羽で殴るだなんて……」

「いやいや、いきなり明かりを向けた俺が悪かったんですよ」

「ですが、やんちゃにも程があります。私があとで殴り返しておきましょう」

「うわー……そのサイズの羽だといたそー」


「うちの有楽が、ルティにこういう服を着せてまして」

「か、かわいいっ! あ、あの、この絵はフィンダリゼの写実機のように紙にすることは」

「写実機? えっと、写真のことでしたら、日本に帰れば紙に印刷できますけど」

「お願いします。フィルミア様のぶんも、是非!」


「エルティシア様が、こんなにのびのびと歌われるなんて……」

「俺と有楽の先輩が、とても気に入ってましたよ。今までに聴いたことのない、楽しげな歌だったって」

「私も久しぶりに聴きましたが、こんなに成長されていたとは。幼い頃から、よくフィルミア様と歌われていたんですよ」


「はあ……ピピナはそんな無茶なことをしていたのですか」

「だけど、一度こっちへ来てよかったですよ。リリナさんへ連れてこられても心の準備が出来てましたし」

「それはっ、その、申し訳ありませんでした」

「いいですって。それだけルティとピピナのことを心配していたってことなんでしょう?」


 わかばシティエフエム前でのルティとの出会いから始まって、ピピナとの出会いと赤坂先輩の家でのこと、「はまかぜ」でのことやサッカーを見に行ったこと、うちの高校に来て歌をうたったこととラジオを収録したこと。そして、送信キットを使ってラジオを放送して、ルティにあげたこと。

 この一週間近くにあったことを、スマートフォンに撮ってある写真を見せたり、録ってあった歌やラジオを聴いてもらったりしながら、できるだけ詳しくリリナさんへ伝えていく。話していくうちにリリナさんの表情は穏やかになって、俺の口もどんどん滑らかになっていって、


「それで、あなたはルティ様へその奇妙な機械を差し上げたと」

「ええ」

「ふむ……なぜ、あなたはそれをエルティシア様に渡そうと思ったのですか?」


 つい昨日のことを話したところで、リリナさんがそう問いかけてきた。


「そりゃあ、父さんに渡してくれって言われたからですけど……あとは、ルティだったらきっと大丈夫だって思えたからですね」

「エルティシア様なら、その機械を使いこなせると」

「はい」

「……だから、なのでしょうか」


 俺の短い答えに、リリナさんは手をあごにあててからしばらく経って小さくつぶやいた。


「だからって、なにがですか?」

「いいえ、なんでも……いや」


 否定しかけたリリナさんが、ふるふると首を振ってから俺を見据える。


「エルティシア様を見守っていたあなたになら、話してもいいでしょう」

「は、はあ」


 仕方ないという感じで、リリナさんは微笑んで……って、もしかして出会ってから初めての笑顔じゃないか?


「先ほど、私はここへ来る前にエルティシア様の学習を手伝っておりました。〈ニホン〉へと消える前に行っていた授業の復習をしていたのですが、明らかに先日までとは様子が違っていたのです。

 とは言っても、先日までにおいても私の授業には真剣に耳に傾け、書へと記すことはしておりました。本日はそれに加えて、詳細を知りたい箇所や気になるところへ差し掛かると私に尋ねてきたり、エルティシア様自身が抱いている私見を述べたりと、とても精力的に授業に取り組まれていて……それだけではありません。今朝、あなたたちがともになさっていた体操もまた、初めて見た姿です」

「あのラジオ体操がですか?」

「ええ。私やピピナが誘ったり、フィルミア様がお誘いすることで共に街を散策するということはありましたが、御自ら進んで朝から体を動かされるというのは、私が知る限り初めてのことでした。そして、エルティシア様が『志学期』のことについて口にされたことも」


 話していくにつれて、リリナさんの声に喜びがこもっていく。最初は真剣だった表情も、いつの間にか笑顔へと変わっていった。


「何故こんなにも変わられたのかと疑問に思っていたのですが、あなたから話を伺ったことでようやく符合いたしました。エルティシア様はあなたたちの世界で様々なことを学んで、それをものにしようとしていらっしゃったのですね」

