RolePlaying 003 エルフ少女:接吻はまだ早いです
転送は一瞬で終わった。
ゆっくりとフェードインした目の前は少し薄暗く湿っぽい神殿とは違い、太陽に照らされた明るい雰囲気だ。シャバの空気はうまいという言葉が口から洩れそうになる程心地よかった。
【クォメンサント】と言われた街は、大きな広場を中心に建物が配置されていて、あからさまに人を集めておく場所を想像させられる。しかし、目の前にはあまり人影はなく、NPCなのかプレイヤーなのか分からない位閑散としていた。足元の石畳は明るい太陽の光を浴びて白く反射している。先程まで薄暗い場所に居たせいか少しまぶしく感じる。
「んっ……」
余りのまぶしさについ零れた声は聴きなれない甲高い声色だ。どうやら一つずつリアルの自分との相違点を確認して行かなければならないが、ひとまずスー…ハー…と、両手を大きく広げて深呼吸をしてみた。すると右手の拳が柔らかい何かに触れた。
「きゃっ! ちょっと、何するのっ!」
声の方向へ首だけ向けると、同じ背丈の女性の豊満な胸部に小さな拳がうずまっていた。一瞬事態を把握できずにポカンとしていると、女性が一歩後退して私の拳から逃れると、キツイ視線をこちらに向けてきた。
「新手の痴漢だわ……」
えっと、痴漢ですか? どこの誰だ? と、腕を伸ばしたままキョロキョロしているが、自分と女性以外見当たらない。つまり……、どうしてこうなった。
「えっと。とりあえず、すみません!」
伸ばしたままだった、両手を仕舞うと膝に手をついて頭を下げた。表情はもちろん見えないが、足がフルフルと震えているのが見える。アワワワ。お怒りの御様子です。
「……謝ったって遅いわ、あなたネカマでしょ! そういう痴漢が増えたって最近話題だもの!!」
とりあえず謝ったのが駄目だったのか? 腰に帯びていた刀剣を鞘から抜き始めたではないか。その剣戟がこちらに向けられた瞬間、とんでもない事態に巻き込まれてしまったのだと感じた。
「ちょっと待ってよ! わざとじゃないし、それにネカマって、それはないでしょう!?」
「とぼけないで! 痴漢撲滅! 鉄剣制裁!」
訳が解らないまま両手を前に突き出して降参のポーズを決めるが、問答無用とは昌にこの事。会話が成立していない。
剣を構える女性は、綺麗な顔が台無しになるほど眉間に皺が寄り、額には青筋を立て、威嚇する獣のように口角がつりあがっている。
女性が刀剣を振り上げるのと同時に蹴り足を放つ。セットになった綺麗で流れる動作は素人の動きとは到底思えない。こんなもの自分によけられる訳がないし、手で受けても切り落とされてしまうのが関の山だ。もう、慌てふためく事しか選択肢が残されていなかった。
「わわわわわ! ちょっと待っ──」
剣が降り下ろされる刹那、体が後ろに飛ばされ、ガキィン! という、金属と金属がぶつかり合う音と、舞い散る火花が頬をかすめる熱さで閉じてしまった目が開く。すると、尻餅をついて倒れた自分の目の前にマントをはためかせた長身の男性が、女性が振り落した剣を見事に受け止めていた。
男性は、シャリシャリシャリと音を鳴らしながら女性の剣を受け流すと、剣の鍔で見事に弾き返す。それに力負けした女性の剣が手から抜け落ち弾け飛んで地面へ転がった。
「あぁっ! ちょっと! 何をするの──!」
声を荒げかけた女性だったが、剣を弾き飛ばされた事というより、弾き飛ばした男性を見るや否や硬直してしまった。
「クルーガル様!?」
クルーガル様と叫んだ女性は狼狽して後ずさる。
「これは、どういう事だい?」
「えっ!? その、あの娘が私に、ち、痴漢を……」
「そうなのかい?」
男はこちらに視線を向けると、落ち着いた様子で対応していた。別に怒っている感じではない。
どうやらこちらに真偽をとうているのだろう。勿論痴漢をした覚えはない。
僕は頭を横にブンブンと振と、真実をそのまま告げた。
「深呼吸をしていたら、その、手が当たっただけです」
「と、とぼけないで! アンタ、ネカマの癖に!」
確かに中身は男かもしれないけど、ネカマをしているつもりはない。だんだんと我慢ができなくなり、てをついて勢いよく立ち上がった。
「ふざけないでよ! こっちの言い分も聞きもしないで勝手なことばかり!」
柄にもなく大声を出して、ドキツい表情で威嚇してくる女性と対峙する。キャットファイトでも始まらんかの勢いでお互いに身をのりだそうとしたとき、男性は左手を出してこちらを制す。出かけた身体は直ぐには止まらない。
男性の体にゆだねられてようやく止まった。しかし、その大きな手が自分の胸に触れて、大きく形を変えてしまう。
