第8話 ファンタジー力とは
鎌渡迅華は、倒れた。
除霊によってファンタジー力を使い果たした事で倒れ、今は尾栗夕実の父から除霊を依頼されていたマンションの一室で、寝込んでいた。
部屋は先程、霊によって破壊されたはずだったが、隔絶界域内で起きた変化は現実世界には影響を及ぼさないらしく、元通りの綺麗な状態が保たれていた。
「大丈夫?」
夕実は枕元に座り、床に伏せる迅華の顔を覗き込んだ。
「だいじょばないです」
その言葉の通り、迅華の顔面は蒼白で、やはり髪色も毛先に数ミリのシルバーを残しただけで、全体がネイビーに染まっていた。
「その髪って、ファンタジー力のメーターになってるんだ。体内のファンタジー力が高い時は銀髪になって、低くなると紺色になるってことでしょ?」
「よく分かりましたね。さっきの戦闘は結構ヤバいです。保持してたファンタジー力は使い切っちゃいましたし、携行食糧に使おうと思ってた地縛霊も全員消してしまいましたし、踏んだり蹴ったりです」
一応は顔色は悪いが、割としっかりした口調で喋れている為、夕実は若干は安堵していた。
「それって、お腹減ったって感覚で代用していいの? うちにはいまいち分かんないから」
「構いません。ただ、ファンタジー力が完全に切れたら即死なので、餓死よりピッチは早いです」
「マジ!?」
思ったよりも切羽詰まっていた。
「え、すぐ死にそう!?」
「まだ何とか。元々地縛霊がいた物件だけあってまだファンタジー力が残っていて、それに惹かれて割と頻繁に浮遊霊も通りますので、そこからファンタジー力を少しずつ分けて貰えてます」
迅華の視線のその先を、浴衣姿の女性の霊が通り過ぎて行った。
「あ、確かに。たまに通るよね、なんか無害そうな霊。てかさっきからだけど、なんかうちもいきなり見えるようになったんだけど」
壁の中に消えた女性の霊を見送った後、夕実もあっけらかんと言った。
「ああ、それはあれです。結城瞳さんに掴まれましたよね。それが原因です。霊に掴まれるって事は魂を直接掴まれている状態なので、夕実さんの体自体が霊の存在を体感して覚えたって事です」
「た、魂を!? 怖っ! そう聞くといきなり怖くなってきた!」
が、真実は意外にも危機的状況だったと知り、夕実は身震いした。
「と、とにかく、浮遊霊からファンタジー力が貰えてるから死なないんだよね? その内段々と溜まって、回復するんでしょ?」
夕実の質問に、迅華は白い顔を横に振った。
「いえ。ファンタジー力は地場に留まって始めて増幅されますので。浮遊霊が持っているような力はほんの微々たるものです。食べ物で例えると、たまに舐めるキャンディですかね」
「ああね。そりゃお腹に溜まらないわ」
言い得て妙な例えに夕実は頷くばかりであった。
「んじゃファンタジー力ってのは、まとめると、
①霊が土地に居着く事によって増幅する。
②霊が土地から離れると、霊と土地、どちらにも消費されて薄れていく。
と、そんな感じってこと?」
「はい、そういう感じです。人間から見てファンタジーな要素がある空間にだけ発生する力なので、メカニズムはそういう事になります」
「んじゃ、とりあえずはまたこの部屋に地縛霊を居着かせれば、迅華は死ななくて済むんだ?」
「それは難しいですね」
やはり迅華は首を横に振った。
「霊が地縛霊になるには、土地との因果関係が必要なんです。除霊前にも言いましたが、地縛霊はご自身の意思によって地縛霊になるのではないんです。土地自体に霊を縛り付ける理由がなければ、地縛霊というものは成立しないのです」
「マジかぁ。んじゃどうしたらいいんだろ。違う場所の地縛霊を無理やり連れて来て、携行食糧に出来ないもんかな?」
「まぁ出来なくはないんですけどね。ただ、それも割と難しいんですよ」
「どうして?」
「さっきの件を例にすると分かりやすいと思います。地縛霊になった理由があまりにも悲劇的であれば、携行食糧として利用するのは気が引けてしまいます。その場で除霊して差し上げた方が良いでしょう。逆に理由は安易でもあまりにも凶悪な霊はその場で除霊しないと危険ですし、そんな悪霊ならそもそも普通の人間の手には負えません。いい塩梅に身勝手な、利用しても気が引けない程度の地縛霊を探して来ないとなりませんから、難しいんです」
「え、確かに、そんなんいる!? って思ったし」
「ですよね? ただまぁ、先程の案件は実はかなり特殊ではあります。あそこまで込み入った事情を抱えた地縛霊はそこまで多くないですし、あんなに力を付けた悪霊も滅多にはいません。ちなみにさっきの結城洋治さんの霊ですが、あれ、私の元いた世界で言うと、かなり高位の支配者階級アンデッドでした。結城瞳さんの隔絶界域があったから周囲に被害はありませんでしたけど、それこそこの街ごと吹き飛んでてもおかしくない、災害級の悪霊でしたよ」
「え、初見でそんな凄いのと出会ってた事実も怖いし、それを簡単にやっつけた迅華も怖いんだけど」
「あ、お気になさらず。私、ファンタジー力を糧に生きてますので、場のファンタジー力が高ければ高い程、強くもなりますので」
迅華の解説に、またしても夕実は身震いしていた。
「と、とにかく、やってやれない事はないんだよね? じゃあうち、何とか他の心霊スポットから地縛霊を連れて来るよ。見えるようにもなったし、何とか出来るんじゃないかと」
「それはありがたい申し出なのですが、あまり無理はなさらないように。例え見えていても、こちらの世界の人間では霊に干渉は出来ませんので」
「んー、一応は当てはあるんだ。うちのバイトの先輩に、自称エセ霊媒師って人がいてさ。その人に聞いてみようと思うんだ」
「自称エセ霊媒師? それって自虐ネタですか? それとも本気で名乗ってるんですか?」
「知らないけど、一応は、先祖代々の霊媒師の家系らしいんだよね。陰陽師ってやつ? まぁ、迅華に言わせたら偽物なんだろうけど、うちらみたいな普通の人間よりは詳しいだろうからさ」
「そうですか。ただ、くれぐれも無理はしないで下さいね。後、お分かりかと思いますが、私が転生者だって事は極力内密にお願いしますね。バレると色々と面倒なので」
「うん、分かってるって! んじゃ行ってくるね!」
いそいそとスニーカーを履いて外に飛び出して行った夕実を見送ると、迅華は布団の中で小さくため息をついた。
天井からは、気味の悪いお爺さんの浮遊霊が、頭だけを突き出していた。




