第13話 異世界少女との出会いかた
左側を触ってみると、冷たい石の感触。
右側を触ってみても、冷たい石の感触。
なんとか立ち上がって上を触っても、冷たい石の感触。
そして前に立ちふさがるのは、冷たい鉄の棒の感触。
「おーい」
外へ声を掛けてみても、響くのは俺の情けない声だけ。その上、灯りがなにひとつなく真っ暗だから虚しいったらありゃしない。
「なんだってんだよ、ほんと」
ためいきを一つついて、腰を下ろす。とはいっても、あぐらもかけないくらい狭いから体育座りをするしかない。背中をつけても石の冷たさが伝わってくるし、まるで囚人じゃねーか……って、たぶんそのまんまの扱いなんだろうけどさ。
『ピピナを謀りエルティシア様をさらったこと、後悔させてくれましょう』
蒼い姿の女の子に鋭い目つきで言われたのは、たぶん俺をルティをさらおうとした賊と勘違いしたんだろう。そのことを弁解する間もなく、ルティといっしょに瞬間移動みたいな感じでここへ連れてこられて俺はこの牢屋へ、そしてルティは外へと連れ出されていった。
『サスケっ、サスケっ!』
『ルティ、大丈夫かっ!』
遠ざかるルティに呼びかけてみたけど、蒼い女の子は気にするそぶりも見せずにルティを引っ張り出していった。
まあ、ルティがうまく説明してくれるとは思うんだが、
「切ねえなぁ……」
こうも暗くて狭いところに閉じ込められると、出てくるのはため息ばかり。しかも、俺をぶち込んだのはピピナのお姉さんらしき子ってのがまた堪える。
表情豊かなピピナとまったく正反対の、感情を感じさせない瞳。あの冷たい金色の光にひるんだ隙に、俺はこうして連行されてきたわけだが……
「なんとか、誤解を解かないと」
俺とルティが連れてこられたのは、たぶんレンディアールだろう。中央都市かヴィエルかまではわからないけど、ルティを連れてきたってことは縁がある人がいる可能性もある。その人にまで誤解されるのは、さすがに嫌だ。
「……ん?」
何度目かのため息をついていると、遠くからこつん、こつんという音が聞こえてきた。
一定の間隔で、だんだん大きくなっていくその音は近くで止まって、さっき閉められた重々しい扉が開けられたのかひときわ大きな音が響く。それと同時に、真っ暗だった目の前にほんの少しだけ光が射した。
「誰か、いるんですか?」
「はい~。ちょっと待ってくださいね~」
「……へ?」
返ってきたのは、この場に似つかわしくないのんびりした女の子の声。思わず情けない声が出たけど、それにも構わず声の主らしい人影が鉄格子の前に立った。
「えっと、鍵は~……あっ、ありました~」
あくまでものんびりとマイペースに、鍵が見つかったことを喜んでから鉄格子の鍵を開けようとする。なんだか少し不安になったけど、かちゃりと音がするとゆっくりと目の前にあった鉄格子が開かれていった。
「たいへんお待たせしました~」
もう片方の手に持っているらしい明かりが牢の中に差し込まれて、女の子の姿がはっきりと見える。ここに似つかわしくないのは、声だけじゃなくてほんわかにこにこな笑顔もみたいだ。
「どうぞ、お出になってください~」
「は、はあ」
促されて石牢から這い出ると、女の子はまたていねいな手付きで鉄格子に鍵を掛けてからこっちを向いて、
「よいしょ~っと」
俺の前で、ゆっくりと正座した。
「え、あの、大丈夫なんですか?」
「なにがです~?」
長いスカートをはいているとはいえ、石造りの牢屋に座っているというのに女の子は心底「どうして?」って感じで首を傾げてみせた。
「あなたこそ、大丈夫でしたか~?」
「あ、はあ、大丈夫です。全然」
実際、ここにいたのはまだ1時間も経っていないだろうし心配されるほどじゃない。むしろ、こっちこそスカートが汚れちゃうんじゃないかと心配したくなる。
「妹を助けてもらったのに、こんなことになってもうしわけありませんでした~」
のんびりとした口調のまま、返事を聞いた女の子がゆっくりと頭を下げた……って、妹?
