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第57話 二段構え

 幽霊マンション、フルール(いさみ)703号室に帰り着くや否や、迅華はタケルと星を呼び出した。


「おふたり、急で申し訳ないのですが、少し町内を回って暇そうな浮遊霊の方々を100人程集めて来て下さい」

「どうしたんですか!? 薮からスティックに!」

「100? そりゃ結構な人数だな。何があった?」


 往年のコメディアンのネタを駆使して尋ね掛けるタケルと星に、迅華は手早く事の成り行きを語って聞かせると、


「なるほどな。そりゃ随分と面白い試みだ。いいだろう。おいタケル、行くぞ」

「はい! まっかせて下さい! 星さんとトゥギャザーして来ます!!」


 ふたりは一目散に703号室から飛び出して行った。


「それでは次は、京子さんですね」

「え? あたし?」


 思いがけずに指名を受けた京子が壁の中から顔を覗かせた。


「京子さん。先程の話しは聴いていたと思いますが、あなたにもご協力をお願いしたいのです」

「え、別にいいですけど、あたしに出来る事なんてあります?」

「ええ、大いに。むしろ京子さんにしか出来ない事です」

「わ、分かりました。あたしにしか出来ないって、なんだか嬉しいわね。それで、何をしたらいいんですか?」

「それはですね……SNSにアカウントを作成するので、そこに短い小説を連載して欲しいんです」

「小説を? どんな?」

「はい。それは、ふたりの霊媒師のお話です。ひとりは安芸典明(あきのてんめい)の子孫である悪の女性霊媒師。そしてもうひとりは、そのライバルとなる善の女性霊媒師。ふたりが戦うようなお話です」

「……え、それって、今追ってる安芸薫子(あきのかおるこ)と迅華さんの事ですか?」

「ええ、そうです。カメラをハッキングして安芸薫子を捜索はしますが、それだけでは確実とは言えません。ですのでもう一手として、SNS上で私の存在をチラつかせて、相手からの接触を促します。こちらから追う、あちらを引き込む、二段構えで行こうと思うんですよ」


 迅華の案は駒場と夕実にも初耳だったようで、ふたりは目を丸くしていた。


「え? 初耳なんだけど、その作戦」


 どうやら本当に初耳だったらしい。


「はい。今初めて伝えましたから」

「迅華さん、その作戦の意図はなんですか?」

「はい。もしかしたら、既に勇市を離れている可能性もありますからね。その場合は探しても意味が無くなってしまいます。ですがSNSで餌を撒けば、例え離れていてもまた呼び戻せますので」


 その意図に、ふたりは更に目をまん丸にした。


「え? 退散させるっていうのが目的なんじゃないの?」

「そうですよ。もう離れていた場合はそれで終わりですよね?」

「いいえ、終わりじゃありませんよ。自主的に離れたとしたら、またいつ戻ってくるか分かりません。可能な限り接触して、もう戻って来ないよう話しを付けなければ、危機は去ったとは言えません」


 そう断言した迅華だが、夕実も駒場も、困惑していた。

 迅華の目的は、既にふたりの認識とは少しズレてきている。いやむしろ、当初の目的はこの真意を隠す為のブラフだった。そう感じざるを得ない発言だったのだ。

 これはふたりにとって、相当に危機感を抱くものだった。


「ええと……うん」


 口ごもる夕実を横目に、駒場は内心で考えを巡らせていた。


(迅華さんは既に安芸薫子との決戦を辞さない構えだ。僕達を誤魔化してすら、そうするつもりなんだ。これはもしかしたら、本当に人を殺してしまうかもしれない。そんな危うさが、彼女の裏には見え隠れしている)


 迅華の裏切りにも似た方針の開示は、駒場の中に彼女への懐疑心を生み出すには十分な出来事だったのだ。


「んじゃ京子さん、早速いきましょうか。善の霊媒師、カッコよく書いて下さいよー」

「任せて下さい! 誰かの依頼で小説書くの初めてだから、めちゃくちゃ楽しみです!」


 既に和気あいあいと駒場のタブレットに向かうふたりを傍観しつつも、駒場は何かを決意したような表情を浮かべながら口を開いた。


「あの、迅華さん。ちょっと尾栗さんと買い出しに出掛けてきます。何か欲しい物ありますか?」

「あ、じゃあお茶とお菓子をお願いしますねー」


 駒場の気持ちを知ってか知らずか、気の抜けた返事をする迅華の反応を確認すると、ふたりは703号室を後にするのだった。



 ―――



「尾栗さん」


 マンションから出てすぐに、駒場は神妙な面持ちで夕実に声を掛けた。


「どうしました? 先輩」

「僕は、迅華さんを安芸薫子に会わせてはいけない気がする。正直、今の迅華さんは何をするか分からないって感じるんだ。言い方は悪いけど、信用ならないと言うか……」

「うちも同じ事を感じたと思います。これまでも色々と驚かされましたけど、今回のは種類が違うと言うか、なんか、暴走? してるような気がします」

「うん。僕も全く同じ感想だよ。だから、迅華さんが君の親戚の人を見付ける前に、僕達が見付けて、話しを付けようと思うんだ」

「異議無し! 了解です! んで、どうやって見付けるんですか?」


 敬礼してキリリとしている夕実に、駒場は呆れたように言った。


「君の親戚だろ? お母さんに訊けば、携帯番号とかを教えてもらえるんじゃないかな」

「あ、なるほど! てか、最初からそうすれば良かったですね」

「まぁ、ね。だけど、さっきまでは状況が違ってたからね。最初の流れだと、出来れば相手に悟られないように探したいって状況だったから。でも僕達だけの今はむしろ、正面から当たった方が良い状況に変わってる。なら、ストレートにコンタクトを取るのが1番だと思うよ」

「確かに確かに! んじゃ、母に訊いてみますね」


 夕実はいつもながらに迅速に取り出すと、母に電話を掛けた。


「うん、うん、分かった。ポン酢とゴマダレね。はーい、了解~」


 軽く会話を交わして電話を切ると、夕実は駒場の方にサムズアップを突き出した。


「今日、豚しゃぶだそうです!」

「……うん、君のお家の夕飯のメニューは何となく察しが付いたけど……で、どうだったの?」

「あ、番号分かるそうです! 今からシャインで送ってくれるって」

『シャイン!』


 そう言った直後、スマホが受信音を鳴らした。


「来た来た! んじゃ、ちょっと掛けてみますね」


 躊躇無く番号の表示をタップする夕実に、駒場は若干の戸惑いを覚えた。

 これから、敵対するかもしれない相手に電話を掛けるテンションとは思えなかったからだ。

 が、既に呼び出し音は鳴り始めている。

 ふたりはしばし、無言でスマホを注視していた。

 テンティントンテントン♪︎ と相変わらずの軽快なリズムが流れること約30秒。


『はい?』


 遂にスマホの向こう側から、女性の声が響いてきた。

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