「ええ、ルティはラジオのことをたくさん学んでいました。ピピナも、ずっとそばでルティを見守っていましたよ」

「ピピナについては、少々信じられないのが正直なところですけれども」

「いやいやいや。ピピナがいたからこそ、ルティが日本で何も遭わずに済んだんですよ。その点は俺よりも赤坂先輩や有楽のほうがずっと長くいましたし、あとで聞いてみてください」

「そこまでおっしゃるのであれば……」


 ルティの時と比べて、ピピナのことについては苦笑いというか、話半分で聞いているような感じで。こりゃあ、ふたりの間の溝はずいぶん深いらしい。


「ともあれ、リーナ家の者として、そしてレンディアール家に仕える者として、深く御礼申し上げます」


 正座して俺と話していたリリナさんは、そう言うと両手を床について深々と頭を下げた。


「いえ、俺こそ楽しい時間を過ごさせてもらって――」

「それと……」


 って、なんか肩と透明な羽がふるふると震えてるような……?


「本当に、本当に申しわけありませんでしたっ!」

「ええっ!?」


 ちょ、ゴスッて音がするほど頭を床につけたんですけどっ!?


「エルティシア様とピピナがお世話になった方に、私は、私はなんということをしていたのか!」

「い、いいんですよ! 知らなかった者同士、仕方なかったということで!」

「ですが、細剣を突き付けたり石牢に閉じ込めたり、あなたを罵倒したりにらみ付けたり、挙げ句の果てにはこんなところまで連れ去ってしまったんですよ!? 仕方ないで済むわけがないじゃないですか!」

「済みますから! 俺は何も気にしませんからっ!」

「でもでもっ、エルティシア様やフィルミア様にはどう申し開きをすればいいのか!」

「俺も何もなかったって話しますから! とにかく落ち着きましょう! ねっ、ねっ!?」

「しかし、しかし!」


 ここまで話してみてよーくわかった。リリナさん、思い込みすぎるとポンコツになる人だ!


「大丈夫です! オールグリーン! なーんにも問題はありませんでした! ルティにもフィルミアさんにも、何も言いませんから!」

「で、では、ピピナにも今のことはくれぐれも内密に!」

「当然です!」

「もうておくれなんですけどねー」

「「……え?」」


 突然聞こえてきたのんびりとした声に、ふたりしてリリナさんの背後にある窓へ視線を移すと、


「はーい」

「※◎☆〆&†≒℃\#%*っ!!」


 開いてた窓に腰掛けているピピナを見たからか、リリナさんは言葉にならない絶叫を上げて、壁際にいた俺の横にビタッと貼り付いた。


「な、なんでお前がここに!?」

「ねーさまがピピナのけはいをさぐれるよーに、ピピナだってねーさまのけはいをさぐれるんですよ。すいませんねー、さすけ。うちのへっぽこねーさまがめーわくかけて」

「う、うるさいっ! 私はへっぽこなどではない!」

「どのくちがいうですか。ひとのともだちをかってにさらって、かってにうらんで、かってにあたまごすごすぶつてどげざして、それのどこがへっぽこじゃないです?」

「ううっ」


 しょーがないですねーとため息をつきながら、ピピナがこっちへ飛んでくる。リリナさんはというと、恥ずかしさで顔を、地面に叩きつけた衝撃でおでこを真っ赤にしながら涙目でピピナをにらんでいた。


