転生後、異世界の惑星が、実は建築資材の宝庫だった件
あらすじ:『異世界に転生したら、未開の惑星に放り出されるも――ナノマシンで自分好みの最強都市を作り上げる』
自衛官として人命救助の末に命を落とした十八条魁輝。彼が再び目を覚ましたのは、猛毒の胞子が舞い、巨大な島々が空に浮かぶ未知の惑星「アーコロジー・ノア」だった。
絶望的な環境下で魁輝に与えられたのは、あらゆる物質を原子レベルで再構成する超高性能ナノマシン**【ビルド・オーダー】。そして、冷徹な毒舌AIユニット「テクイリス」**。生存可能時間は残り15分という極限状態の中、魁輝の「理想の街づくり」に対する異常な情熱が目を覚ます。
心理学・教育学・法学などの多角的な専門知識と、自衛隊で培った建築技術を持つ彼は、この「死の惑星」を、無尽蔵の資源が眠る「建築資材の宝庫」であると見抜いた。
「生存のためのシェルターではない。機能美こそが、生存への唯一の礼儀だ」
法の壁も予算の限界も存在しない未開の地で、魁輝はナノマシンを起動させる。一瞬にして築かれる優美なテラス、論理的に最適化された防壁、そして空中を駆けるインフラ。これは、一人の男が「都市計画」という名の最強の武器を手に、未開の惑星を銀河で最も美しい理想郷へと書き換えていく、建国と創造の物語である。
肺を灼くような熱、そして脳髄を直接揺さぶるような大気の震え。 十八条魁輝は、死んだはずだった。自衛官として、他者の盾となり、崩落する瓦礫の奔流に飲まれたあの瞬間。自己犠牲という高潔な選択の対価は、暗転する意識と、永遠の静寂であるべきだった。
しかし、瞼の裏を射抜く紫光が、彼の覚醒を強いた。
「……ここ、は」
身を起こそうとして、魁輝は己の身体の異変に気づく。198センチの巨躯を包むのは、泥に汚れた迷彩服ではない。肌に吸い付くような、未知のナノファイバー製の漆黒のスーツ。そして視界の端には、まるで最新のヘッドアップディスプレイ(HUD)のように、明滅する幾何学模様のノイズが走っていた。
「目覚めましたか、マスター。想定より3.8秒ほど覚醒が遅延しました。自己規律の欠如ですか? それとも脳細胞の過半数が既に蒸発済みですか?」
鼓膜を介さず、脳内に直接響く冷徹な声音。 魁輝の傍らに、銀色の小さな球体が浮遊していた。それは瞬時に空中に光を編み上げ、冷艶な美貌を湛えた秘書の姿――ホログラムの女性「テクイリス」を投影する。
「テクイリス……状況を説明しろ。ここはどこだ。俺はどうなった」
魁輝は周囲を見渡す。そこは、地獄と極楽を混ぜ合わせて煮凝りにしたような光景だった。 足元は、銀色に輝く奇妙な砂礫。見上げれば、空は深い群青色を呈し、そこには直径数十キロに及ぶ巨大な浮遊島が、重力の枷を外されたかのように泰然と滞空している。眼下には毒々しい紫の雲海が広がり、そこから突き出す岩塔は、まるで天を突こうとする巨大な指のようだった。
「状況:貴方は一度死亡し、この惑星『アーコロジー・ノア』へ再構成されました。簡潔に言えば転生。現状:周囲は猛毒の胞子に満ち、高度3000メートルの浮遊島の上。結論:無策のままでは、あと15分で貴方の生体反応は、ただの炭素の塊へと回帰します」
「……随分と手厳しいな。だが、希望はあるんだろう? 俺の中に」
魁輝は己の右手を握りしめる。感覚が、研ぎ澄まされていた。血管を流れる血液に混じり、無数の、極小の「意志」が蠢いているのを感じる。
「肯定します。貴方の全細胞に浸透した超高性能ナノマシン【ビルド・オーダー】。これこそが、この絶望的な『未開』を『楽園』へと書き換える、唯一の法です」
魁輝は立ち上がり、崖の淵に立つ。視線の先には、墜落し、今にも崩落しそうな巨大移民船『アーク01』の残骸。鉄の死骸が、夕日に照らされて無残に光っている。
普通なら、絶望に膝を折る場面だ。 だが、魁輝の眼は違った。心理学で鍛えた観察眼と、自衛隊で培った構造分析、そして何より、理想の都市を渇望するオタク的な情熱。それらが、視界を「設計図」へと変貌させる。
「テクイリス、スキャンを開始しろ。この惑星の構成物質、比重、硬度、熱伝導率……すべてを暴き出せ」
「了解。スキャン範囲を最大に設定。ナノマシンのプローブを射出します」
魁輝の指先から、目に見えない銀の霧が噴出した。 霧は風に乗り、周囲の岩石、大気、そして墜落船の残骸へと浸透していく。
刹那。 彼の脳内に、膨大なデータの奔流が流れ込んだ。
「……ほう。驚いたな」
魁輝の口元に、不敵な笑みが浮かぶ。 銀色の砂礫は、単なる砂ではない。高密度の半導体素材を含有したシリカだ。 崖を構成する黒い岩石は、チタン合金を凌駕する強度を持つ未知の鉱石。 そして何より、空を舞う光子液の粒子――。
「これは、ゴミの山じゃない。建築資材の宝庫だ。地球の法規制も、予算の壁も、物理の限界さえも、ここには存在しない。あるのはただ、俺の意志と、この無限の材料だけだ」
「マスター、不気味な笑みは中断してください。心拍数が上昇しています。まさか、この不毛の地で、何かを建てようなどと?」
テクイリスのツッコミを、魁輝は心地よいノイズとして聞き流す。 彼は右手を大地へ。深々と、その掌を銀の砂へと沈めた。
「ああ、建てるさ。まずは、生存のための拠点じゃない。この惑星に、俺の印を刻むための、最初の『道』だ。動線こそが都市の血流。機能美こそが、生存への唯一の礼儀だ」
【ビルド・オーダー:起動】
天地が、鳴動した。 倒置法的に言えば、静寂こそが、その創造の産声だった。
魁輝の周囲の砂が、生き物のように隆起する。ナノマシンによる原子レベルの再構成。熱を伴わず、数式のみが空間を支配する。 一瞬前まで瓦礫だった金属が、流動的な曲線を描き、強固な支柱へと姿を変える。 銀の砂は、滑らかな大理石を思わせる床材へと結晶化し、複雑な幾何学模様を刻みながら、断崖の先へと伸びていく。
それは、暴力的なまでの美。 未開の惑星という真っ白なキャンバスに、魁輝という名の筆が、冷徹な論理と狂気的な情熱を叩きつけた。
「……バカげた出力です。エネルギー効率を無視した、ただの自己満足。ですが……」
テクイリスが、そのホログラムの目を僅かに細める。 そこには、一瞬にして築き上げられた、優美な展望テラスと、堅牢な防壁の雛形があった。
「資源としての価値は、認めざるを得ませんね。この惑星は――貴方の遊び場にするには、少々、贅沢が過ぎるようです」
魁輝は、完成したテラスの端に立ち、眼下に広がる雲海を見下ろした。 風が、彼の漆黒の髪を揺らす。 弱き者に寄り添い、困難に立ち向かう。そのモットーを果たすための「最強の舞台」は、今、ここに産声を上げた。
「さあ、始めようか。俺好みの、最高の都市計画を」
その瞳には、既に数手先の未来――、 雲海を貫く摩天楼と、空を駆ける鉄道の残像が、鮮明に投影されていた。




