第66話 通話
703号室へと夕実が到着すると、すぐに作戦会議的な話し合いが行われた。
「安芸薫子と駒場さんが一緒に居ると言いましたよね? 詳しい場所や、正確な到着時間なんかも分かるんですか?」
「うん、先輩のスマホの位置情報をうちのスマホで確認出来るようにしてあるから、バッチリ正確だよ」
「そうですか、やっぱり文明の利器は素晴らしいですね。それで、後どのくらいで到着するんですか?」
「多分、後10分くらいだと思うよ。今、ムンダを出たみたいだから」
「10分ですか。では、変に動くよりも待ち伏せした方が良さそうですね」
夕実からの情報を受けた迅華が、不敵に微笑んだ。
「おおー、流石は迅華! 何か手があるんだ?」
「ええ。このマンション全体に、安芸薫子だけをターゲットにした隔絶界域を展開して、彼女を閉じ込めます。幸いにもこちらには星さんがいますので、彼の力を私がトレースすれば、無限回廊型の隔絶界域を展開可能です 」
「おけおけ! 何かは分からないけど、うちらの動きが迅華の役に立ったようで良かったよ」
「ええ、大いに。いつ相手が来るのかが分かっていれば、隔絶界域も最大出力でぶつける事が出来ますので。しかもこのマンション内での展開であれば、いかに安芸薫子でもそう簡単に打ち破る事は不可能なパワーを行使出来ます」
「んじゃ、うちは何してたらいい? 何か手伝いある?」
「いえ、展開自体は私ひとりで可能ですので、特には。彼女を罠に嵌められれば、後は私が1対1で対峙するのみです」
「そっか。頑張ってね、迅華! あ、でも、実はうちと先輩から少しお願いがあるんだけど」
「お願い? 何でしょうか?」
―――
「小癪な!!」
エレベーターホール内で、薫子は咆哮し、式神である麒麟を召喚していた。
「この程度の隔絶界域、このわたしが破れないとでも思っているの!?」
薫子に突撃を命じられた麒麟が、オートロックのガラスドアへと体当たりを仕掛けた。
が、ガラスドアは全く影響を受ける事は無く、ただ静かにそこに在り続けるだけだった。
「なんというパワー。やはりここが本当に魂喰いの巣穴であるのは間違いなさそうね。麒麟でも通用しないなんて、想定外だわ」
ガラスドアにへばり付く麒麟を引かせると、薫子は大きく息を吐いた。
(これだけは使いたくなかった奥の手だけれど、四の五のは言ってられない。やるしか無いわね)
薫子は再度大きく息を吸うと、全身に力を込め始めた。
何物の干渉を受けないはずの強固な隔絶界域が、彼女の力に震えるようにガタガタと揺れ始めた。
ブブブ……ブブブ……
その時だった。
薫子の懐の内側が、突如として震え始めたのだ。
(スマホが? まさか、電波が入ってきている? という事は、どこかに界域の綻びが)
スマホを取り出しつつも、薫子は周囲を見渡した。
目視でそれらしき箇所は見当たらない。恐らくは上階のどこか。薫子は再び階段へと駆けつつも、スマホの画面に視線を落とした。
そこには、尾栗夕実の名前が表示されていた。
「夕実!? これはどういう事!?」
その名前に瞬間的に激昂した薫子が、タップと同時に怒鳴り散らした。
『薫子さん、ごめんなさい。うち、迅華に味方する事に決めました』
が、まるで物怖じした様子もなく、夕実は至って冷静に返すだけだった。
「分かってるわよ! そんな事は! 一体どういうつもりなのかを訊いているのよ!」
その態度が薫子の怒りに油を注ぎ、彼女に綻びを探す事を忘れさせて立ち止まらせたのだった。
『あのですね、うち、分かったんです。どうして自分が悩んでいたのか。うち、迅華も薫子さんも、真剣に自分の信じる道を進んでいるんだと思ってました。迅華が、結果として輪廻転生と言うのを邪魔する事になるとしても、真剣に、真面目に、霊の事を思いやって除霊しているって思ってました。薫子さんも同じで、真剣に輪廻転生の理というのを守る為に、除霊しているんだって思ってました。だから、どっちが正しいのかを決められなかったんです』
「は!? 一体何が言いたいの!?」
『薫子さん。どうしてチヨを除霊しなかったんですか? どうして、迅華が来るのを分かっていて、除霊せずに置いていったんですか?』
「そんなの、あいつが魂喰いだと確定させる為に決まってるでしょう! それが何だと言うの!?」
『ですよね? チヨを迅華に喰わせたという事は、チヨを輪廻転生の循環に戻す事よりも、迅華を魂喰いと確定させる事を優先させた結果ですよね?』
「だからそう言っているでしょう!」
『だからうち、思ったんです。たったひとりだけだとしても、自分の信念を曲げて輪廻の輪から外した行為には……そこに正義なんか無いんじゃないかって』
「バカを仰い! 子供のあなたに何が分かるの!? 大義を成すには些事を切り捨てる決断も、時には必要となるのよ!」
『迅華は、そんな簡単に切り捨てたりしませんよ』
「は!?」
夕実の凛とした声に、薫子は動揺を隠せなかった。
『それに、気になる事もあるんです』
そこで電話の向こうの声が男性のものへと変わった。
「駒場!? よくもこのわたしを騙してくれたわね!?」
薫子は咄嗟に駒場が居るであろう路上へと振り返った。
そこにはスマホを手にした、駒場と夕実の姿があった。
「あなた達、いつの間に合流を!?」
『勿論、尾栗さんは普通に降りてきましたよ。あなたの脇を通り抜けて。それよりも、気になる事があると言いましたよね?』
「今度は何なのよ!? いい加減になさい!」
『薫子さん、あなた、本当は知っているんじゃないんですか? だから尾栗さんの言うように、簡単に信念を曲げられたんじゃないんですか?』
その駒場の問い掛けを受けた途端、薫子の昂りが一気に収まったように見て取れた。
「一体……何の事を言っているのかしら?」
その眼差しは鋭く、そして、暗く沈んでいた。
『知っているから、チヨちゃんを、生贄に捧げるような真似が出来たんですよね? それを行っても何も問題が無いと、世界の理には何も影響無いと、そう知っていたから』
「……」
薫子は、ただ無言で駒場を睨み付けるだけだった。
暗く沈んだ、憎悪に充ち満ちた眼差しで。
『輪廻転生なんて、本当は存在しないと』