「いーかげん、まわりがみえなくなるとどたばたするのはなおしたほーがいーですよ」

「お前に言われなくともわかってる!」

「仕方ないところもあるだろ。リリナさん、ルティとお前を心配してそうなっちゃったんだからさ」

「むー……そーいわれるとこまりますね。ねーさまがぼーそーしたげんいん、ピピナもかかわってるってことですか」

「そうだっ、ピピナがあんな適当な手紙を残したのがいけないんだぞ! ちゃんと私と会って話しておけば!」

「だって、ねーさまのことだからすぐおせっきょーだっておもって」

「エルティシア様が行方不明のときに姿を消す方が問題だとわからないのか! そのせいで、私はお前が賊にさらわれて別の世界へ飛ばされたと思ってしまったんだ!」

「そして、俺が賊に間違われたと」

「「あ……ご、ごめんなさい」」


 俺が雰囲気をなごませようとわざとらしく言ったら、リリナさんもピピナもしゅんとなった。ふたりとも、そこは結構気にしてるのか。


「過ぎたことだし、それにルティとピピナを帰さなかった俺はそう言われても仕方ないですよ」

「さすけはなーんもわるくないですよ。だいたい、ねーさまはさすけにしっとしすぎです」

「し、嫉妬など、私は全然していないぞ」

「うーそーでーすーねー」


 顔を背けるリリナさんを追うように、ピピナがねっとりと言いながら顔の前へと飛んでいく。


「ねーさま、ピピナとルティさまがさすけとわらいあってたからむかむかしてたですよね。あと、さすけがらじおでルティさまをつったっておもいこんで」

「うるさいっ、うるさいっ! いつも簡単に懐いて、いろんな人にホイホイついていくお前がいけないんだ!」

「またまたてれちゃってー。さっき、おいてきぼりにされたからしんぱいしたっていってたじゃないですか」

「……えっ?」

「でも、ルティさまもピピナも、ミアさまとねーさまのところがかえるばしょなんですから、しんぱいしなくてだいじょーぶですよ」

「ちょ、ちょっと待て」


 わざとらしくふざけたるピピナの言葉に、リリナさんは突然我に返ったように冷静な表情を見せた。


「何故、私がさっきサスケ殿に話したことをお前が知っている?」

「えっ?」


 それに対して、ピピナはきょとんとしながら可愛らしく首をかしげると、


「さすけ、わざとやってたんじゃないですか?」

「何をだよ」


 俺のほうを向いて、わけのわからないことを聞いてきた。


「ピピナ、ねーさまをおっかけてたらこえがしたからここにきたですよ」

「声って、俺とリリナさんが話してる声がか?」

「はいです。ふたりのこえがそらをとんでたから、あーここにいたんだなーって」

「えー……」


 俺とリリナさんの声が、空を飛んでいた?


「ピピナ、きっとさすけがわざときこえるよーにしてたとおもったです」


 そう言いながら、ピピナは俺の手元にある送信キットへ飛んで来て、プラスチックのケースをぺしぺしと叩き始めた。


「あ」


 見れば、電源スイッチはオンで、入力はマイクのほうになっていて。


「どういうことだ、ピピナ」

「サスケがもってきたこれって、つかえるよーにするとまわりにおとがとぶんです。で、このきかいはつかえるよーにしっぱなしだったみたいで」

「……ごめんなさい、リリナさん」

「はい?」

「俺たちの会話、筒抜けだったみたいです」

「…………」


 俺とピピナの話を、ぽけーっと聞いていたリリナさん。


「……っ」


 その顔が、下からどんどん赤くなっていって、


「!!!!!!!!!」


 あ、爆発した。


「あっ、あなたはっ、なんてことをしてくれたんですかっ!?」

「いやっ、リリナさんに落とされないように必死で!」

「また私ですか! 私の失態ですか!」

「たまたまです! たまたまそうなってただけです!」

「わー! わー!」


 わーわー言いながら、涙目のリリナさんがぽかぽかと俺を叩く。いかん、言っちゃ悪いが面白いぞこのポンコツモード。


「だいじょーぶですよ。そこをきーてたのはピピナだけですし、ルティさまたちがらじおでききはじめたのは、さすけがねーさまとちゃんとはなしをしたいってあたりからですから」

「待てっ! ルティたちも聴いてるのか!?」

「ねーさまをせっとくしよーとおもって、みーんなつれてきただけです。いまもしたできーてますよ」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 俺の問いにピピナが答えると、リリナさんはごろごろ転がってからうずくまって床をばんばん叩き始めた。あの……ほんと、すいません。


「こんな失態を妹だけでなくお二方にも聞かれるなんて! 私はっ、私はどうすれば!」

「そんなの簡単だよ、リリナちゃん!」


 と、底抜けに明るい声が聞こえてきたと思った、次の瞬間。


「ひいっ!?」


 ハシゴの下からにゅっと伸びてきた手が、リリナさんの右足を思いっきりつかんで、


「読書したり物語に浸ったりすれば、楽しめる上に心も落ち着いて一石二鳥! さあ、あたしといっしょに物語のお話をしよう!」

「理屈通ってねーしこえーよお前!」


 そのまま下から這い上がってきた有楽は、目をらんらんと輝かせながらそんなことを力説していた。あと、そのハァハァはやめなさい!


