五
写真を撮る場所を探しながら、坂の多い町を歩いた。馴染みのない町は新鮮で、路地や踊り場に向けて何度もシャッターを切ったが、写真になったら平凡なものに見えるかもしれない。新鮮なだけで、何かを痛切に感じた風景ではなかった。
ある景色に心を動かされて、それを写真におさめる。心を動かした何かを表現するためには技術がいる。技術があれば、見る人の目にどう映るかを計算して写真を撮ることができる。そんな技術も経験も持ち合わせていないことを、水上は自覚していた。
この町では、ガイドブックで見た写真の場所や、水上の読んだことのある小説に描写された事物ばかりが目についた。それらを見つけてカメラを構えるが、ファインダーを覗くと撮る気が失せた。
そうして撮った写真は、人のあとをついていっているだけだった。
昼食のとき、天水と夏川の話を聞き流しながら、水上はそんなことを考えていた。
「水上君、箸止まってるけどどうしたの? 聞いてる?」
「今まさに聞き始めたところだ」
「今までのは?」
「過ぎ去ったことよりも、未来に目を向けようじゃないか」
水上は白々しく言った。
「聞いてなかったんだね」
「いや、実はちゃんと聞いてたんだ。あれだろ、天水が手水舎で顔洗ったんだろ。このバチ当たりめ」
「そんな話してないよ!」
「水上はおてふきで顔を拭くらしい」
と、古泉が話題を逸らした。これは行くしかない……のだろうか、と思い、テーブルの端の方に置いたおてふきを手にした。顔に近づけると、三人共に引かれた。
「ないわー」
と古泉に言われ、
「おっさんですか」
と夏川に言われた。散々であった。「冗談ですよ」と水上は言ったが、信じてもらえただろうか。
食べ終わったあと、荷物を持って昨日新幹線から降りた駅に戻り、そこでも荷物をコインロッカーに預け、駅前から路線バスに乗った。
駅からしばらくは地方都市らしい町並みで高い建物も見えたが、広い川の細い橋を渡ると急に建物が少なくなった。バスは川沿いの道から離れていき、やがて海が見えはじめた。先ほどいた町の川のような海ではないが、大海原というのも違う。小さな島々が多い。
みやげ屋の前でバスを降りた。そこの一部が観光案内所になっていて、水上が地図を見ていると、天水が店員さんに話しかけた。
「どこか眺めのいい場所ってありますか?」
「海の眺めならこの建物か、この神社からの景色が素晴らしいですよ。こちらには高台があり、町を一望できます」
どうやら地図を見ながら説明を受けているようだ。いくつか聞こえた建物などの名前から、地図のどのあたりのことを言っているか水上にも分かった。
彼は大学に入ってから何度か国内旅行をしたが、現地の人に話を聞くことはほとんどなかった。知らない人と話すのには、或る覚悟のようなものが必要で、いつもできない。
そのことを変えたいと思ったことはあるが、今はそうでもない。知らない町を歩くのが好きで、自分の足で歩いて何かを見つけることが性に合っていた。
見逃してしまうものもあるだろうが、それならばまた来ればいい。また来ようと思う場所なら、機会をつくっていずれ来るだろう。
それはともかく、眺めのいい場所には行ってみたいので、あとで探そうと思った。そう決めたとき、古泉が水上の手元の地図を見ていることに気づいた。
「ここ、ネコの絵がある」
古泉が海のそばの神社を指さした。
「猫がいるんだろ」
「行くしかない」
「……行くか」
「うん」
最初に行く場所が決まった。その神社も高台にあるようだ。