☆第三話 疑惑
ミィーン…ミンミンミン…、ジージーと蝉が唄っている。それも暗いうちからだから、寝坊の僕だって流石に目覚める。それに五時頃ともなれば冬とは違って外は明るいから尚更だ。それでも、じいちゃんの早起きには勝てっこない。今朝も僕が起きだしたときには、庭で、「エィ! ヤァー」と竹刀を振っていた。
「どうだ、正也も振ってみるか!」「僕はいいよ、ラジオ体操があるから…」と逃げをうったが、じいちゃんは案の定、諄く勧誘する。
「まっ、そう云うな、気持いいぞぉ、ほれっ!」と、僕の眼の前へ竹刀をサッっと突き出した。その勢いに押され、僕の手は自然と竹刀を握っていた。こういう主体性がないところは、父さんの子なのだから仕方がない。
数分、じいちゃんに付き合って竹刀を振ったあと、「もう行くよ。遅れると子供会で怒られるから…」と、ふたたび逃げをうったが、「そうか…、じゃあ行きなさい」と、今度は素直で、じいちゃんも深追いはしなかった。
「帰ったら飯が美味いぞぉ~」と叫ぶ声が、家を出る僕の背後に響いていた。
ラジオ体操を終えて戻ると、母さんが、じいちゃんの腕を揉んでいた。傍らには、いつの間にか起きだした父さんもいる。
「年寄りの冷や水なんですよ、父さん…」
「なにを云うか! ちょいと捻っただけだ」
じいちゃんが気丈なのはいいが、父さんも、もう少し話し方を工夫した方がいいだろう。僕の方が、じいちゃんの気性を知り尽くしているように思える。
「でもね、お義父さまも、もうお歳なんですから、気をつけて下さい…」
母さんも、今日は父さんの味方をしている。すると急に、じいちゃんの顔が柔和になった。
「ハハハ…、お二人にそう云われちゃなぁ。まあ、これからは考えます、未知子さん…」
じいちゃんは素直に反省して黙った。僕はやれやれと安堵した。だが次の瞬間、「飯にしましょう、未知子さん」ときた。じいちゃんの大食いは我が家でも有名なのだ。
「おぅ! 正也も帰ってたか…。虫に刺されなかったか?」
「うん、某メーカーの虫除け持ってったし」
「ああ…、アレはよく効くからなぁ。さあ、飯にしよう、飯だ飯だ、飯…飯」と、何かに憑かれたように、じいちゃんは母さんの手を振り解いて、勢いよく立ち上がった。
第三話 完