「せんぱいばっかり、リリナちゃんとたくさんお話ししてずるいです! あたしにもその権利はあるはずですよ!」

「俺はただの成り行き上でだよ! つーかそのくらい待てや!」

「いいえ、待てません!」

「あ、あのー」

「ん?」


 有楽を説教していたところで、ピピナがおそるおそるといった感じで声を掛けてきた。


「ねーさま、きぜつしちゃったです」

「えっ」

「…………」


 言われて床のほうを見てみると、すっかりのびて目を回しているリリナさんの姿が。しばらくすると、ぽしゅんと音を立ててまたまた手のひらサイズへと変身した。


「これって……」

「かながだめおしをしましたね……」


 あれだけパニックになっていたところへ、有楽がホラーさながらの登場で驚かせたんだもんな。限界を突破したところで、不思議でもなんでもない。


「ご……ごめんなさい……」

「有楽」

「はい」

「とりあえず、あとでちょいと説教な」

「……はい」

「それと、起きたらいっしょに謝るぞ。聴いてたなら、経緯はわかってるよな?」

「……もちろんです」


 ハシゴの降り口から顔を出した有楽が、しゅんとなって肩を落とす。有楽がリリナさんと話したかったってのも、わからないわけじゃない。それでも聴いていたにしてはタイミングが悪すぎたし、ちょいとばかりお灸を据えておいたほうがいいだろう。


「あの」

「ん? どうした、ピピナ」

「ピピナも、ねーさまにあやまるです」


 心配そうにリリナさんの顔をのぞいていたピピナが、俺たちに声をかけてきた。


「ねーさまがこわいからって、ちゃんとはなさなかったピピナがいけなかったんですよ」


 そして、リリナさんのほっぺたを優しくなでる。やっぱり、なんだかんだ言ってお姉さんが嫌いってわけじゃないんだろう。


「そっか」


 だから、俺はそれだけ言ってあとはピピナ自身に任せることにした。

 少しばかり……いや、かなり思い込みが激しい人ではあるけど、憎かったはずの俺に向きあってちゃんと話を聞いてくれたんだから、きっと大丈夫なはずだ。


 *  *  *


「あの……本当に、今日はお騒がせして申しわけありませんでした」


 そんな騒動から、かなりの時間が経って。

 オレンジ色に染まった空が見える中庭で、人間サイズのリリナさんがメイド服姿で俺たちへ深々と頭を下げていた。


「いえ、俺たちのほうこそ」

「あたしも、もう二度としません」

「ちゃんと考えずに引き止めてしまって……こちらこそ、すいませんでした」


 俺と有楽、そして赤坂先輩も、揃ってリリナさんへ頭を下げる。


 ミニマムサイズになって気絶したリリナさんを運んで帰ったあと、俺たちは目が覚めたリリナさんへ改めて謝りに行った。先に俺がリリナさんへ話していたのと、有楽と先輩がラジオで話を聴いていたこともあって話はスムーズに進んだけど、毒気がすっかり抜けたリリナさんは『冷たい態度を取ってしまったから』と有楽と先輩へずっと謝りどおしだった。


「もういいのです。エルティシア様とピピナを守って下さった方々なのですから、これからはフィルミア様が言うように、あなた様方と平時のように接させていただきますね」

「そのわりには~、やはり言葉が堅いですよね~?」

「これが、私の平時なので」


 からかってくるフィルミアさんに、苦笑いで返すリリナさん。そこには、俺たちが話し合うまでに見せていたとげとげしさは一切なかった。


「リリナ」

「どうされましたか? エルティシア様」

「えっと……これから我がいないことも多くなると思うが、レンディアールの王族としての誇りは忘れずに邁進(まいしん)していくつもりだ。しかし、道を違えたと思った時にはこれまで通り容赦なく叱咤してほしい」