「いえ、それは別にいいんですけど、妹ってもしかして」
「はい~。わたしはルティのふたつ上の姉で、フィルミアともうします~」
俺の問いかけに、凛々しいルティとはまったく正反対のほわほわ笑顔で答えるお姉さん。初めて会ったレンディアールの関係者からルティの名前が続いて出たってことは間違いないんだろうけど、とにかく似ていない。
「このたびは、ルティとピピナちゃんのことを助けてくださって、ありがとうございました~」
「あ、いや、礼を言われるほどのことじゃ」
「そんなことはありませんよ~。まったく知らない異世界で、あなたを始めとした現地の方々に助けられたからこそルティが元気にいられたというのに……まったく、あの子ったら~」
と、にこにこ笑顔の眉を下げると、ちょっと頬をふくらませて怒っているような仕草を見せる。ずいぶん可愛らしい怒り方だ。
「あの子って、ピピナのお姉さんのことですよね」
「そうです~。まったく、早とちりにもほどがあるんですから~」
「じゃあ、ルティからは」
「ぜんぶ聞きましたよ~。あなたは、マツハマ・サスケさんというお名前ですよね~」
「はいっ」
そうか。ルティ、ちゃんと俺のことを説明してくれたんだな。
「サスケさん。リリナちゃんが、ほんとうに失礼なことをしてしまいました~……わたしが、代わっておわびを申し上げます~」
「いや、ちょっと、そんなことしないでくださいっ!」
ホコリっぽい石畳へつきそうなほど頭を下げるなんて、女の子がすることじゃないって!
「でも~」
「あの、ただの誤解だったんです。すぐに対応してもらえたんだし、気にしてませんよ」
「そうですか~……だったら、ルティのお友達さんなんですから、これからはわたしにおもてなしさせてください~」
「いや、別にそんな」
「いいんですよ~」
何だか楽しそうに言うと、フィルミアさんはゆっくりと立ち上がって、
「さあ、お手をどうぞ~」
「あ……どうも」
差し出した手を握った俺に笑いかけてから、立ち上がりやすいようぐいっと引っ張ってくれた。明かりに照らされた姿はルティより華奢に見えても、結構力はあるみたいだ。
重い扉の外に出るとすぐ階段になっていて、上がったところにはまた重そうな鉄扉。フィルミアさんはよいしょ~っと言って軽々と開けてから、俺を導くように少し前を歩き始めた。
ふたつ目の鉄扉の外は、まるで何かのオフィスみたいにいくつもの木の机が並べられていて、多くの人がそれに向かって書類のようなものを書いたり会議らしいことをしていた。
「御苦労様です、フィルミア様」
その中から、黒い服とズボン姿のガタイのいいおっさんが立ち上がって俺たちに声を掛けてくる。
「いえいえ~、ラガルスさんもごくろうさまです~」
「その少年が、先ほどリリナ嬢が誤って逮捕拘禁したという」
「はい~、マツハマ・サスケさんですよ~」
「なるほど。災難だったな、少年」
「あ、はい」
苦笑してから、おっさんが俺の肩にポンと手を置く。浅黒い肌とデカいガタイからの威圧感は、おどけたような口調で一気に消え去った。
「私はヴィエル市街警備隊の隊長、ラガルス・マグダーレンだ」
「どうも、松浜佐助です」
警備隊の隊長ってことは、警察の署長さんにあたるような人か。
「盗賊と間違われたそうだが、まったくそうは見えんな。どこぞの学士といった風体のほうが合う」
「盗賊なんて、したいと思ったこともありませんよ」
「だろうな」
「でしょうね~」
おっさん――ラガルスさんとフィルミアさんが、揃ってうんうんとうなずく。信頼されてるってよりも、ひ弱に見えるんだろうな……
