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第54話 現場検証

「迅華!」

「迅華さん!」


 隔絶界域が解かれた途端、夕実と駒場がアパートから駆け出して来た。


「大丈夫!? めちゃくちゃ怪我してたけど!」

「救急車呼びますか!? それともタケルを連れて来ましょうか!?」


 ふたりは様々な事を喚きちらしながら、それでも迅華を取り囲み、泣きべそをかいていた。


「私は大丈夫ですよ。隔絶界域に使ったファンタジー力を戻して回復に当てましたので。タケルさんは、ちょっと呼び付けとかないと後が大変そうですけどね」


 あっけらかんと笑う迅華の様子に、ふたりはほっと胸を撫で下ろした。


「兄様……」


 そんなふたりを見つめつつ、チヨはバツの悪そうな表情を浮かべていた。


「ごめんなさい」


 素直に謝ったチヨに向けて、駒場は両腕を差し出した。


「いいんだよ。迅華さんが許したんだ。僕だって君を責めたりしない。それに、僕達だって君を不安にさせてしまったんだから。こちらこそ本当にごめんよ」

「兄様……」


 チヨは、駒場の腕の中に飛び込むと、


「……うえぇぇん」


 その胸で堰を切ったように慟哭するのだった。


「いやマジで凶暴ですね、そのトイレの花子さん。マジ怖いし、マジ扱いに困る」


 そんな様子を眺めながら悪態をつく夕実を、駒場は眉を吊り上げて睨み付けた。


「尾栗さん、チヨちゃんは子供だって言っただろ。もう少し大目に見てあげてよな」

「はいはい。先輩はチヨには優しいんですねー。いいですよ、うちだって、迅華が許したんだからもう許してますし」


 頬を膨らませる夕実に、迅華は真顔で言った。


「夕実さん、それ、ジェラシーですか?」

「ちげーし!」


 図星を突かれた夕実は、顔を真っ赤にして迅華に噛み付くのだった。



 ―――



 アパートのリビングに戻った4人は気を取り直し、再度、現場検証を行う事にした。


「先程チヨさんにもお伝えしたのですが、おユキさんだけではなく、周辺一帯から浮遊霊までも消え失せている事が重要です」


 部屋の中央に立ったまま、迅華が部屋全体に視線を巡らせた。


「はい、質問」


 夕実が挙手をした。


「周辺一帯ってどういう事? 浮遊霊って、浮遊してるんでしょ? 好きに移動出来るのに、なんでいないの?」

「夕実さん、良い質問です。正にそこがポイントなんですよ。周辺一帯とは正確にはこのアパートを起点に半径50メートルの真円状のエリアのようです。そのエリアに、浮遊霊が立ち入っていないのです」

「それはつまり、浮遊霊が嫌厭する何かが、そのエリアにあるって言う事でしょうか?」


 今度は駒場が質問を投げ掛けた。


「その通りですね。私達には感じられず、浮遊霊だけが感じるような何かが、あると思われます」

「それは何ですか? 例えば、結界とかでしょうか?」

「そこは私にも分かりません。なので、まずはそこを解明しましょう」

「え? どうやって?」


 駒場と交互に夕実が質問した。


「方法は、これです。出ませい、タケルさん」


 迅華がタケルの名を呼んだ。

 が、いつもはすっ飛んで来るタケルが、今回ばかりは現れなかった。

 その代わりタケルの声だけが、迅華の口から響いてきた。


『ちょ!? いや、なんですか!? そこ! 俺、そこに行きたくないんですけど!』


 タケルの声は、明らかにいら立ちを、そして恐怖心も孕んでいるように感じられた。


「どういう事? タケル、ここに何があるの?」

『そこ、嫌な気配が充満してるんだよ。そこに行ったら、俺、多分殺される。そんな感じがするから、行きたくない』

「嫌な気配? って、何?」

『うーん、なんて言えばいいんだろうな。体感した事ないから表現が難しいけど、例えるなら、大量虐殺があった直後の現場みたいな? 死体はもう片付けられてるけど、血溜まりが残ってるみたいな、そんな感じなんだよな』


 タケルの例え話に、夕実は驚きと呆れ半々の気持ちで返した。


「は!? そんな事、全然ないけど!?」

「いやだからさ、気配なんだよな。そんな気配がするんだよ」


 タケルもまた、うまく言葉に出来ずに困惑しているようであった。


「え、でも、チヨちゃんは感じないでしょ?」


 そこで駒場がチヨに問い掛けた。


「うん。チヨは、何も」


 チヨもやはり首を横に振るだけだった。


「は? じゃあタケルの勘違いじゃなくて?」

『いや! 感じるよ! それは間違いないよ!』


 そうなると夕実も攻勢を強めるしかなったが、タケルは怒ったように反論してくる。そこでタケルとの同調を解き、迅華が自分の声で発言した。


「恐らくですが、それは力の差だと思われますね。チヨさんはまがりなりにも大怪異です。チヨさんには感じられず、その他の力の弱い浮遊霊には感じられる、いわば威圧感のようなものでしょうかね。例えば……京子さん。聴こえますか?」

『ええ、聴こえてるわよ』


 傍から見れば完全に1人芝居なのだが、迅華の声色は京子のものと迅華のものとで入れ替わりながら会話を続けた。


「京子さんはこちらに来られますか?」

『いいえ。あたしも絶対に嫌よ。怖いわ』

「そうですか。では、星さんはいかがです?」


 今度は星の番であった。


『オレは、まぁそういう気配はうっすらとは感じるな。行けない事は無いが、それなりに心構えは必要だ』

「ではやはりそういう事ですね。受け手の力量によって、感じ方に差が出ている。タケルさんや京子さんは普通の方の霊ですが、星さんは普通よりは強力な霊です。今の皆さんの証言が何よりの証拠です。そして、そういうモノが、今ここには確かにあるという事です。生者、そして強力な力を持つ私やチヨさんには感じられない、そういった威圧感にも似た力の残滓が」


 完全に自分の声に戻すと、迅華がまとめるように結論を述べた。


「それは、一体何なんですか?」


 駒場が神妙な面持ちで最後の質問を投げ掛けた。


「以前、人間には霊を祓うような力は無い。そう言いましたね?」

「はい、確かに。人間の霊媒師は、基本的にポーズだと」

「それは間違い無いのです。ただしそれは、私のような正しい形で、という意味です。実は、あるんです。霊を暴力で祓う事が可能な能力を持った血筋が、ひとつだけ」

「「え?」」


 駒場も夕実も息を飲んだ。


「その血筋の名は、安芸(あきの)家。皆さんもご存知だと思いますが、安芸典明(あきのてんめい)という陰陽師を祖とする者達です」

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