初めての感触に、我ながら素っ頓狂な声を漏らしてしまった。
「ひゃぁっ!」
「あっ……」
男性も狙ってやったのではないのだろう、胸元に当たった大きな手をすぐに退けてくれた。
「すまない。触れるつもりは無かった。申し訳ない」
慎ましくもあり優しげな表情ですぐに自分の非を謝る男性は、潔い以上に漢を感じた。
男の容姿をよくよく眺めていると、結構なイケメンな憑代だ。鎧にマントと騎士を思わせる男だが、上から順番に見ていくとわりかし今風だ。オオカミのタテガミを想像させる髪型はワイルドかつお洒落。
切れ長の目に尖った耳は、自分と同じエルフを想像させた。目の前の男性はイケメンと男前を足して二で割った感じだ。
ろくに返事もできず、触られた胸を押さえて男前な様をポーっと眺めていると、バツの悪そうな顔をして言葉をつづけた。
「偶然とは言え、こんな感じで触れてしまった。僕が言うのもなんだが、これが痴漢だと言うのか?」
「うっ……」
開き直りにも聞こえるが、言葉の先にいた女性には効果があったようだ。先程までの勢いも無くなり、見事にたじろいでいた。
腹の虫が悪さをしたからといって、普通剣を向けたりはしないだろう。僕はそうは思わない。いい気味だ。
それでも治まらない気持ちを口元に貯めて、女性への怒りを押し殺していると、男性は僕と女性とを取り持つように立ち位置を変える。
「僕の名前はクルーガル・ロイという。こちらのエルフの女性には嫌な思いをさせてしまったか。それから、そちらの女性にも荒っぽくしてしまい、本当に申し訳なかった。この通りだ」
クルーガル・ロイと名乗った男性は、潔くもう一度深く謝る。こう何度も謝られては見ていて申し訳なくなってきた。ここまで潔いと、返ってこちらが悪い気持ちになってきてしまい、何なりかの返事を返そうとしていたが、女性に先を越されてしまった。
「あのっ! あ、あたし、勘違いしちゃって……えっと、そのっ……」
恐ろしい表情を見せていた女性だったのだが、今は目に涙を浮かべて今にも零れ落ちそうな程の大粒の涙を溜めこんでいた。
軽くさとされ、ばつが悪くなったのだろうか。
すると、相手の女性は男性を前にしていたたまれなくなったのか、こちらに目を合わせることもなく剣を拾って逃げる様に立ち去って行った。
目の前で起きている光景をぽかんと眺めているしかなかった。初のVRMMOで初めて冒険の大地に立って、初めて難癖をつけられるという洗礼を浴び、その結果殺されかける。こんな事があって普通の神経でいられるわけがない。へなへなと地面にへたり込んでしまった。
「だ、大丈夫か?」
クルーガル・ロイは、白銀の長剣を速やかに鞘へ納めると、膝をついてこちらへ目線の高さを合わせてくれた。ヘタってしまった自分に手を差出し、立てるかと促されるが、腰が抜けてしまって動けそうにない。
「む、無理……」
「そうか。じゃあ、すまないが。ちょっと失礼する」
すると、クルーガル・ロイはへたり込んで動けなくなったこちらを軽々と持ち上げ、拾い上げてくれた。俗にいう御姫様抱っこ状態になり、恥ずかしさの余りにバタバタと暴れてしまう。男性に御姫様だっことか誰得なのか。明らかに俺得なんて言葉は脳裏に浮かばない。
暴れてもびくともしない男性は、リアルの自分に出来無さそうな事を軽々とやってのけている。もう、私の矮小なプレイドはズタズタである。虚しくなって、すぐにもジタバタしるのを止めた。
「では、ちょっと移動しようか。──詠唱【韋駄天】」
自分の体がふわっと浮いたかと思うと、信じられないスピードでグルーガル・ロイが、街の中を駆け抜けて行く。
可能な限り人の多い場所を避けて素早く切り替えし、どんどん閑散とした場所に走り抜けていった。彼の足の速さが落ち着いた頃、日が陰るような薄暗い路地を歩いていた。広場と違い、少しばかり湿っぽく、石畳の済みの壁際にはカビのような黒ずみが見える。
「ここなら人目に付かないね」
男性の言葉に特に疑う事もなく、良く分からない場所に運ばれる。されるがままにその場に下され、何もはいていない両足を薄黒い石畳に足を付ける。
「冷たっ!」
「靴を、履いてないし服も羽織が一枚だ。もしかして、そういうロールか? いや、すまない。今のは聞かなかった事にしてくれ」
なにやら言っているが、別にロールでやっている訳ではないし、そこまで気を使わなくても良いのだけども。
実際はドラゴンに言われてチュートリアルをすっ飛ばしてきたわけだが、実際に触ってみると、自分で触った時の感触だけでも、中身に何の下着も付けていないと思われる。
この服は一時的な仮の服だというのかな?
