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鏡淵の調律 ―揃わないまま、君と生きる―  作者: ちとせ鶫
第4章:整えられた街

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第40話 外れたままでいること

揃わないという選択は、思っていたよりも体力を使う。

それでも、その選択だけが自分を保つ手がかりになるとしたら。

ほのかは、流れから外れたままでいようとする。

 午後の授業は、なぜか長く感じられた。

 内容が難しいわけではない。

 むしろ理解しやすく、

 板書も整理され、

 説明にも淀みはない。


 それなのに、

 時間の流れだけが均されているようで、

 区切りが曖昧に溶けていく。


 ほのかはノートを取りながら、

 視線の動きを意識的に崩していた。

 黒板、教師、周囲の生徒――その順序を固定せず、あえてばらす。

 決まった流れに乗らないように、自分から外していく。


 視線は遅れずについてくる。

 動かしているのは自分だという感覚もある。

 それでも、

 次に何を見るか決める前に、

 すでに候補が絞られているような気配が残る。


 黒板の文字が入り、

 教師の手元へと意識が流れ、

 隣の席の動きに視線が移る。

 その順番が、“自然に選ばれている”。


 拒めないほどではない。

 ただ、逆らうには少し力がいる。


 ほのかはペンを止める。

 あえて書かない時間を作る。

 周囲ではペンが動き続ける。

 数秒遅れて、何人かが顔を上げる。

 そのタイミングが近い。


 揃ってはいない。

 けれど、ばらつきが狭い。


 その狭さが、気になる。


 チャイムが鳴る。授業が終わる。

 ほのかはさらにタイミングを外す。

 立ち上がらず、教室の流れを観察する。

 人の動きが出口へと集まり、詰まることなく外へ抜けていく。


 最後に立ち上がる。

 誰ともぶつからない。

 進むべき隙間が、そこにある。


 廊下に出る。人の密度は高い。

 それでも流れは滞らない。

 避ける、

 譲る、速度を変える――それぞれの動きが滑らかに繋がる。


 ほのかは壁際に寄る。

 流れから外れる。

 その場に立ち、通り過ぎる人を見送る。


 歩幅も視線も違うはずなのに、

 全体として一つの動きにまとまって見える。


 統一されているわけではない。

 統一されていない状態が、

 ある範囲に収まっている。


 その“範囲”が、見えないまま存在している。


 ほのかは再び歩き出す。今度は流れに逆らう。

 向かってくる人の間を縫うように進む。

 誰かが横にずれ、別の誰かが速度を落とす。


 ぶつからない。


 調整されている。

 自分の動きに対して、周囲が。


 それが自然な反応なのか、

 それとも整えられているのか――境界が曖昧になる。


 階段を降りる。

 足音が重なる。

 完全には一致しない。

 少しずつずれながら、似たリズムで続く。


 その重なり方が、耳に残る。


 外に出ると、空気が軽くなる。

 校舎の中にあった均された感じが、わずかに薄れる。

 風は不規則に流れ、音もばらついている。


 ほのかは深く息を吸い、ゆっくり吐く。

 その違いを確かめるように。


 グラウンドの端に立つ。

 生徒たちはそれぞれに動いている。

 走る者、

 止まる者、

 座る者、

 ボールを追う者――どれも自由に見える。


 視線を動かす。


 一瞬、動きが揃いそうになる。

 三人が同時に同じ方向を見る。

 ボールが飛ぶ。


 次の瞬間、ばらける。


 揃わない。

 揃いきらない。


 その“揃いかけて崩れる”感覚が、

 何度か繰り返される。


 ほのかはその場を離れ、

 校舎の影に入る。

 光が遮られるだけで、

 空間の輪郭がわずかに曖昧になる。


 その曖昧さに、少しだけ呼吸が楽になる。


 整っていない。

 把握しきれない。


 その状態のほうが、息がしやすい。


 ポケットの中で手を握る。

 指先の感覚を確かめる。

 動きが、自分のものとして返ってくる。


 外れている。

 まだ、外れていられる。


 その事実を、確かめるように。


 ほのかは視線を上げる。

 校舎のガラスに空が映る。

 雲が流れていく。

 その形は一定を保たず、崩れながら変わっていく。


 揃っていない。


 それが、確かにそこにある。


 その不揃いを目で追いながら、

 ほのかはゆっくりと歩き出した。

完全に揃わないわけではない。

けれど、揃いきらない。


その中間にある揺らぎこそが、この世界の“余白”であり、

ほのかが踏みとどまれる最後の場所なのかもしれません。

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