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第55話 安芸家

安芸典明(あきのてんめい)!?」」


 夕実と駒場だけではなく、チヨすらも、その名を復唱して驚きを示した。


「え? あの、映画とかで有名な安芸典明?」

「と言うか、チヨちゃんも知ってるの?」

「うん! おユキが読んでくれた戯作本(げさくぼん)によくお名前が出てきたの! 雷公四天王と朱天童子のお話し! 里見八犬伝と同じくらい好きなお話だったの!」

「そうですね。現代ではそういった創作物で有名になりましたが、安芸家自体は実在する血族なんです」


 盛り上がる3人に向かって迅華は頷き返した。


「実在するんだ!」

「確かに、うちの源流の蘆場(あしば)も残存してるんだから、そっちも残っててもおかしくは無いよね」

「あ、蘆場道観は本気で偽物です。私はよく知りませんけど、恐らくチヨさんが生前に読み聞かせてもらったという創作物に出てくる架空のキャラクターですね」

「えぇ……」


 断言した迅華に、駒場は実に悲しげな顔で見つめ返した。


「先輩、ドンマイです!」


 気落ちする駒場の背を夕実はバンバンと叩いて笑っていた。


「安芸典明は、平安時代に実在した本物の陰陽師ですが、その力は先程チヨさんが仰った朱天童子、すなわち鬼や怪異の類に由来するものでした。一説によると、安芸典明は鬼と人間のハーフとも言われています」

「鬼と人間のハーフ!? それ、めちゃくちゃ漫画っぽい設定だね!」


 迅華の口から語られた逸話に、夕実は新しい漫画を知った時のように目を輝かせていた。


「夕実さん。これは一応、おユキさんが葬られた理由に繋がる話ですので、あんまりワクワクしないようにしましょうね」

「あ……そうだった。ごめん」


 窘められ、夕実は途端に姿勢を正した。


「安芸典明はその力で霊や怪異を退治する事が出来ましたが、それは確実に望まれない殺傷でした。命乞いをする相手を無理やり消滅させるのが、彼のやり口だったのです」

「え、ちょっと待って」


 断定的に語る迅華に、夕実が挙手をした。


「迅華はなんでそんな詳しく知ってるの?」


 その質問に、迅華は目を伏せ気味にして答えた。


「それは、実際に安芸家の末裔と出くわした事があるからです。今から10年……13、4年くらい前ですかね。私が普通の仕事を諦めて、霊媒師を初めてすぐの頃でした」


 唐突に始まった迅華の昔話だったが、これはきちんと聴く流れだと、夕実も駒場も茶化す事なく清聴し始めた。


「とある除霊の依頼で、とある山中のトンネルに赴いたんです。そこに居たのは、喧嘩の末の集団暴行によって殺害された、少年の霊でした。彼は、自身の死を悔いていました。ご両親に対して不孝をしてしまったと。私に、ご両親に会わせて欲しいと懇願するような、とても誠実な少年でした。私は勿論、彼の未練を晴らし、その上で消滅して頂こうとしました」


 迅華の顔が更に俯いた。


「その時に出くわしたのです。あれは、20代半ばくらいの女性でした。私が少年を連れてトンネルから出ようとした時に、待ち伏せしていたんです」


 迅華が顔を上げた。

 その目付きは、ふたりが今まで見た事が無い程に、鋭く、そして煮えたぎるようなものを孕んでいるように感じられた。


「その女性は、私が何かをする間もなく、少年の霊を打ち祓いました。まるで、小さな羽虫を叩き潰すかのように……。私はその女性に挑みましたが、私の力は人間には通用しません。ですので、そこで悟りました。この女性は、正真正銘の、人間であると」

「「人間……」」


 ふたりが声を揃えて呟いた。


「私は返り討ちに合いました。その女性の力は、私に効果を発揮したのです。私は命からがら、その場から逃げました。今でも覚えています。振り返った時、彼女が私に向けていた、嘲弄にも似た視線を」

「迅華が、負けたの?」

「ええ。完膚なきまでに、ですね」

「信じられないです」

「仕方ありませんよ。力が通用しない以上は、私はただの人間でしかありませんから。相手もただの人間なら負ける気はしませんが、特殊能力を使う相手では分が悪過ぎましたね。それで、私はその女性について調べました。彼女が使う力が何なのかを分析して、その力を使う者が何者なのか。それで、行き当たったのが……」

「安芸家だった、って事ですね?」


 駒場の質問に迅華は大きく首肯した。


「ええ。ただ、長い時間が経っています。安芸家もそれなりに衰退しており、霊を祓える程の実戦的な技術を受け継いでいる者は多くはありませんでした。ですので、現存する本物の陰陽師は、ただ1人でした」

「1人……」


 駒場が息を飲んだ。


「その人は?」

「その者の名は、安芸薫子(あきのかおるこ)といいました」

「えっ!?」


 迅華がその名を口にした瞬間、誰よりも早く声を上げたのが夕実だった。


「あきのかおるこ!?」


 そのただならぬ様子に、駒場が驚いて夕実に振り返った。


「尾栗さん、その人を知ってるのかい?」

「し、知ってるも何も、うち、昨日会った。多分」

「え?」


 夕実の発言に、迅華の眉がピクリと動いた。


「会った? 安芸薫子に? どこでです?」

「昨日、法事で。うちの母方の祖母の姪らしいんだけど」

「安芸薫子が、夕実さんの親戚? それは本当ですか?」

「わ、分からないけど、名前の読みは同じ。昨日は秋野(あきの)って名乗ってたけど。でも、それに……」

「それに?」

「その人に、うちから霊が取り憑いているみたいな気配を感じるって言われた」

「霊の気配を……。夕実さん、安芸薫子と他に何か話しましたか?」


 その質問が投げ掛けらるかなり以前から、夕実の顔色は悪かった。

 が、質問後には更に青白く血の気が引いていた。


「した。このアパートの事を、話した」


 その瞬間、迅華の瞳の光が黄金色に強く揺らめいた気がした。


「なら、間違いはありませんね。おユキさんを消滅させたのは、安芸薫子です。ここに残っている力の残滓で確定的だと思ってましたが、夕実さんの証言で確定となりました」

「ご、ごめんなさい。うち、知らなくて……」


 身を縮こませる夕実に、迅華は微笑みを浮かべて声を掛けた。


「ええ、知らなかったんです。仕方ない事です。チヨさん、憤りはあるかもしれませんが、夕実さんを信じてあげて下さいね」


 迅華に視線を向けられ、駒場の肩の上でチヨは力いっぱいに手を挙げて答えた。


「うん! チヨ、もう怒らない! 側仕えの失態は主の失態だって父上様にも教わったから! チヨも、夕実の失態を許すの!」

「ぐぬぬ……!」


 相変わらず横柄なチヨの態度に業腹な様子ではあるが、ここは夕実も大人になって耐えたようであった。


「では、次の問題です。もし今、この街に安芸薫子がいるとすれば、それは由々しき事態です。タケルさんや星さん、京子さんにも害が及ぶかもしれません。私は、彼女を見付けて、この街から退散させなければなりません」

「分かりました」

「探そう。薫子さんを」


 神妙な面持ちの迅華に、夕実と駒場は力強く頷くのだった。

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