「あの、えぇと。さっき始めたばかりなんで、何が何やら…」
男性は僕の仕草に、腕組みをしつつ怪訝な表情に変わるが、5秒ほどの沈黙の後思い出したかのように──
「あ。もしかしてだが、チュートリアル飛ばしてしまったのかい?」
「はい。その、急いで友人と合流するつもりだったので、後回しにして来ちゃったんです」
この男性は意外と合点が良いみたいだ。今まで会話が噛み合ってないのかとばかり思っていたが、どうやらこちらが混乱していただけの様だ。
「なるほど。だとしたら、このままは危険だ。友人と会ったら速やかにログインし直す方がいい。あのままだと、君は何も知らないまま、職業も持たないまま、冥界送りになるところだった」
冥界って……知らないワードが一つ増えた。どうやら、この辺りの情報はチュートリアルで説明されるのだろう。
そして、男性はそのまま続ける。
「おせっかいかもしれないが、君にこの世界を嫌いになってほしくない。少しばかり老婆心ながら軽く説明させてもらう」
この男性、グルーガル・ロイ曰く、冥界とは死後の世界の事であり、現世で死ぬとこの冥界に魂が飛ばされるらしい。
つまり軽々しくリスタートできないので、このゲームの中で命を失うと言う行為は極めてリスクが高いのだと言う。
大概のゲームなら、最後にチェックしたポータルの前で何事もなかったかの様にポップするものだが、このゲームは死後、冥界に存在する町のポータルでリスタートするそうだ。
そこで一定の手順、これを"蘇生クエスト"と言うのだが、それをクリアしなければ生前の世界に戻る事が叶わないと言うのだ。勿論、冒険者レベル毎に受けるクエスト難易度は設定してあり、初心者である冒険者レベル1は比較的簡単に戻ってこれるそうだが、それでも最低1時間のロスは覚悟しなければならいと云う。
あの石のドラゴンが危ないだとか言っていたが、そういう意味だったのか。ただ、街の中でも安全ではない事が今回の件で見て取れる。
そう、先程の女性とのいざこざ。俗にいう暴力トラブル等だ。
あれは、俗にハラスメント行為と総称されるものにあたる。街の中で剣を向けられる類の暴力行為をパワーハラスメント、性的な暴行等の行為をセクシャルハラスメントと、大まかに二つに分かれるのだそうそうだ。
互いの問答を終えてひと段落が付くと、なんだか残念そうな顔で長くなったが最後に一つだけと言った。そんなに退屈そうに見えたのかな?
「ここが一番大事な部分だ。特に、一方的に喧嘩を売られた場合、"ハラスメント行為だ"と、強く念じれば、システムが現在の状況と個人の精神状態を考慮し即時判断した上で、初めてハラスメント警告が相手に発生するんだ。この警告が短期間に3回蓄積したり、警告を無視して行為を続けた場合、相手は即刻強制ログアウトとなり、数日~数週間のアカウント停止処理を受ける。最悪はBANされてしまうのだ」
なるほど、街中で一悶着や相応のリスクを負うわけだ。現実で言う警察の様な抑止力なのか。クルーガルは余程腕が立つのかもしれないが、ヘタをすれば自分がやられてたかもしれないのに。
…………。
トラブルを自ら進んで仲裁しにくる辺り、かなりお節介な部類だが、助けてくれたのは事実だ。
うん。正直うれしかった。だから、お礼を言っておくのが礼儀だろうか。
「すみません。そちらにもリスクがあったのに、助けて頂いたのですね……ありがとうございます」
「かまわん。当然の事をしたまでだ」
するとクルーガル・ロイは、何を思ったか笑顔でこう言い出した。
「じゃあ、少し練習してみようか? そうだね、こういうのはどうだい?」
「えっ?」
クルーガル・ロイの体がゆっくりとこちらへ詰め寄ってくる。
突然の事にまた困惑しながら後ずさる。追い詰められながら、ペチペチペチペチと小さな歩幅で後ずさるのだが、すぐに冷たい石壁が背中に張り付いた。
バチン!
男の右手が石壁に叩きつけられ、乾いた音を鳴らした。一昔に流行った壁ドンである。これだけだったらまぁ驚かせて遊んでみました。ごめんね。で済むレベルだが。男は残った左手で右の細い手首を強く握り、壁から逃げようとする体を力で押さえつけた。
「ポータルの前に現れた瞬間に、君に一目惚れした。いいだろう……?」
中途半端な改稿ばかりで非常に申し訳ありません。
これが最新状態です。