第64話 尾行
夕実と駒場が迅華に喫茶店に取り残された頃、秋野薫子は、店の向かいにある雑居ビルの外階段に身を潜めていた。
目的はただひとつ。
(出て来たわね?)
迅華を観察する為であった。
彼女の眼下には、喫茶店から足早に出て来る迅華の姿が、はっきりと確認出来た。
(あの容姿、やはりあの時の魂喰いで間違いないわね。それに、纏っている気配。先程の城化け物の式神を喰ったようね。これで奴に夕実ちゃんが取り憑かれている事が確定してしまったわ)
迅華は一瞬だけ周囲を見渡すと、すぐにどこかに向かってやはり足早に歩き始めた。
(あの焦った様子、恐らくは囲い込んでいる餌をわたしが狙っていると、そう考えているに違いないわね。このまま尾行して、巣穴まで案内してもらうとしましょうか)
迅華から十分に距離を取りつつ、薫子は雑踏に紛れながらその後を追った。
迅華は商店街を抜けて大通りに出ると、バス停の方へと近付いて行った。
(まさか、移動手段にバスに使うつもり? さっきは急に近くに気配が現れたけど、あの時に力を消費したせいかしらね。確かに、今は強大な力は感じない。もしかしたら巣穴に戻る前に叩いておいた方が得策?)
しかし、薫子がそう考えた時には、既にバスが大通りを徐行し始めていた。
(タイミングを逃したわね。流石に同じバスに乗るのはまずいか。とは言え、車を取りに戻る時間も無い。タクシーで追うしかないわね)
バスが停車する直前、運良く空車のタクシーが近付いて来るのが視界に入ってきた。
薫子はタクシーを停めると、ドライバーにバスを追うよう依頼した。
「月並みですけど、あたしら運転手にとっちゃ「前の車を追って」って注文が、1番テンション上がるんですよ」
壮年の男性ドライバーは振り返りながら、イメージよりも遥かに歯並びの良い歯を覗かせてはにかんでいた。
「そう。ご満足頂けたようでなによりです。ですけど勿論、これ以上の詮索はご遠慮頂けますかしら?」
「ええそりゃもう。黙って運転させて頂きますよ」
キラキラとした笑顔でそう答えたドライバーは、要求通りに口を噤んだまま、バス停の度に停まるバスとの距離感を巧みに取りつつ、その後を追い続けるのだった。
走らせる事、20分程の事だった。
遂に停車したバスから迅華が降りてくる姿を捉えた。
「ここで」
「かしこまりです。いやぁ、楽しい時間をありがとうございました」
「礼には及びませんわよ。ご苦労様でした」
会計を済ませた薫子がタクシーから降りると、まだ100メートル程先に迅華の背があるのが見えた。
(さて、そろそろ巣穴の近くでしょうから、絶対に見失わないようにしなくては)
細心の注意を払いつつ、少しずつ迅華との距離を詰めながら歩いた。
迅華が大通りから住宅街に入る路地を曲がった。
曲がり角が最も見失い易い場所である。薫子は小走りになり、一気にその角まで距離を詰めた。
角にあるマンションの壁に隠れて覗き込むと、そこにはまだ迅華の姿が確認出来た。
(ここからは住宅地……時間帯の割に人気は少ないわね。ならやはり、巣穴に戻る前に仕留める方が良いかもしれない……)
そう考えた時だった。
ジャケットの内ポケットでスマホが震えるのが分かった。
(ちっ。こんな時に)
取り出して画面を見ると、そこにはSMSの受信通知が表示されていた。
その内容に、薫子は目を奪われた。
【駒場です。今、お電話宜しいでしょうか?】
夕実にでも番号を聞いたのだろう。
駒場がコンタクトを取ってきたという事は、理由はひとつしか思い浮かばなかった。
(賢い子。わたしに付いたのね)
まだ確定ではないが、限りなくその可能性は高い。迅華の尾行は続けつつも、薫子は手早く返信の文章を打った。
【構いません】
数秒後、再びスマホが揺れた。
画面には見慣れない番号が表示されていた。
「もしもし?」
応答ボタンを押してインカム越しに返事をすると、先程の喫茶店で覚えのある声が聞こえてきた。
「もしもし? 薫子さんですか? 駒場です」
「ええ。いかがしたのかしら?」
「考えたのですが、僕、決めました」
「そう。それで? 結論は?」
「はい。僕は、薫子さんに味方します」
「そう。それは頼もしいわね」
立ち止まった薫子の視界からは、既に迅華の姿は消えていた。
「それで、今から合流したいのですが、薫子さんは今どちらに?」
迅華は見失ったが、それも特に問題では無くなった。
奴の巣穴は、駒場が知っているだろうから。
「今、魂喰いの巣穴の近辺だと思われる地区にいるわ。住所は……」
近場の電柱に記された住所を告げると、駒場は明るい声で返してきた。
「確かにそこは鎌渡迅華の家の近くで間違いありません。その近くにムーンダックスがあるんですが、そこで待ってて頂けませんか? 30分程で向かえますので」
「ええ、分かったわ」
通話を着ると、薫子はニヤリと口角を上げるのであった。
―――
フルール勇703号室に戻った迅華は、室内に上がるとすぐに招集を行った。
「タケルさん、星さん、京子さん、すぐに集合を」
ほんの一瞬の時間で、3人が迅華の前に現れた。
「どうしたんです? 帰ってきて早々」
「えらく慌ててるな」
「何かあったんですか?」
3名が口々に問い掛けるも、迅華は首を横に振って安堵の表情を浮かべるだけだった。
「良かった。お三方とも無事で」
「無事? もしかして、ここに陰陽師が攻めてくるのか?」
星の質問に、迅華は首肯した。
「まだ確定ではなかったのですが、その可能性があったので急いで戻って来ました。皆さん、特に異常は?」
「ああ、無い。変な気配は接近してないぞ」
星の返答に、迅華は微笑みを返した。
「良かった。ですがいつここに安芸薫子が現れるか分かりません。可能であれば、場所を移りたいと思います。皆さん、宜しいですね?」
「分かった。特に準備も必要無い。オレはいつでも構わん」
「あたしもです」
「俺もいつでもいいですよ」
3人の同意を得ると、迅華は手早く荷物を纏め始めた。
普段はスーツケースひとつに収まる迅華の荷物も、住み着くと決めただけに部屋中に散りばめられている。それらを集めて再びスーツケースに詰め直すのは、30分程度の時間を要してしまった。
「お待たせしました。さぁ、出発しましょう」
そう言ったと同時だった。
呼び鈴が押された。
「「……」」
瞬間的に全員が息を潜めた。
「来たか」
「マママ、マジですか? こんなすぐに?」
「迅華さん、あたし、怖いです」
口々に言葉を放つ3人を後目に、迅華はインターホンカメラの画面を覗き込んだ。
映っていたのは、1階のオートロック扉の前の玄関ホール。
大きく手を振る、夕実の姿だった。