 リリナさんの前に立ったルティが、始めは言いよどみながらも堂々と胸を張って言い切った。

 ルティもまた俺たちを追い掛けてきていたんだけど、俺とリリナさんの話を聴いて思うところがあったのか、俺たちの謝罪のあとにリリナさんの部屋へ入ってかなりの時間話し込んでいた。入る前は思い詰めていた表情がすっきりしていたのを見ると、ちゃんと話し合えたんだろう。


「当然です。時折、ピピナと入れ替わって様子を見に参りましょうか」

「入れ替わるのか?」

「めっ、めーですよ!」


 と、ふたりの会話を聞いていたピピナがふたりの間に割り込む。


「ルティさまのおせわは、ピピナがするってきまってるんですっ!」

「本当に、ちゃんと出来るんだろうな」

「あったりまえですっ!」


 ぷくーっとふくらんだピピナのほっぺたを、からかうようにいいながらリリナさんがつんつんとつっついた。


「それは残念。まあ、半人前にはなれた妹のことを喜ぶとしよう」

「ふーんだっ」


 口ではそう言い合いながら、リリナさんもピピナもふさげたように笑い合ってる。ルティのあとに部屋へ入ったピピナは俺たちやルティよりもずっと長く話し合っていて、ついさっきいっしょに部屋から出てきたところだ。


「ピピナちゃん~、そろそろ時間なんですよね~?」

「わわわっ、そーですそーです」


 それは、もうすぐ日本へ戻るタイムリミットが迫っていることと、


「本当に、あの1時間後にちゃんと戻れるんだろうな」

「だいじょーぶですよ。そのためにめいっぱいちからをつかって、そっちのせかいのじかんをこーらせたんですから。あとはじかんがくれば、ピピナのちからがはつどーしてにほんにいけるです」

「だから、ルティも一度日本に行ってからレンディアールに戻るわけだ」

「うむ」


 ルティとピピナが、こっち――レンディアールへ帰るということも意味していた。


「そう遠くないうちに、またニホンへ行くからな」

「おう。ルティもピピナも、俺たちみんなで待ってるぞ」

「ありがとーです。おなかいっぱいのピピナはむてきですから、ねーさま、るいこおねーさん、いーっぱいごはんをたべさせてくださいね!」

「まったくお前は……申しわけありません、ルイコ嬢。私の妹の食いしん坊に付き合わせてしまって」

「いいんですよ。ピピナさんが食べてる姿を見ていると、幸せになれるんです」

「ですよね! 一生懸命食べてる姿がとってもかわいくて!」

「えへへー」

「ピピナちゃん、みなさんをちゃんと送ってくださいね~。まだまだ、わたしの歌を〈らじお〉で流してもらう約束があるんですから~」

「もっちろんです!」


 フィルミアさんのお願いに、ピピナが大きくうなずいてみせる。結局リリナさんとの話し合いもあってお預けになっちゃったから、この約束もちゃんと守らないと。


「わわっ!?」

「あっ、そろそろみたいですね」


 驚く有楽の体のまわりを、淡く白い光が包み始めていく。


「それでは~、またいらっしゃるのをお待ちしてます~」

「はいっ。今度は、もっといっぱい曲を持って来ますね」

「楽しみにしてますよ~!」


 にこやかにあいさつしたフィルミアさんへ、先輩がていねいにおじぎで返す。体が光っていることも相まって、なんだか神秘的だ。


「リリナちゃん、あたしも本とかラジオドラマとか、いーっぱい持ってくるからね!」

「はい、私も楽しみにしております」


 一方、意気込んでいる有楽に笑顔で応じるリリナさん。俺と有楽が謝りに行ったとき、落ち着いて有楽が話せたことでリリナさんに興味を持ってもらえたらしい。ちゃんとできるんだから、いい加減ハァハァするのはやめればいいのに。


「俺も、ラジオに使えそうなものとかいろいろ探してきますよ」

「はい~、お待ちしてますね~」

「リリナ、我が帰るまでほんの少し時間がかかるが、心配せずともいいぞ」

「いずこかへ寄られるのですか?」

「うむ。サスケの御母堂が、我に〈ぱんけぇき〉というお菓子を作ってくださるために待っておられるのだ」

「なるほど、心得ました」


 俺がフィルミアさんにあいさつしている横で、ルティはリリナさんへ用事を伝えていた。母さんが待ってることをルティに言ってからずいぶん経ったけど、ちゃんと覚えていたんだな。