「それではラガルスさん、またうかがいますね~」
「はい、あまり御無理はなさらぬよう」
「だいじょうぶですよ~」
「少年も、元気でな」
「はい」
俺が一礼する横で、フィルミアさんがラガルスさんへぱたぱたと手を振って歩き出す。さっきはルティに似てないと思ったけど、明るいところに出ると同じ色の銀髪がよく映えていた。短めで外にはねてるのも可愛らしい。
フィルミアさんの先導でオフィスの奥にあった扉を抜けると、空が開けた庭のような場所に出て、さらに奥にあるレンガ造りの建物へと連れて行かれた。
「高いですね、ここ」
「はい~。ヴィエルの街の、時計塔なんですよ~」
時計塔って、この間ピピナに連れてこられたときに見た市役所の中から突き出てたやつだよな。ということは、さっきまでいたのは市役所だったってことか。
「では、こちらへどうぞ~」
その時計塔へ近づくと、フィルミアさんがふもとにある扉をためらうことなく開けた。ここに入れっていうことなんだろうけど、本当にいいのか――
「サスケっ!」
と思ったその瞬間、聞き慣れた声が耳に届いて、
「おわっ!?」
胸元に衝撃が走るのと同時に、視界が一瞬銀色に被われる。
「る、ルティか?」
「ああ」
俺に抱きついてきたルティは、ぴょこんと顔を上げると心配そうに視線を合わせた。
「大丈夫か? 怪我などはないか?」
「だ、大丈夫だから、心配するなって。ほれ、抱きつくな抱きつくな」
「そうか、大丈夫だったか」
頭をぽんぽんとなでてやると、安心したように笑って俺から一歩距離をとる。ルティも連行前と同じ白いワンピース姿で、特に変わったところはないみたいだ。
「誠にすまなかったな、サスケ。まさか、このような形でそなたとレンディアールに来るとは思わなかった」
「やっぱり、ここはレンディアールなんだな」
「うむ。そして、今いるこの場が我と姉様の住まいだ」
「へ?」
ルティが言っているここっていうのは、まさにさっき見上げた時計塔。って、ここがルティとフィルミアさんの住まいだっていう……のか……?
「驚いたであろう。ルイコ嬢の住まいよりは、低いものではあるが」
「あ、ああ」
いや、赤坂先輩のマンションとは全く異質の存在なんですけど。そもそも、こんな豪快なところにふたりで住んでるって……えー……?
「ルティ」
「ミア姉様っ」
声をかけられたルティが、フィルミアさんに駆け寄る。ほんのちょっとだけフィルミアさんのほうが背が高くて、スレンダーなのはこの間ルティが言っていたとおり家系みたいだ。
「紹介します。彼が我を〈ニホン〉なる世界で助けてくれた、マツハマ・サスケです」
「重ねて、御礼申し上げます~。ルティとピピナちゃんが、とってもお世話になったみたいで~」
「いえ。俺こそ、ルティとピピナといてとても楽しいですから」
「我も、とっても楽しいぞ!」
俺に続いて、ルティも力を込めてそう言い切ってみせた。みんなでいたこの6日間はとてもにぎやかで楽しかったから、ルティにもそう思ってもらえたのなら俺もうれしい。
「なんでも、〈らじお〉というものをルティに教えてくださったそうですね~。後ほど、わたしにも教えていただけますか~?」
「はい、もちろん。ルティ、ちゃんと持ってるよな」
「無論だ。サスケとその父御にもらった宝物を、そうやすやすと手放したりはせぬ」
腰につけていたポシェットを撫でながら、ルティが自信を持って言う。よかった、ちゃんとレンディアールに持ってこられたんだな。って、あれ?
