表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/16

第四章 掘り起こす

 目が覚めたとき、まだ夢の中の土の感触が、どこかに残っている気がした。

 天井を見上げたまま、しばらく動けなかった。

 神社の裏手。

 柔らかい土。

 埋めたはずの場所。

 断片だけが、浮かんでは消える。

 体を起こして、スマートフォンを手に取る。

 考える前に、北村の名前を押していた。

 呼び出し音が数回続く。

 やがて、少しだけ遅れて声が返ってきた。

 『……どうした』

 寝起きの声だった。

 「タイムカプセルって、どうなった」

 数回の瞬きを挟んだ後に北村が答えた。

 『タイムカプセルって、なんだっけ?』

 「ほら、卒業のときに埋めたやつ」

 『ああ……あったな、そんなの』

 受話器に空気が当たる音がして、少し笑ったような気配がする。

 「掘ってないのか?」

 『俺は掘ってない』

 他のメンバーにも聞かねばならない事だが、省略して北村だけに尋ねる。

 「掘ってみていいか?」

 電話の向こうで、小さく息をつく音がした。

 『まあ……いいんじゃね』

 それだけだった。

 「分かった」

 スマートフォンが赤い表示に変わる。

 画面が暗くなって、部屋の静けさが戻る。

 さっきまでの夢が、少しだけ現実に近づいた気がした。

 ベッドから降りて、部屋を出る。

 階下から、肴を焼いた匂いがたちこめている。

 台所の方で、食器の触れ合う音がする。

 特に何も考えないまま、そのまま階段を降りた。


ーーーー


 食卓に着くと、すでに湯気が立っていた。

 母はいつも通りの手つきで皿を並べている。昨日と同じような、他愛のない朝だった。

 向かいに座って、箸を手に取る。

 味噌汁の匂いが立ち上って、少しだけ体が現実に引き戻される。

 「今日はどうすんの?」

 母が言う。

 「別に、特に決めてない」

 そう答えると、少しだけ間を置いてから、思い出したように続けた。

 「美容室、行きたいんだよね。送ってってくれない?」

 箸を止めて、少し考える。

 「午後からならいい」

 「午前は?」

 「ちょっと用事がある」

 それ以上は聞かれなかった。

 母はそう、とだけ言って、また別の話を始める。

 近所のことや、誰それがどうしたというような、どうでもいい話だった。

 相槌を打ちながら、食事を終える。

 内容はほとんど覚えていない。


ーーー


 食器を流しに置いて、部屋に戻る。

 壁に立てかけてあったスコップを手に取る。

 持った瞬間、少しだけ現実味が増した気がした。

 夢の中の感触と、どこかで繋がっている。

 それを確かめるように、玄関を出た。


ーーーー


 神社までは、歩いてそれほど時間はかからない。

 2年ぶりの故郷、見慣れた道だけど、少しずつ町並みが変わっているのを確認出来る。

 高校時代に通った駄菓子屋は、もうなくなっていた。

 境内をくぐると、朝の空気はまだ冷たく、息がわずかに白くなり、少しだけ普段と違う神々しさの様なものを感じる。

 人1人居ない神社。何度かお参りしたことがあるが、この神社の神主さんというのを観たことがない。

 お賽銭に僅かながらのお金を放り投げ、手を合わせて目を瞑る。

 別に頼むような事はないのだが、一応『これから裏で土を掘り起こすことをお許しください。ちゃんと元に戻します』と拝んでおいた。

 木々の影が、地面に濃く落ちている。

 ここだったはずだ、と思う場所に立つ。

 確信があるわけではない。ただ、足が止まった場所がそこだった。

 スコップを地面に突き立てる。

 土は思ったより柔らかかった。

 最初の一掬いで、表面の層が崩れる。

 そのまま、何も考えずに掘り続ける。

 土を掘る音だけが、一定のリズムで響く。

 他には何も聞こえない。

 時間の感覚が、少しずつ曖昧になっていく。

 予感は尽く外れ、目当ての物に引き当たらない。

 3月の寒空の中、額から汗がこぼれ落ちる。泥で汚れたジャケットを脱いで木にかける。 どれくらい経ったのか分からないまま、手を動かしていた。

 30分以上は掘っていただろう。ここで一つの仮説を立てる。 

 『誰かが掘ってしまったのではないか?』

 諦めて、やめてしまおうかとさえ思った矢先、スコップの先が、何か硬いものに当たりカツンと甲高い音を上げる。

 手を止める。

 手で土を払いのけると、錆びた缶の縁が現れた。

 表面は腐食していて、色も形も曖昧になっている。

 それでも、完全には崩れていない。

 中までは、まだ侵食されていないようだった。

 しばらく、そのまま見ていた。

 これが、自分たちのものなのかは分からない。

 ただ、ここに何かが埋まっていたことだけは、確かだった。


ーーー


 手の中にある重さが、サイズ…確かこんなだった。という曖昧な記憶が蘇る。

 土の湿り気が、指先に残っていた。

 そのとき、ポケットの中で振動が鳴った。

 取り出して画面を見る。

 母からだった。

 スマホを耳にあてる。

 「何やってるの?」

 開口一番にそう言われる。

 「今、ちょっと神社に…」

 短く答えると、少しだけ間があった。

 「予約の時間まで、もうあまりないわよ?」

 そこで、ようやく時間の感覚が戻ってくる。

 腕時計を見る。

 気づけば、午後になっていた。

 思っていたよりも、長くそこにいたらしい。

 「すぐ戻る」

 それだけ言って、通話を切る。

 慌ててて堀り起こした土を元に戻す。戻すのもまあまあ大変なのが、時間経過を物がっている。

 そして長方形の缶を手に取り 来た道を小走りで戻る。

 さっきまで静かだった場所が、急に現実の中に引き戻されたように感じられた。


ーーーー


 家に着くと、玄関の前で母が待っていた。

 腕を組んで、こちらを見る。

 「遅い」

 それだけ言う。

 「悪い」

 短く返す。

 それ以上は何も言われなかったが、表情で十分だった。

 靴を履き替えて、そのまま車の鍵を取る。

 助手席に乗り込んだ母が、ふと缶の方を見る。

 「それ、何」

 「昔のやつ」

 曖昧に答えると、母はそれ以上聞かなかった。

 エンジンをかける。

 車を出すと、見慣れた道がゆっくりと流れていく。

 美容室までは、そう遠くない距離だった。

 信号待ちで止まるたびに、缶の存在が気になる。

 助手席から、小さくため息が聞こえる。

 「何やってたの?」

 少しだけ柔らかい声だった。

 「ちょっとな」

 それだけ答える。

 母は納得した様子もなく、かといってそれ以上は追及せず、窓の外に目を向けた。

 車内に、短い沈黙が落ちる。

 それで十分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