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鏡淵の調律 ―揃わないまま、君と生きる―  作者: ちとせ鶫
第1章:あたたかな不協和音

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第9話 反射するもの

 夕方の学校には、昼間とは違う空気があります。


 誰もいない廊下。少し冷えた階段。夕焼けに染まる窓。

 それだけなら、ただ静かな放課後の景色のはずなのに、ときどき「何か」が混ざることがある。


 今回の話は、そんな“境界の曖昧な時間”のお話です。


 見間違いかもしれない。

 気のせいかもしれない。

 でも、一度気づいてしまうと、なかなか頭から離れない。


 鏡の中で先に動いた夕奈。

 遅れて聞こえる靴音。

 そして、何も言わずに立ち止まる夕莉。


 日常の形はそのままなのに、順番だけが少しずつ狂い始めています。


 静かな違和感を、楽しんでもらえたら嬉しいです。

 その日は、少しだけ帰りが遅くなった。


 委員会の仕事が長引いたせいで、ほのかが図書室で双子と待っていてくれた。

 戻ってきた晴斗を見るなり、ほのかが言う。


「遅い」

「悪かった」

「悪かったじゃないんよ。夕奈ちゃんずっと待っとったんやから」

「……ごめん」


 謝ると、夕奈はふるふると首を振る。

 怒っていない。

 ただ、当然のように袖を掴む。

 その動作に、迷いがない。

 

 廊下を歩きながら、体育館へと続く古い階段に差し掛かる。

 端の方にあるせいか、普段はほとんど人が通らない。

 窓も小さく、光の入り方がどこか鈍い。


「こっちのほうが近いやろ」


 ほのかが気にした様子もなく先に立ち、足をかける。

 

――ここ、出るらしいよ。

 そんな噂を、誰かが言っていたのを思い出す。

 誰が言っていたのかは、うまく思い出せなかった。

 言われたときの妙な笑い声だけが、耳の奥に残っている。

 

 コツ、コツ、と靴音が響く。

 その音が、一瞬だけ遅れて、もう一度聞こえた気がした。

 気のせいだと、すぐに切り捨てる。

 

 踊り場に差し掛かったとき、ほのかがふと足を止めた。


「……あれ?」


 その声に、全員の動きが止まる。

 壁際に、大きな姿見が立てかけられていた。

 古い木枠。表面はわずかに曇っていて、ところどころに細かな傷が走っている。

 それでも、そこに映る像ははっきりしていて——妙に「近い」。

 窓から差し込む夕焼けの光を正面から受けて、鏡の内部だけが濃い緋色を帯びていた。


「こんなの、あったっけ」

 ほのかが首をかしげる。

「前からあったんちゃう」

 自分で言いながらも、確信はなさそうだった。


 夕莉は一歩手前で足を止める。

 踏み込まずに、距離を測るみたいに。

 その視線だけが、鏡の一点に固定されている。


 晴斗も、つられて鏡を見た。

 四人が映っている。

 夕焼けに染まって、輪郭が少しだけ曖昧になっているが、見慣れた姿だ。

 立ち位置も、距離も、そのまま写っている。

 

 違和感はない。

 ――ないはずだった。

 

 夕奈が、ほんのわずかに首を傾ける。

 その動きが、先に鏡の中で起きた。

 

 現実の夕奈は、まだ動いていない。

 時間が引き延ばされたみたいな、奇妙な静止。

 

 次の瞬間、遅れて同じ動きが現実に現れる。

 完全に一致する。

 何もおかしくない。そう思える形に、きれいに収まる。

 

 けれど。

 順番だけが、確かに違っていた。

 

 晴斗は何も言わない。

 言おうとして——言葉が出てこなかった。

 「見間違いだった」とも「本当にそうだった」とも言い切れない。

 ただ、その「順番の違い」だけが、頭の中に形のないまま居座っている。


「……行こか」

 ほのかが言う。


 その一言で、空気がほどける。

 四人は階段を下りる。コツ、コツ、と靴音が重なる。同じ速さで、同じ間隔で——

 

 少し間をあけてもう一度、背後から聞こえた気がした。

 

 夕莉だけが、一瞬足を止める。

 何かを確かめるように、ほんのわずかに視線を落とし——

 何も言わずに、再び歩き出した。


 夕奈の手は、まだそこにある。

 何も変わっていないのに。

 鏡の中の「順番」だけが、遅れて晴斗の胸に届いた。

 今回は、「鏡」と「順番のずれ」をテーマにした回でした。


 怖い出来事そのものよりも、“本来ありえないはずの順序”が入れ替わる瞬間って、不思議と強く記憶に残る気がします。


 鏡の中で先に動く夕奈。

 遅れて響く靴音。

 それを「気のせい」と処理しきれない晴斗。


 この作品では、はっきりした怪異よりも、「認識が追いつかない違和感」を大切にしています。


 また今回は、夕莉の反応も少しだけ印象的に描いています。

 彼女だけが、何かを“確認するように”立ち止まる。その静かな動きが、後々じわじわ効いてくるかもしれません。


 少しずつ世界の輪郭がずれていく感覚を、楽しんでもらえたら嬉しいです。

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