「そういえば、ピピナは?」
「ああ、それなのだが……どうやら我を守れなかったと勘違いしたリリナが、仕置きのため〈ニホン〉に置いてきたらしい」
「うわー……」
ピピナは自分で行き来できるからいいけど、今頃『ルティさま、ルティさま~!』っておろおろしてるんだろうな。その様子が、簡単に思い浮かぶ。
「そのことを含めて、サスケに少し聞きたいことがあってな」
「俺に?」
「うむ。リリナが、どうにも妙なことを言っておるのだ」
歩き出したルティについていくと、応接間らしい部屋でソファへ座るように促された。って、これめちゃくちゃ座り心地がいいな。
「えっと、ピピナのお姉さんは」
隣にルティ、向かいにフィルミアさんが座る。でも、ピピナのお姉さんの姿は部屋のどこにもなかった。
「そこにいるぞ」
と、ルティが手で指し示したのは、テーブルの上。
「……どうも」
「ちっさ!?」
そこに、ミニチュアサイズになったピピナのお姉さん――リリナさんがぺたんと座っていた。
「悪かったですね、小さくて」
むっとしながら、俺をにらみつけるリリナさん。ピピナと同じぐらいちんまりとしたサイズではあるけど、その表情に親しさはひとかけらもない。
「いや、だって、日本じゃ大きかったですよね?」
「普段はあの大きさで、今は力を補充するためです」
なるほど、省電力モードとか充電中みたいな感じか。
「それよりも、マツハマ・サスケ。あなたが賊でないことは、ルティ様の説明で理解はいたしました。ですが、なぜあなたはピピナとともにこの地へと来ていたのですか」
「えっ、俺が?」
「とぼけないでください。一昨日の日中、ピピナとあなたともうひとりの方がこの街にいらっしゃったでしょう。わずかではありましたが、その気配が残されていました」
こんなふざけた手紙とともにと、何かの文字が走り書きされた紙切れをぺしぺし叩くリリナさん。これって、ピピナが残したっていう置き手紙か。
「サスケ、リリナの言っていることは本当なのか?」
「あー……」
流石に、ここまでかぎつけられてちゃもう隠し立てはできないか。
「すまん、本当だ」
「何故に」
「ピピナに、有楽といっしょに連れてこられた。ヴィエルでラジオができるのかどうか、見てほしいって」
「あの愚妹め、連れてくるならエルティシア様が先であろうに」
「それが問題なのではない」
リリナさんのぼやきを、ルティがぴしゃりとたしなめる。
「どうして、我にそれを黙っていた」
「ルティに心配させたくなかったんだ。その時はまだ結論が出なかったし、それに……」
「それに?」
「公園で言っただろ、不安だったって。だから、俺からは言えなかった」
気恥ずかしくなって、俺を見据えるルティから目を少し背けた。こんなこと、面と向かって言えるわけねーし。
「心配性にも程があるのではないか? サスケ」
「うるせー」
仕方ないとばかりに笑うルティに、悪態をつくしかできな――
「無礼すぎにも程がありますよね」
「ひっ」
突然、飛びかかってきたリリナさんの手から針のようなものが突き出される。ミニチュアサイズでも、先端がめちゃくちゃ光ってて刺されば絶対痛いやつだ。
「こらっ、リリナ!」
「ですが!」
「リリナちゃん~」
「は、はいっ」
ルティの制止は渋っていたリリナさんに、フィルミアさんが声をかけるとびくんと身を震わせて振り返った。
「さっき、おとなしくしてるって約束したよね~?」
「しかし」
「ね~?」
「……わ、わかりました」
リリナさんは俺をひとにらみすると、ぴょんと飛び退いてテーブルの上へと戻った。フィルミアさんも、赤坂先輩みたいな威圧感を持ってるんだな……
「ですが、ひとつだけ聞かせてください。何故あなたは、そんなにエルティシア様と馴れ馴れしく接しているのですか?」
「何故って、そりゃルティと友達だからだけど」
「友達? 平々凡々にしか見えない、あなたが? エルティシア様と?」
