従順ペット
私の名前は伊集院麗華。美人で、文武両道。そんな私には似合うものがる。その名を下僕という。なんて、魅惑の響きなんだろう。まだ、持っていないけど、いつかは手に入れてみせるのだ。
だけど、私に毎日告白してくるような人は、下僕のイメージではない。私が下僕に抱いているイメージは、弱弱しくて、草食系ってヤツで、子犬系男子だ。
どこかにいないのかしら?私のまだ見ぬ下僕は――。
「痛ッ」
学校で廊下を歩いているとき、ノートを持った男の子とぶつかった。そんなに痛くはないけど、痛いと言ってしまうのが、人間だ。
「ご、ごめんなさい!」
「いいのよ」
ふと、その子の顔を見た瞬間、私はびっくりした。その男の子はまさに私が思い描いていた、下僕そのものだった。少し低い背、パッチリ二重の目、今にも泣きだしそうだ。唇なんかも女の子みたい。すっごく可愛い。こんなチャンスって、そうそうないわよね……。
「ねぇ、あなた!私の下僕にならない!?」
気付けば、男の子の両手を握り、私は言っていた。
「え……」
もちろん言われた本人もびっくりしているし、周りもびっくりしている。何より言った私が一番びっくりしていたんだけど。
「ね、ダメかな?」
しつこいと思われてもいい。このチャンスを見逃したら終わり!私は必死だった。
「ベ、別にか、構いませんけど……」
「え、ウソ!?ホント!?」
ついにこの時が来たのだ。カモン、下僕!!
「じゃあ、契約ね。まず、私のことは『ご主人様』って呼んで?それと、私の言うことは絶対服従よ?分かった?」
「は、はい」
弱気な瞳に見つめられると、キュンキュンする。そして、もっといじめたくなるのが、私なのだ。
「じゃあ、契約の指輪」
その指輪は、いつか下僕ができたときに渡そうと用意していたのだ。もちろんペアリング。私はそれを指にはめる。
「名前は?」
忘れかけていた質問をする。
「清水純って、言います」
「いい名前ね」
これが、私と純が出会って下僕にするまでのなり初めである。
「ただいま」
って言っても誰もいないけど。
家は広いけど、父や母は仕事が忙しくてめったに家にいない。話し相手もいない。正直言って寂しいけど……。
今日のことを思い出して、顔がゆるんだ。純……私の麗しき下僕。明日から少しは楽しめるかしら?と、明日のことを考えると、少し楽しい気分になった。
「純!荷物持って」
次の日、迎えに来た純に早速命令する。純には家の住所を教えておいたのだ。意外と家は近かったから、「明日から行きます」と言ってくれたのだ。
「はい。ご主人様」
というもんだから、堪らない。純がその細い腕で、荷物を持っているのがすごくいい。
「私のカバン、重くない?」
一応質問する。もし、体を壊されたら、せっかくの下僕が消えてしまう。
「いえ。これでも少し鍛えてるんですよ」
「へぇ……」
鍛えてると言われたら、もっと文句をつけたくなってしまうのが、私、麗華なのだ。
「じゃあさ、これから四六時中カバン持ってくれる?まぁ、私の言うことには絶対服従だから、純に断る権利はないけど」
「は、はい……。仰せの通りに……」
「なっ……!?」
純ってば!そんな嬉しいことを言ってくれるなんて……。良くできた子ね。
「ねぇ、純、今日から私が何かに巻き込まれたら、 恰好よく救って見せてね」
「はい!」
「麗華さん、付き合ってください」
朝から四組の槇野君が告白。でも、私にはちゃんと断る理由ができた。
「ごめんね、私、この通り下僕の世話で忙しいの」
純を引き寄せ、見せつけるように言う。純は急なことで戸惑っている。が、私は完全無視。
「だから、今まで通りお友達でいましょう?」
ここまで言って、とうとう諦めたのか、肩を下して告白をしてきた槇野君は帰っていった。
「ありがと、純」
「いえ……。あの、それより、僕なんかが下僕で良かったんですか……?」
「えっ?」
「ご主人様の評価まで下がってしまうかもしれないんですよ……?」
そういわれて、周りを見る。何人かがこちらを見てこそこそ言っている。ああ、何だ。あんなこと。
「構うもんですか。私がいいならそれでいいの!世界は私を中心に回ってるのよ!」
大声で言うと、周りにいた奴らは、そそくさと逃げて行った。何よ、この完璧な私の下僕に文句を言うのは許されないことだわ。
純はびっくりした顔をした後、
「ありがとうございます!僕、嬉しいです。馬鹿にされると思ってたから……」
後半の方は小声になっている。確かに純は見かけは女の子みたいだし、今までからかわれることも多かっただろう。気を使ってくれたの?
