RolePlaying 002 エルフ少女:名前はまだ無いです
作成した大まかなデータが以下の通りだ。
人種:エルフ
性別:女性
年齢:48(設定年齢:16)
身長:160cm
体重:40kg
細かいステータスバーをいじりながら作成した女性アバターは異世界の住人。妖精の代名詞エルフだ。様々な種族を試してみたが、エルフは基本的に美系が作り易かった。同時に線が細くなりすぎるのが玉に傷だ。これを玉に傷と判断するのは個人の見解だが、個人的にはもう少しふくよかでもよかったのだが……容姿を重視するとこれで妥協せざる負えなかった。
顔の造形ステータスを1つ弄れば、多角から見て次の違和感が発生する。それを修正する為、別の造形ステータスを弄ればまた違和感が発生する。そうこうしていれば、時間など忘れ、自らの分身の作成に2時間もかけてしまったのだ。意識すると目前に現れる時刻は既に17:00を回っており、誘ってくれた彼は19:00にはここを発たなければならないそうだ。これでは、遅いと彼に怒られてしまうだろうが、これだけは、どうしても譲れなかった。
このゲームには、個人を主張する名前と、この世界で生きる為に必要な職業を決定しなければならないのだが、未だ設定項目に表示されていない。
【これでよろしいですか?】
と、操作コンソールに表示され、次項で決定するのだろうと思い込んでそのまま【次へ】とキーを押した。すると、目の前に表示されたアバター、エルフの女性がゆっくりと近づいてくる。歩いているわけではない、幽霊のように宙を浮かんで水平に移動している。彼女は人形のように表情が固く、眉一つ動かさない。
何の演出なのかよく分からないが、暇なので近づいてくる憑代を観察してみた。目の前のエルフの女性は自分が作り上げたキャラクターで、自分の分身となる憑代だ。上から順番に見ていくと──
柔らかな電球色の照明を受け金色に輝いている頭髪は実は白銀である。証明が当たる角度によってはブロンドの様に照り返る。頭髪の輝きが素晴らしいだけではない。髪質も見た目通りのサラサラで髪の毛は、肩甲骨と腰の丁度中間あたりで自然に切りそろえられている。俗にいうスタンダードなロングヘアだ。
そして、その優しい白銀の糸が絡む顔は無表情こそではあるが、己の集大成とも言える完璧な美少女を作り上げたと自負できる。唯一こだわった部分だと言える。エルフ特有の切れ長になりがちな目は、調整幅を限界まで使用して、可能な限り大きな瞼を作り、黒目を大きく設定して可愛らしいイメージを強調させている。鼻筋も唇も強調しすぎない程にアクセントをつけてバランスよく配置して置く。
身体的特徴は、エルフの女性キャラに可能限り理想的なスリーサイズを適用し、エルフの中でのボンキュッボンを再現した。標準的な大きさの胸部と臀部を持ったスレンダーモデルと言った体躯と言えば解り易いだろうか。
さて、そうやって自分の憑代を眺めていると、自分の眼前に迫ってきたいた。いや違う、よくよく周囲を見回してみると、これは自分が動いているのだと分かった。意志とは別に吸い寄せられている。どうやら、己が魂であり、目の前の憑代は名前の通りの器なのだと理解した瞬間。二人は重なった──。
そして、目の前がもう一度、ホワイトアウトした。
ゆっくりとフェードアウトしてゆき、気が付いたらそこは、先程までのメイキング画面ではなく、だだっ広い中世の神殿を思わせる場所に移動していた。興味本位のままに移動していくと、足元から冷たい感触と同時にペチペチペチと音が聞こえてくる。綺麗な白い色をした足は、見慣れない華奢で綺麗な形をした足だった。それほど違和感もなく歩けているので良しとしよう。
ところで、床の足ざわりは悪くないのだが、どうやら素足なのがいただけない。などとどうでもいい事を考えながら、ガイドラインの様に模様が違うタイルを無意識に歩いていく。
すると、目の前に幻想の生物『ドラゴン』の形を模した石像がある。どうやらこれに何かをするらしいのだが、人間大の大きさに作られたドラゴンの石像は良くできている。どんな感触かと徐に触れると目の前の石像が突然光りだした。
