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 新年度の講義が始まる前日に、部活動・サークル紹介というものが体育館で催される。今日がその日だが、水上は体育館には向かわなかった。準備だけして、当日は天水と夏川に任せたためだ。

 駐輪場に自転車をとめて、すぐ近くにある体育館の方を見た。聞いたことのあるようなクラシックの曲が聞こえた。吹奏楽部が発表をしているのだろう。イベントの開始から少し時間が経っているにもかかわらず、体育館から出て行く人よりも入っていく人の方が多い。

 水上は今年度で三年になるが、この小綺麗な体育館には一度しか入ったことがない。彼が入学した年の部活動・サークル紹介に行ったときだけだった。部室に向かいながら、水上はそのときのことを思い起こした。

 その日、午前中は担当教員によるオリエンテーションのようなものがあり、午後からの部活動紹介は自由参加だった。知り合いがいなかったので一人で体育館に向かった。

 ガラスが多く使われた体育館の入り口でビニール袋を渡され、履き慣れない革靴を入れた。中では、壁沿いに各部活やサークルの展示が並んでいて、中央は発表スペースになっていた。

 水上が来たときはダンスサークルの発表の途中のようだった。それを横目にいくつかの展示を見て、話しかけられそうになったら離れた。そして、五分もしないうちに体育館を後にした。

 今思い出しても写真部の展示を見た記憶がない。なぜだろうか、と考えながら部室の扉に手をかけた。そこで、鍵を開けていないことに気付いたが、扉はすんなりと開いた。

 部室には古泉がいた。なにやらパソコンを操作している。

 その姿を見て思い出した。写真部の展示場所には女性が一人で座っていて、近付きづらかったから見に行かなかったのだ。

「こんにちは」

 連絡したわけではないので少し驚いたが、水上は挨拶をした。

「こんにちは」

 と、彼女も言った。

 見ると机の上には膨らんだエコバッグが置いてある。

「これ、古泉のか?」

「うん。二人への差し入れ」

「考えることは同じか」

 水上は左手に持ったお菓子の入ったビニール袋を少し上げて示した。それを見て彼女は合点がいったようだった。水上が定位置に座ると、背後にパソコンがあるため、古泉と背中合わせになった。

「そういえば、早朝に写真撮りに行ってみたぞ」

 鞄から先ほプリントされた写真を取りだして、古泉に渡した。

「拝見いたします」

「おてやわらかに」

 一枚一枚ゆっくりと写真をめくっていくのを彼は後ろから眺めていた。

「夜が明ける頃に町中を歩いたのは初めてだったけど、なかなか面白かった」

 無言で写真を見ているので、水上が話しかけた。

「おもしろい?」

 古泉は手を止めて水上を見た。

「うん。車や人が全然いなくてさ、なんつーか、違う場所に来たような気がしたんだ」

「なるほど」

「明るくなり始めてから日が昇るまで、けっこう時間がかかるんだな」

「通報とか、されなかった?」

「はい?」

 唐突な質問だったので、何を言っているのかすぐにはわからなかった。

「長身の怪しい男が、カメラを持って、未明の町を徘徊する事案が」

「通報されるのか?」

 まだ続きそうだったので、古泉の言葉を遮って言った。

「さあ?」

「通報、するのか?」

「私はしない」

「なら大丈夫だろ」

 写真を見るのに戻った。一通り見終わった後、

「応募する写真、決めた?」

 と、古泉が聞いた。

「決めたよ。そん中にある」

 写真を受けとって教えようとした水上を、掌を向けて制した。

「当てるから、言わないで」

「当たったら飲み物でも買ってきてやろう」

「本気出す」

「ほどほどにな」

 彼女は六十枚ほどの写真に繰り返し目を通した。水上は、自分の撮った写真に真剣な眼差しが注がれていることが気恥ずかしく、少し緊張した。

 しばらくして、古泉が一枚の写真を選んだ。

「これ?」

 二羽の鳥が写った写真だった。通学路から道を一つ外れた小高い丘の上から撮った写真で、手前のフェンスに小さな鳥が二羽とまっている。奥には夜明け前の薄明るい空が写っていて、鳥も町もシルエットしかわからず、影絵のようだ。

 小高い丘の上に上って、朝日が昇るのを待っていたら、目の前のフェンスに鳥がとまった。しばらくしてもう一羽が来て、それを撮った写真だった。

「正解」

「やった。ジュース一年分」

「一本を一年かけて飲む分には構わないけどな」

 水上は立ち上がり、財布をポケットに入れた。

「なにがいい?」

「ぶどうジュース」

「へーい」

 そう言って部室を出た。自分のも含め、四人分を買ってから部室に戻った。しばらく古泉が写真の編集をしているのを見ていると、入り口の閉まる音がした。「あれ?」「何してるんですか」という声が扉の向こうから聞こえ、鍵の開く音がして二人が入ってきた。「どーしたのお二人さん」

「あ、こんにちは」

 天水と夏川はそれぞれ椅子に座った。

「お疲れさん。差し入れ持ってきた」

「同じく」

 水上と古泉は袋の中身を机にぶちまけた。スナック菓子ばかりだった。

「おおー、ありがとう」

 天水は菓子の山を物色し始めた。

「多すぎませんか。いや、ありがたいですけど」

 夏川は菓子の量に少し引き気味だった。

「水上のは多い」

 古泉にも言われた。

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