「トゲのある言い方だなおい」
さすがピピナのお姉さんなだけあって、ずいぶんな毒をお持ちなようで。
「当然です」
「リリナ、言い過ぎだ」
「いいえ、言わせていただきます」
そこまで言ったリリナさんは、俺をキッとにらみつけると、
「レンディアールの第5王女であるエルティシア・ライナ=ディ・レンディアール様に馴れ馴れしくするなど、無礼以外の何物でもありません!」
「……はい?」
まったく考えもしていなかったことを、言い放った。
「あー……」
リリナさんの言葉を肯定するみたいに、ルティが頭を抱える。ってことは……
「な、なあ、ルティ」
「……すまない」
大きくため息を吐いてからゆっくりと顔を上げたルティは、
「我は、サスケのことをとやかく言えぬ立場であった」
今まで見たことのないような、泣き笑いのような表情を浮かべていた。
「本当、なのか」
「うむ」
そして、小さくうなずいて明かしてくれた言葉は、
「リリナの言うとおり、我はレンディアールの第5王女、エルティシア・ライナ=ディ・レンディアール。レンドというのは、発祥である地から取った偽りの姓だ」
いつもの凛とした声とはほど遠い、弱々しいものだった。
「初めて会った者にはそう名乗ることにしていたのだが……みんなと親しくなっていくうちに、もし明かしてしまえば関係が変わってしまうと思って……」
だんだんと、ルティの声が消え入るようにか細くなっていく。硬い口調や仕草からどこかのお嬢様かとは思ったけど、まさかレンディアールの王女様だとまでは考えつかなかった。
でも……違う。そんなのは、違う。
「なーんだ、そんなことか」
「なっ」
ラジオを収録したときも思ったけど、俺が見ていたいルティはこんな弱気なルティじゃない。
「だって、ルティはルティだろ。日本で出会ったルティも、今ここにいるルティもルティはルティなんだから、今更何を言われたって変わらねえよ」
王族に対してこんなことを言えば、きっと不敬罪とかにあたるんだろう。でも、俺が日本で出会ったのは「エルティシア・ライナ=ディ・レンド」っていう女の子なんだ。今更、そう簡単にルティとの距離を離されてたまるか。
「だから、あとはルティが好きにすればいい」
「うむ……うむっ」
俺の提案を聞いて、ルティの瞳に力が戻っていく。
「ならば、決まっているとも」
それをリリナさんに向けると、
「サスケは今まで通り、なんら変わりなく接してくれればよい!」
「おうよ」
「馬鹿なっ!?」
力強い声で宣言してみせて、俺も短く、しっかりと応えた。驚愕で固まってるリリナさんのことなんか、知ったこっちゃない。ルティ本人が言うんだからそうさせてくれ。
「ふふふっ」
と、俺たちの様子を見ていたフィルミアさんが口に手をあてて愉快そうに笑い出した。
「フィルミア様、なぜ笑うのですか!」
「リリナちゃん。ルティとサスケさんが言っているんですから、そうするしかありませんよ~」
「でも、でもっ!」
「わたしたちレンディアール家は、典礼や公式行事以外の平時は民の方々とも親しく接しています~。ですから、サスケさんの行動はな~んら問題ないんですよ~」
「ううっ」
「リリナちゃんも、よ~く知ってますよね~?」
「……わかって、おりますが」
「だから~、このことはこれでおしまい~」
そこまで言って、フィルミアさんが両手をぽんと合わせる。
「…………」
でも、対照的にうつむいたリリナさんは肩を震わせて、
「こ、これで勝ったと思うなよっ!!」
「おわっ!?」
俺をにらみつけたかと思ったら、透明の羽をはばたかせてドアの隙間から飛び出して行った。
「な、なんだったんだいったい……」
「リリナはいつでもこうなのだ」
「どうしても、王族としての格式にこだわりがあるようで~」
「格式、ねぇ」
王族っていう存在は特別だろうからこだわりがあってもおかしくないけど、それを強制させるのは……って、あれっ?