「あ、あれっ?」

「どうした、ピピナ」

「あの、サスケとルティさまがひかってないですよ」

「えっ?」


 言われてルティを見てみると、確かに先輩や有楽と違って体が光に包まれてはいなかった。俺の手とか体も、まったく光ってはいない。


「どういうことだ?」

「あ、あははー」


 ルティの問いかけに、ピピナがごまかすように笑う。


「ピピナ、しっぱいしちゃってたみたいです」

「はぁ!?」

「かなとるいこおねーさんをつれてくのと、じかんをこーらせることばっかりかんがえちゃって」

「え、ちょっと、じゃあ俺はどうするんだよ!」

「えーっと……どうしましょーかー」

「どうしようかって、俺に聞かれましてもねぇ!?」


 明日は学校だってのに、俺だけここに置き去りにされるなんてそりゃねーだろ!


「ごっ、ごめんなさいですー!」

「せ、せんぱい、お先に失礼しますねっ!」

「松浜くん、ごめんねっ」


 ぺこぺこ頭を下げるピピナと、わざとらしく笑う有楽。そして、その隣で両手を合わせていた赤坂先輩が強くなっていく光に包まれたかと思うと、


「うわっ!」


 目いっぱいにあふれた光が飛び散って……その後には、本当に誰もいなくなっていた。


「……えー」

「あの未熟者が……」

「やっぱり、ピピナちゃんはリリナちゃんの妹さんなんですね~」

「どういうことですっ!?」

「さ、サスケっ、我はここにいるから気を落とすなっ。リリナも、な?」


 脱力している俺と隣で頭を抱えているリリナさんを、駆け寄ってきたルティがのぞき込んで励ましてくれた。それはそれでうれしいんだけど……どーすればいいんだ。


「ねえ、リリナちゃん、ピピナちゃんを追いかけることってできるかな~?」

「もちろんそれは出来ます。ただ、その間フィルミア様にひとりで待って頂くことになってしまいますが」

「ふむ……リリナ、ここと〈ニホン〉を何人ぐらいまで往復させることができるのだ?」

「私であれば、4人ほどまでなら往復できると思いますが」

「そうか」


 リリナさんの答えを聞いたルティは、そう言ってにんまりと笑うと、


「ミア姉様。姉様もいっしょに〈ニホン〉へ参りませんか?」


 目を輝かせながらフィルミアさんに申し出た。なるほど、そう来たか。


「わたしもですか~?」

「はいっ。サスケの御母堂が作られる料理は、どれも美味しいですから。リリナも、いっしょに行こう」

「私も……サスケ殿、よろしいのでしょうか?」

「ええ、歓迎しますよ。うちの母さんの料理、ルティが言うとおり結構美味いですから」


 ちょいと人数は増えるけど、その分は俺がポケットマネーから出せば問題ない。ルティと再会したばかりのフィルミアさんをひとり残して行くよりも、そのほうがずっといいだろう。


「では~、お言葉に甘えて~」

「私も、お供いたします!」


 俺の歓迎の言葉に、フィルミアさんもリリナさんもぱあっと笑顔になる。やっぱり、ふたりともそうじゃないと。


「サスケ、案内は頼んだぞ」

「おうっ、任せろ」


 隣にいたルティの視線に合わせて俺が笑うと、ルティも笑って大きくうなずいてくれた。

 異世界で出会った友達といっしょに日本へ帰るなんて、人に言ったら笑われるかもしれないけど、


「楽しみだね~」

「はいっ」


 友達が楽しんでくれれば十分だって、俺はそう思うんだ。


【結論】

スイッチの切り忘れには気をつけましょう。

中学の放送委員会でスイッチを切り忘れてしゃべってたら、先生に放送室へ乗り込まれた南澤からのお知らせです。


さて、今回16話の投稿をもちまして1週間ほどのお休みを頂きます。次回17話の公開は、4/25を予定しておりますのでよろしくお願いいたします。

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