『そなたの名はなんという』
「え?」
『目の前のお前だ。エルフの少女よ』
エルフの少女……?──あぁ、自分の事か。
どうやら、これが名前を決定する儀式のようなものらしい。
名前か……。特別考えていたわけではない。実の所、アバターの性別や外見も事前まで何にも考えておらず、ただ漠然と今の自分と違えば何でも良いと思っていたので少し慌てた。
「えぇっと……名前は……」
『──どうした、名前も解らんのか』
「すみません──用意してませんでした」
特別怒った声ではなかったが、ドラゴンの石像が威圧的な造形立った為、随契反射で謝ってしまった。
『ふむ、そう言う者は多い。致し方ない。では、この世界におけるエルフの歴史を説明しよう。歴史上の人物から名付けてみると良いかもしれん』
「え、説明があるの? 長い…の?」
『時間にして、30分少々を要するが、構わんか? 大丈夫だ。解り易く映像付きで解説してやろう』
「い、いや、パスで──」
『ふむ、連れないのだな』
なんだ、この砕けた感じのドラゴンは。少し拍子抜けしてしまったが、いきなり高圧的に話しかけられても感じが悪い。これくらいフランクな感じでもいいのだろう。
「ちょっと待って。考えるから」
少しの間、表示された時刻と睨めっこしながら、刻む時を0~25分まで時間を浪費した。今日学習した言語の講義を思い出し、今の状況に求められる言葉。それを習った言語で翻訳してみた。
果てしなく続く時間が欲しい。そんな幻想的な思いを込めて──
「決まったよ。Kiam la eterna……分かるかな?」
『そなたの前世の言葉であるな。ふむ、キアーム・ラテーナと刻むが、良いか?』
「少し発音が違うけど、いいよそれで」
『では、キアーム・ラテーナ。そなたの名前を刻んだぞ』
なぜ、この問答をドラゴンの石像に対してやらなきゃいけなかったのが疑問だったが、これもこの世界におけるロールプレイの一環なのだろうか?
実物より華奢で細く長くなった指を、すべすべの小さな顎に添えて考察するのだが、余りにも判断材料が少なすぎる。
「職業とかはどうするの? これから?」
自分の事は少しせっかちなタイプだと思ってはいる。次第に相手のペースに合わせて促されているのが嫌になってきた。俗にいうとイライラしてきた。どうしてかと言われれば時間が無いのだ。
『まぁ、待て。事には順序というものがある。この後、そなたにはチュートリアルを受けてもらう。時間にして1時間半ほどだ』
「無理だよ。時間が無い」
石のドラゴンに端的に現状を説明する。
『……友人を待たせてあるのだな』
話しても無いのに心を読まれたかのような返事だった。まぁ、自分の脳とゲームがリンクしているのだから、脳の信号をゲームプログラムの一つである石のドラゴンが感じ取ってもおかしくはないか。と、勝手に結論付けておく。勿論ゆっくり考えている時間が無いからだ。
『致し方ない。チュートリアルは後程ログインしなおした折にもう一度受けられるようにしておいた。では、挨拶でもなんでも済ませてくるといい』
言い方が少し引っかかるが、まぁこちら側が我がままを言っているのだがら良しとしよう。
『では、【クォメンサント】のポータルへ転送しよう。だが一つだけ言っておく。そなたはまだ冒険者ではない一般人だ。職業を持たぬまま町を散策するのは良いのだが、町の外へ出るのは止めておけ。これは忠告より警告と受け取っておくと良い』
なんとも、融通の利く石のドラゴンです事。どうせ、1時間と少ししかないのだから、彼と会って話をしている内にログアウト時間がやってくるはずだ。この手のゲームによくある、自動ログアウト時間の事だ。最大を6時間。健康上の事もあり、それ以上はどう頑張っても自動的にVRシステムから切り離されるのだ。
今回は彼の予定もあり19:00をリミットでアラームしてある。つまり、チュートリアルを受けていれば、それすら終わらないうちにログアウトになってしまう。これでは場を誂えてくれた彼にあまりにも失礼だと思った故の結論だ。
『では、良いな?』
「はい」
『キアーム・ラテーナよ、ドラゴンワールドへようこそ! 歓迎しよう!』