「ルティのお姉さんってことは、フィルミアさんも王族なんですよね?」
「はい~」
フィルミアさんは胸元に手を当てると、ほんわかにこにこ笑顔を俺に向けた。
「わたしはレンディアールの第3王女、フィルミア・リオラ=ディ・レンディアールです~」
「さっき言ってたふたつ上って、そういう意味でしたか」
「それもそうですけど、16歳なんですよ~」
「姉様は9月の生まれだから、今年17歳になるのだ」
「なら、俺と同い年ですね」
「そうなんですか~。同い年のお友達ができるなんて、久しぶりです~」
「と、友達?」
「はい~。ルティのお友達なら、わたしにとってもお友達ですよ~」
ね、と同意を求めるように、笑顔のまま少し首をかしげるフィルミアさん。外にはねた短い銀髪がしゃらんと振られて可愛らしいことは可愛らしいんだけど、
「いいんですか? まだ会ったばかりで、その上別の世界から来たってのに」
「関係ありません~。ルティを助けて下さって、その上親しくしていただいてるのですから~」
「まあ、そういうことなら……じゃあ、よろしくお願いします」
「よろしくです~」
のんびりとしたフィルミアさんの口調に流されたまま、結局俺はその言葉を受け入れた。考えてみればここでの友達が増えるのも悪くないし、ルティのお姉さんなら尚更だし、
「で……俺、これからどうしたらいいんですかね」
相談させてもらうには、いい機会かもしれない。
「確かに、我もサスケも突然連れてこられてしまったからな。ミア姉様、異世界を渡るには、やはり妖精族の力を借りなければならないのでしょうか」
「おそらくそうでしょうけれど~、リリナちゃんのあの様子では難しいかと~」
「参ったな。この辺りに妖精族の集落はないし……」
「どーしよ……俺、明日学校だってのに」
「そうだった!」
俺が頭を抱えると同時に、ルティが弾かれるように俺の腕を掴んで身体を揺さぶってきた。
「済まぬ、サスケ! まさか、このようになるとは」
「ルティのせいじゃねえって。リリナさんが早とちりしたのが原因……って、そうだ。フィルミアさん、ルティとピピナは盗賊に襲われたってことは聞きましたか?」
「はい~。ルティがいなくなってしまった直後に、イロウナ側から山越えしてきたという盗賊さんたちが国境辺りにいるという情報が届いたので、警備隊さんたちに大捕物をしていただきました~」
「ラガルス殿から聞いたのだが、どうもその時に盗賊のひとりが『銀色の髪の少女が目の前で消えた』ということを供述したようでな。中央都市から来た警備隊が我を探している最中にピピナがここへ戻り、置き手紙を置いたらしい」
「その気配を察知して、リリナさんが俺たちのところに殴り込んできたってわけか」
「わたしは止めたんですけど、どうしても許せないって勝手に行ってしまって~」
リリナさんの冷たい視線を思い出して、鳥肌が立つ。ということは、俺がピピナを脅すか何かして、ルティと日本へ飛んだとか思われていたってことだよな?
「こえー……」
「我は、リリナの短絡的な考えのほうが怖い……」
「でもでも~、こうしてルティがお友達を作って戻ってきたんですから、大団円ということで~」
俺とルティの怖い想像を、フィルミアさんがぽんっと手を叩いて断ち切る。
「せっかくですから~、ルティに教えて下さった〈らじお〉というものを、わたしにも教えて下さいませんか~?」
「もちろんいいですよ。ルティ、いいよな」
「当然だ。ミア姉様にも見てほしい」
ルティはポシェットを外すと、ファスナーを開いて中から送信キットを大事そうに取り出した。
「まずはこれが〈みにえふえむそうしんきっと〉。〈らじお〉の音を飛ばすためのものです」
テーブルへ置かれた送信キットに、損傷のようなものはない。よかった、ちゃんと無事に世界を渡ってこられたんだな。
「その音を受け取るのが、この〈ぽけっとらじお〉。小さきものではありますが、よく音が聞こえます」
「両方とも、まるで箱みたいですね~」
机に置かれた送信キットとポケットラジオを、フィルミアさんが物珍しそうに見る。ちょいちょいとつついているあたり、やっぱりルティと姉妹なんだな。
「それでは、私はこの〈そうしんきっと〉を持って外に出ますね」
「どこへ行くんですか~?」
「これは離れてこそ意味があるのです。サスケ、〈ぽけっとらじお〉の〈すいっち〉を頼むぞ」
「わかった」
