二
応募用紙は送る写真一枚一枚にコピーして張るので、雑誌を買い足す必要はないとわかった。しかし、雑誌を買わないで応募だけするのもどうかと思い、四人でお金を出し合ってさらに三冊買った。
天水の話を聞いてから一週間が経った。応募しなくてもいい、という逃げ道を作ったが、どうしても意識してしまう。
ファインダーを通して被写体を見るとき、これが作品になるのかと考え、シャッターボタンを押すのをためらってしまう。一枚の写真を撮るのに色々と考えるようになったともいえるが、それはいいことだろうか。
「そんなに難しく考えることじゃないよ」
カメラ雑誌のバックナンバーを取り出して入賞作品を見ていた時、天水にそう言われた。入賞作品の傾向を探ろうとしたが、よくわからなかった。
どうせ応募するのなら入賞したい、と水上は思っている。彼は元来、ものによっては負けず嫌いを発揮する。他人の評価なんて気にしないふりをしながら、応募して落選したら悔しがるに違いない。それも応募を渋っている理由の一つだった。
「そんなことはない」
春休みも終盤に入った日の部活の前の時間、古泉と夏川はまだ部室に来ていない。
「そう? すんごい真剣な目で見てたよ。雑誌が焼けるかと思った。視線で」
「何者だよ、俺は」
「ミスター水上」
「なんか胡散臭いな」
「んで、そんなに真剣に何を見てたの?」
天水に言われて、雑誌を見始めてから、思ったより時間が経っていることに気づいた。はじめのうちは構図や被写体など、作品の傾向を気にしながら見ていたが、途中からは感心しながら眺めていた。
「何をってわけじゃないが、こうして見てるといろいろな撮り方があるなって」
「そうだよね。それだからこういう雑誌を買っちゃうんだよ」
「工夫なんて、いくらでも出来るからな」
「うん。同じものを撮っても、人によって全然違う写真になるしね」
「だから、困る」
見た人すべてがいいと思える写真を撮りたいわけではない。それは不可能なことだ。
天水は机に置かれたカメラ雑誌を一冊取って、開いた。彼女は雑誌に目を通しながらおもむろに、
「水上君は、いい写真ってどんなものだと思う?」
「抽象的な質問だな」
「一般論じゃなくて、水上君の好みでいいよ」
「考えさせてくれ」
水上はさっきまで見ていた雑誌の中で、惹かれた写真の共通点を考えた。印象に残っている写真が何枚かあるが、共通するものなんてあるのだろうか。
「私の考えだとね」
そう前置きして、天水が話しはじめた。水上にだけ言わせるのはどうかと思ったのだろうか。
「いいなって思えるのは、撮った人が楽しみながら撮ったんだ、って感じられるような写真だね。……スナップ写真で写っている人がカメラに笑顔を向けている写真があるでしょ」
「よく見かけるな」
「ああいう写真を撮るときって、撮る人もきっと笑ってると思うんだ。そういう、写る人も撮る人も、その写真を見る人も楽しくなるような写真だね」
天水が言ったのと似たようなことを水上も考えたことがあった。
それでも彼は、人の写真よりは風景、それも自然風景を撮るのが好きだ。好きだが、自然風景の写真であればいいというわけではない。そのところを天水に説明できるだろうか。
「俺は」
水上は話しだそうとして、一旦言葉を切った。
思っていることを誤解がないように伝えようとすると、なかなか言葉を紡げない。
正面に座っている天水を見ると、目があった。彼女は微笑みながら、水上の言葉を待っていた。
誤解が生じたら、それを解くために説明すればいい。一度で考えをすべて言おうとする必要はない、と彼は思った。
「技術的なことは、あまり気にしない。よくわかんないしな、正直」
「ほほう」
なんだろうこの相槌は、と思ったが、気にせずに続けた。
「例えば、そうだな、写真に撮られた景色があって、そこに写っているものがその後どうなるか、それが気になるような写真がいいな」
「いわゆる、物語性があるってこと?」
「そうだな。いや、それに当てはめることもないんだが。写っているものがどうしてその状態になったのかってことも気になるのがいい」
「一枚の写真から想像力を掻き立てられるのも面白いよね」
「だな」
多分、それほどの齟齬がなく伝えられたと思う。天水の言いたかったことをちゃんと理解できたかはわからない。でも、それでいい。認識にズレがあるのなら、時間をかけて近づけていけばいい。
「まあ、こういうふうに、感じ方ってのは人それぞれだし。自分がいいと思う写真を目標にすればいいと思うよ。真似するんじゃなくてね」
「おっしゃるとおりで」
「イメージ通りに撮れたら苦労はないけどね」
「全くだ」
曖昧だったいい写真のイメージが、言葉にしたことで形を持ち始めたような気がする。
明後日から写真部の合宿となる。