六
ここでも、帰りのバスの時間まで自由行動ということになった。
「古泉と俺は神社に行くけど」
水上は地図を見せながら天水と夏川に言った。すると、夏川が、
「『座敷からの海の眺めが素晴らしい』っていうのが気になるので、ここに行きます」
と、そんな説明文の書かれた、ここから近い寺を指さして言った。
「私もそっちに行く」
唐突な思いつきのように天水が言った。
気を遣ってそう言ったのなら、水上にとっては、的外れとはいえない。それは認める。しかし、成り行きで古泉と二人きりになったところで、気を遣われた甲斐のあるようなことにはならないだろう。
そういうことは成り行きではなくて、自分の意思で決めたい。だから、気を遣ってくれるのはありがたいが、少しだけ余計なお世話だとも思っている。
みやげ屋を後にして、少し歩いたところで二手に別れた。左側に広がる海の中、すぐ近くに小島があり、そこには朱い鳥居と社が建っていた。
どうやってあの島に行くのだろう、と思っていると、二人の進行方向の先にある船着き場から小船が発進していった。しかし、その船は小島の前を横切って、その奥に見える大きな島の方に進んでいった。
船着場は観光船乗り場で、時刻表を見ると船は頻繁に行き来していることがわかった。
「あとで船に乗ってみないか?」
天水に気を遣われたことが気にかかっていたためか、普段なら言わないようなことを言ってしまった。
「うん。乗る」
言っておいてなんだが、古泉の返答は意外なものだった。次の行き先も、あまり考えずに決まってしまった。だが、こんな行き当たりばったりなのも悪くはない。
船乗り場を過ぎ、路地道を歩き幅の狭いコンクリートの階段をのぼると、左側に神社、右側に鳥居があった。いつの間にか境内に入っていたようだ。
そこで、古泉は辺りを見回した。猫を探しているのだろうと思い、水上も周囲に目を配った。猫の姿は見えない。残念だが、いないようだ。
しかし、それでこそ猫だと彼は思った。よくいるという場所に行っても会えるとは限らないのが猫である。バイト先の古本屋で猫を飼っていて、その猫たちが店に出るのは気分次第だということを普段から見ている水上にはわかりきったことだった。出会えなければ、運が悪かったと思うほかはない。その時は近所を歩いて探してみるのもいいかもしれない。
神社の社の裏側は海だが、ここからは見えない。社の方を見ていると、いつの間にか古泉が鳥居の方に徐々に近づいていることに気づいた。
古泉の進行方向を目を凝らして見ると、鳥居のそばの背の低い垣の中に黒っぽい猫がいるのが見えた。よく見つけられたな、と思うほどに小さな二つの金色の瞳が光っていた。
それとは別に、鳥居の方から灰色の猫が歩いてきた。近くにいる古泉のことなど眼中にないというような、堂々とした足取りだった。彼女は垣の根本の猫に注目していて、灰色の猫には気づいていない。
堂々とした猫は立ち止まって、ゆっくりと腰をおろしてから垣の根本の猫を見つめた。そのまま、固まったように動かない。
古泉は座った猫に気づいて、二匹の猫が画角に入る位置に慎重に移動した。移動中、水上からは一瞬だけ古泉の幸せそうな横顔が見えた。
垣の根本の猫は警戒して古泉に目を向け、その猫を座りながら灰色の猫が見つめていて、二匹の様子を古泉が眺めている。なんだこの三角関係は。
一人と二匹を、離れた場所から写真におさめた。現像したら、古泉に見せてからかってやろう、と思った。