俺が小さくうなずいたのを見たルティは、うなずき返して部屋から出て行った。言われたとおりにポケットラジオの電源を入れると、スピーカーからノイズが流れ始めた。
「この音が〈らじお〉なんですか~?」
「まあ、もうちょっと待ってみてください」
フィルミアさんに説明してからしばらくすると、スピーカーからのノイズが無音へと切り替わった。そして、
『ミア姉様』
スピーカーから流れてきたのは、聴き慣れたルティの声。
『ミア姉様、エルティシアです。聴こえますか?』
「ルティ……? この声は、ルティの声なのですか~?」
不思議そうにつぶやいたフィルミアさんが、俺を見上げる。
「ええ。正真正銘、ルティの声です」
「でも、ルティはここにいませんよね~?」
「えーっと……ああ、いたいた」
大きな窓の外に目をやると、さっき俺が連れられてきた庭みたいなところでルティが手を振っていた。俺も手を振り返すとぴょんぴょん跳び跳ね始めて、その足音がポケットラジオのスピーカーから聴こえてくる。
『姉様。私の声が聴こえたら、手を振って下さい』
「は、はい~」
戸惑っていたフィルミアさんも窓の方を向いて、手を振ってみせた。
『このように、離れた場所から音を届けるのが〈らじお〉なのです』
「そうなのですか~?」
「ええ。俺が住んでいる世界の技術です」
ルティの言葉につられて、俺の声にも誇りがこもる。
「不思議です~。壁の向こうにいるのに、ルティの声が聴こえるなんて~」
「ルティが今持っている機械から『電波』っていうのが出てて、ルティがしゃべったことをこのポケットラジオに飛ばしているんですよ」
「『でんぱ』? でも、何も飛んでませんよ~?」
「人には見えないものなんです。ピピナは『空を飛ぶ声』って言ってましたね」
「は~」
実感が湧かないのか、フィルミアさんの返事はため息混じりだった。でも、そりゃそうか。俺らの場合は生まれた時からラジオがあってそういうものだって思えたけど、この世界の人たちからしたら何もかもが初めてなんだから。
「あと、ルティが持ってる機械で飛ばせるのは声だけじゃないんです。音だったら大抵のものが飛ばせます」
「音もですか~……」
「たとえば、歌とか楽器の演奏のような音楽とか――」
「音楽っ!?」
「おわっ!」
俺が音楽のことを話し始めたとたん、さっきまでののんびり具合がウソみたいに真向かいから乗りだしてきた。こ、こんな身のこなしもできるのか。
「音楽も、この〈らじお〉で聴けるのですね~!?」
「は、はい。もちろん、歌ったり楽器で演奏することが必要ですけど」
「は~!」
さっきも「は~」って言ってたけど、今の「は~!」と声の張りが全然違う。そうか、フィルミアさんは音楽に興味があるのか。
「もしよかったら、フィルミアさんもやってみます?」
「いいんですかっ!?」
「これはルティにあげたものですから、お姉さんのフィルミアさんにも使ってもらえたらうれしいです」
「ありがとうございます~!」
フィルミアさんは両手で俺の右手を握ると、とてもうれしそうにブンブンと上下に振り出した。この人、おっとりしてる分感情の弾け方が凄いな!
「じゃ、じゃあ、一旦ルティを呼んできますん――」
なんとかフィルミアさんをなだめて、外にいるルティを呼んでこようと思った、その時。
『ルティちゃんみぃぃぃぃっけぇぇぇぇぇっ!!』
『わぁぁぁぁっ!? か、カナっ!? はなせっ、はなせぇっ!!』
「……うわー」
とてもよく聞き慣れた叫びと悲鳴が、ラジオのスピーカーから流れてきた。
「あの、どうしたんでしょう~?」
「とにかく行ってみましょう」
多分アレだろうなと思いながら、応接室に続いて玄関のドアを開けると、
「ルティちゃんゲットー!」
「ううっ、なぜだっ、なぜ抜け出せぬのだー!」
庭のようなところでルティを抱きしめている有楽と、
「ま、松浜くん、だよね?」
「えっ、先輩も来たんですか!?」
何故か……いや、たぶん『ここ』に連れてこられてうろたえている赤坂先輩と、
「お……おなかが……おなかがすいたですー……」
「ぴ、ピピナちゃん~!?」
先輩の手の上でぐったりとしている、ピピナの姿があった。
というわけで、第2章「異世界ラジオのはじめかた」のスタートです。
舞台はいよいよ異世界・レンディアール。ルティに縁のある人たちも登場して、さらに物語はにぎやかになっていきます。
とは言っても、また日本に行ったりするんですけどね!