第63話 選択肢
「どうしますか? 先輩」
テーブル席に腰を落ち着けたまま、夕実が呆然とした様子で隣の駒場に話し掛けた。
「どう……? って、どうしようか?」
駒場もまた呆然と、その質問に質問を返すしかなかった。
「うち、分かんないです。迅華が言ってる事が正しいのか、それとも薫子さんが言っている事が正しいのか。どっちかに付くとか言われても、分かんないです」
「それは、僕も同じだよ。僕だって、分からない。でも、考えよう。考えないといけないんだ」
「考え……ましょうか。何をどう考えたらいいのかも分かんないですけど」
「そう……だね」
ふたりがそんなやり取りを交わしていたところに、喫茶店のフロアスタッフの女性が近付いてきた。
「も、申し訳ございません、お客様。ご入店に気が付かず、失礼致しました。ご注文はお決まりですか?」
どうやら彼女には、ふたりがいつの間にか座っていたように思えたらしく、動揺した様子で話し掛けてきた。
「あ、すみません。うち、ミルクティーで」
「僕はホットコーヒーをお願いします」
「かしこまりました。今お冷をお持ちしますので」
そそくさと立ち去る女性を見送ったが、この事象が、少しだけふたりを冷静にしたのは間違いなかった。
「うちら、本当に隔絶界域ってやつから突然現れたって事ですよね? これ」
「そうだね。やっぱり、あるんだよね。摩訶不思議な出来事は、実在してるんだ」
ふたりは改めて、これまでの体験が嘘偽りの無い現実であると、認識させられたようだった。
「迅華さんが言うように、争点と言うか、論点は、やっぱり「輪廻転生は存在するのか?」って事だと思うんだ」
「でも、それは確かめる方法が無い。そう言ってましたよね」
「そうだね。だから、両方の立場から考察しないとならないんだ。まずは薫子さんの主張が正しい場合、輪廻転生が存在する場合」
「その場合は、迅華が悪者って事ですよね?」
「そうだね。でも、それだけじゃないんだよね。チヨちゃんに言っていたけど、霊そのものが既にイレギュラーな存在って事になるんだ。だから、薫子さんは強制的に消滅させていた。つまり、霊全体が悪だって主張になるんだと思う」
「うーん……そうなると、うちとしてもちょっと複雑な気持ちです。タケルや星さん、京子と話してるし」
「そうなるよね。僕も、同じ事を思ったよ。でも、もし正しい場合は、冷酷かもしれないけれど、それがやるべき事だし、正しい姿なんだよね」
「うん、やっぱり……複雑です」
夕実はしょんぼりと肩を落として呟いた。
「じゃあ逆に、迅華さんの主張が正しい場合、輪廻転生が存在しない場合の方だ」
「その場合は……霊は生まれ変わったりしないから、多分、霊として残っている人達は、未練とかそういうのがあるから、それを何とか解決してから、消滅したいって思ってるんじゃないかって思います。消える前に、どうにかしたいって」
「うん、そうかも。輪廻転生があるって分かっていれば、生まれ変わってやり直そうって気持ちになるかもしれないものね。でも、それを知らないから、すんなり納得出来ずに霊として残り続けているんじゃないかな」
「だから迅華は、霊に寄り添っている。未練を少しでも断ち切ってあげて、納得した上で消えさせてあげたいって思ってるのかな」
「そうだね。多分そういう気持ちなんだと思う。そしてその場合は、無理やり除霊をする薫子さんのやり方は虐殺だし、それは悪って事になる」
「じゃあやっぱり、どちらの主張が正しいかによって、相手は悪であるって、そういう気持ちになりますよね」
「うん。どちらかが絶対的に正義であるとは言えない状況だ。だからふたりは衝突するんだ」
そんなふたりの前に、ミルクティーとホットコーヒーが運ばれてきた。
ふたりはそれぞれの飲み物を口に運んだ。
頭がスッキリするような気がした。
「なら、先輩。うちらはどちらを信じればいいんですか?」
「そうだね……正直、どちらの主張が正しいのかを判断する手立てが無い以上は、僕達には正しい判断は出来ないんだ。言ってしまえば、信じたい方を信じるしかないんだよね」
「え……でも、もしうちらの選択が間違っていた場合は? 大変な事になったりしますかね?」
「確かに……リスクはあるんだ。もし薫子さんの主張が正しかった場合は、間違えれば世界の循環というものに大打撃を与える可能性がある。迅華さんの主張が正しかった場合は、間違えても大した事にはならないと思う。リスクヘッジを優先した場合は、薫子さんの主張である、輪廻転生が存在する方に乗った方が、全体的に見てダメージが少ないんだよ」
「でもうち、その理由だけで迅華を裏切れません。そんな……冷静になれません」
「それだね。迅華さんが言いたかった事は、正しくそういう事なんだよね。僕達がどちらかに加担すれば、大変な事が起こる可能性がある。だから、選択しないって選択を、迅華さんは提示したんだと思う。そんな大変な選択なんかせず、逃げなさいって、そう言ったんだ」
ミルクティーを飲み干した夕実は、呟くように言った。
「迅華……やっぱり、優しいですね。うちらに負担を掛けないようにって事ですよね?」
「そうだね。迅華さんが優しいからこそ、出た言葉なんだと思うな」
駒場もまた、ホットコーヒーを飲み干した。
「もし僕達が迅華さんを選ぶのなら、基準はそこになるんだろうね」
「でも、優しいからって間違えたら、大変な事になっちゃう」
「うん。それが怖ければ、逃げるしかない。逃げるしか……手は無いんだ」
「なんかうちらって今、セカイ系アニメの主人公みたいですね」
ふたりは同時にカップを置いた。
「先輩」
「尾栗さん」
そして、同時に顔を見合わせた。
「一緒に決めましょう」
「別々に決めようか」
ふたりが出し合った答えを耳にした瞬間、ふたりは、驚きを隠せなかった。




