第61話 救世主
「どどどどど、どーしたらいいですか!?」
チャリを停め、跨ったままで夕実は駒場に問い掛けた。
「どうしたらって……どうしたらいいんだろう。僕にも分からないよ」
「ですよね!? ヤバいって、マジで! スマホも電波無いし! てか、そもそも迅華、スマホ持ってないし!」
「隔絶界域の中には展開者の許可した物しか入れないからね。電波も遮断しようと思えば出来るんだよ」
「察してますよ! それは! ってか、なんでそんな冷静に! どーしたらいいか一緒に考えて下さいよ!」
「ごめん。僕も一応は焦ってるんだよ。ただ、どうしたらいいか分からなくて固まっちゃってるだけで」
どうやら駒場は、咄嗟の時には固まって動けなくなってしまうタイプらしい。
「そうなんですね!? でもその反応、割と腹立ちますね!」
「ごめんって。本当に」
駒場は口角すら固まっているようで、ぎこちない笑みを浮かべるだけだった。
「ああ、どーしよ! 本当にヤバい! このままじゃチヨがやられちゃうし! どーしよ!」
「チヨさんは今どこにいます? かなりまずい状況なのは察してますけど」
「あっちの方にずっと行った所の喫茶店! 薫子さんが麒麟って式神を出して、チヨはコテンパンにやられちゃってる!」
「麒麟ですか。それはまた、強力な式神を持っているんですね。流石は安芸薫子、とでも言っておきましょうかねぇ」
「いやいや、そんな悠長な事言ってる暇じゃなくて! 迅華なら何とかしてくれると思うから、早く連れて来ないと!」
「そうですね。私なら、何とか出来るかもしれません。とりあえずは早いところ、その喫茶店に向かいましょう。案内をお願いしますね」
「え!? いや、さっき来た所だよ!? この商店街を真っ直ぐ行けばいいだけでしょ!」
夕実は振り返った瞬間、そこにあった顔に仰天した。
「って、迅華!!??」
「どうもどうも」
夕実と駒場のすぐ脇に、迅華がいつもの笑顔を浮かべて立っていたのだ。ご丁寧に手刀を切りながら。
「ええ!? いつからいた!?」
「え? ついさっきですよ。チヨさんの居場所を尋ねた時からです」
「マジで!? てか先輩! なんで教えてくれなかったんですか!?」
「まぁ、駒場さん、見ての通りに固まってしまってますので」
迅華に指差された駒場は、言われた通りで目をまん丸にして迅華だけを凝視しているだけだった。
「おーい先輩! 気をしっかり! 起きて下さい!」
「あ、ごめん。本当にびっくりして。だって突然現れたから」
ようやく動き出した駒場が、迅華の登場にした状況についてを口にした。
「ええ、まぁ。突然かもですね。こっちとしても突然、とんでもない規模の隔絶界域の気配を感じたのですっ飛んで来ましたから。あなた方の生体反応を見付けて、無理やりこじ開けて入って来たんですよ」
「流石は迅華! やっぱりそんな事出来るのは迅華だけだったね!」
チャリが倒れるのも意に介さず、夕実が身を乗り出して迅華の手を握った。
「え……でも、まだそんな時間は経ってない……」
「とにかく迅華、こっちに来て! 案内するから!」
駒場が何かを言いかけたのだが、夕実はそれを遮って迅華の手を引くと、倒れたチャリを立て直し始めた。
「後ろ乗って! うちがソッコーで連れてくから! なに、心配すんなって。ここは誰もいない隔絶界域、2ケツしててもお巡りさんには怒られないぜ」
サムズアップしてキリリとしている夕実の勢いに負けたのか、駒場はそれ以上何も言えなかった。
既に迅華は軽い身のこなしで荷台に横座りしており、もはや目的地へ向かう準備は万端だった。
「行くぜ! 先輩! うちに付いてこいよ!」
何故か暴走族のような人格に変貌した夕実は、迅華と駒場を引き連れて、無人の商店街を爆走していくのだった。
―――
商店街を戻る事、数分。
遂に目的地である喫茶店の店構えが見えてきた。
「あそこですね。ですが……気配が薄いですね」
夕実が店の前で後輪を滑らせて停止すると、その勢いを利用して、迅華がひらりと舞い降りた。
「この店に張られた隔絶界域は、チヨさんのですね」
「そうなの! 多分、チヨがタイマン張る為にうちらを店から締め出したんだと思う!」
「そうですか。恐らくは締め出したのはそれだけが理由ではないと思いますが……」
迅華が扉に手を掛けた。
「ドゥ・ヴォアラ」
紡がれた呪文と共に黄金色に輝いたかと思うと、閉ざされていた扉は呆気なく行く手を開けた。
「流石迅華! 簡単に空いたね!」
「はい、簡単でした。簡単過ぎますが……」
迅華を先頭に店内に足を踏み入れると、窓から見えていた和室は、目も当てられない程に荒れ果てていた。
畳や襖はボロボロに破れ、欄間や天井の板材は所々が折れてぶら下がっていた。
「チヨちゃん!」
広大な和室の最奥に、チヨの姿を見付けた駒場が一目散に駆け出した。
「先輩! まだ薫子さんがいるかもしれないですよ! 危ないです!」
「……夕実さん。安芸薫子の気配は、もうここからは無くなっています」
迅華が夕実に状況を伝えている間にも、駒場は室内を横切ると、チヨの元へと駆け付けていた。
「チヨ……ちゃん」
畳に半分埋もれたチヨの傍にうずくまる駒場の背中から、力無い声だけが聴こえ届いてきた。
追い付いた迅華と夕実が駒場を覗き込むと、その腕の中には、血みどろになったチヨが抱きかかえられていたのだった。
「っ!?」
夕実は思わず口を押さえ、声を押し殺した。
「迅……華さま」
駒場の腕の中で、チヨは迅華を見上げていた。
「チヨは……もう……逝きます」
「チヨちゃん! 喋らないで! 迅華さんが、ファンタジー力で君を回復してくれるから!」
駒場が遮るように声を張り上げた。
が、迅華には分かっていた。
霊力が回復出来るのは、タケルのみに与えられた特異体質。普通の霊には当てはまらないと。
「その前に……チヨの……力を……」
「分かりました」
迅華は呟くと、駒場の隣に膝を突いた。
「あなたの力、ありがたく頂戴致します」
「……え?」
驚く駒場を他所に、迅華はチヨの干からびた手を強く握り締めた。
「おユキの……仇……とって……下さいまし」
そうして、迅華はチヨの手の甲に唇をあてがった。
黄金の光がチヨを包み込み、迅華の唇に吸い込まれていった。
その様は、まるで……
「魂喰い」
駒場の口から、そんな言葉が紡ぎ出されたのだった。