「この私が馬鹿にさせないわ」
私より背が低い、純の顎をつかみ、そう宣言する。
「じゃあ、僕もご主人様を守れるような立派な下僕になりますね!僕はご主人様が全てですから」
ドキッ。私の……私の為だけに?
「ええ、待っているわ」
私は少しドキドキしているのを、必死で隠し、やっと言えたセリフがそれだった。
「えーと、確か純の教室は二年二組……」
下僕の体調管理も主の役目。だから、たまにはお迎えだって行ってあげるわ。……なんて心の中では言ってるけど、結構余裕がないのが私の現状。もしクラスまで迎えに行って、純が女子にモテモテだったらどうしようとか、いじめられてないかとか、被害妄想まで行きそうなほど考えてる。でも、純に限ってそんなこと……無いよね?
階段を上り、教室まで急ぐ。早く、早く、純に会いたい。三階に着き、二年二組の教室を探す。あった!
私はまず、こっそり覗いた。
「じゅ――」
呼びかけた瞬間、純の周りに女の子達がいることに気づく。すごく親しそうに純と話している。私の心が硬く、冷たくなる。
やっぱり帰ろう、元来た道を帰りかけた時、
「ご主人様!?迎えに来てくれてたんですか!?」
純が駆けつけてきた。子犬みたいにぴょんぴょんはねている。
「ああ……うん。私が迎えに来るのもたまにはいいでしょ?」
「はい!ありがとうございます」
律儀に頭まで下げちゃう純が可愛い、とか思いつつ、さっきのことは気になるけど言えないな、って思う。私ってバカみたい。こんな時だけ何も言えないなんて……。
「ごめんね。私下僕いるから」
純が下僕になってもう大分経った。相変わらず、告白の時はこのセリフを使っている。純とは前よりすごく仲良くなったけど、でもこれは、主従関係。主と下僕は絶対にくっつかない運命。だけど、私は純と素直に恋人になりたいと思っている。だけど、私から言うのも恥ずかしい……。
その日、私は日直の仕事で遅くなっていたら、純が迎えに来た。
「……純」
「あ、あの質問です!」
いつもと違う様子で顔を少し赤くしている。
「僕って、ご主人様にとって、下僕ですか?それとも……彼氏とか」
彼氏……。
「勘違いしないで」
口がそう開いていた。勝手に。
「私の彼氏になれるとでも思っていたの?下僕のくせに。それに下僕も条件さえ合っていたら、あなたじゃくて、誰でも良かったわ」
図星のことを言われると、腹が立つ。すごくすごく。
「ご、ごめんなさい……」
まるで最初に出会った時のように、純が言う。
「もういいわ。これが最後の命令。契約終了。指輪も返して」
純は寂しそうな茶色の瞳で、こちらを凝視する。だけど、私は無視をして、純の指から、指輪を抜き取った。
「今までありがとう。純」
後ろを振り返ると、まだ純が教室に残っていた。このままいたら、泣きそうになったから、私は走って帰った。
次の日、学校中が私と純の噂でいっぱいだった。友達にも聞かれたが、適当に促した。そんな中でも告白してくる人はいるらしい。
「麗華さん……。あの、下僕、俺じゃダメですか?」
「そうね……」
純よりは落ちるけど、まぁいいのかもしれない。
返事をしかけた瞬間、
「麗華さん!!」
パッと、後ろを振り返ると、
「純……」
呼び方が違うじゃない、と思ったが、昨日で下僕の契約も破棄されたのだ。私がそんなこと言う権利はない。
「僕じゃ、ダメですか?」
「えっ……」
「もう一度、やり直してくれませんか!?最初から!」
最初から……。
「そうね。いいんじゃないかしら?ただし、下僕兼彼氏よ」
そのあとの純の笑顔が可愛すぎる。
「はい!ご主人様」
純の手を取り、指輪をはめる。
「あなたは、私だけのものよ?」
いつの間にか、周りは私と純の二人だけになっていた。
「もちろんです!」
~後日談~
「ねぇ、前の純の周りに集まっていた女の子達って、何なの?」
「えっ、知ってたんですか?」
「ええ、もちろんよ」
それより、早く結末を言いなさいよ!
「あれは……僕の友達のことを聞かれてただけです」
「友達?」
あっ、そういえば!純の友達って……かっこよくて有名な柏木くんだっけ……。
「勘違いさせないでよ!罰として今日、しゃべってやらない!!」
「え~!?」
ここまで読んでくださった方ありがとうございます。
また、これの続編も書く予定です