第51話 遠い親戚
それは、駒場とタケル迅華が金谷市へと向かった日の事であった。
夕実は予定通り、母方の祖父の三回忌に参列していた。
母、澄子は愛坂県の釜口市出身で、法事もまた実家のある釜口市の寺院で執り行われた。
早朝から澄子、吾郎と共に釜口へと向かい、一般的な儀式である僧侶による読経や法話を終え、墓参りを行った。
無論、その間中、夕実はずっとソワソワしっぱなしであった。
ようやく全ての儀式を終えると、会食の会場となる浦羽の料亭へと向かったが、やはり夕実は落ち着かず、味のしない食事を摂っていた。
そんな時だった。
「澄子さん、ご無沙汰してましたわね」
ひとりの女性が澄子に声を掛けてきた。
それは、淑女と言うに相応しい、気品溢れる雰囲気を纏った人だった。
年齢は恐らく澄子とそう変わらないだろう。
長い艶やかな黒髪。整った顔立ち。そして何よりも、妖艶ともまた異なる不思議な魅力を内包した切れ長のアーモンドアイ。
他と同様に喪服を着用してはいるが、それでも綺麗な身なりをしていると感じられるような、その場にあって特段に異彩を放つ女性であった。
「あら、薫子さんじゃないの! 本当にお久しぶりね。お元気だった?」
吾郎が挨拶回りに赴いた事で空いた席に腰を下ろした薫子に、澄子は気の置けないといった砕けた調子で返していた。
「ええと、あなたは確か、夕実ちゃんだったわね」
澄子を挟んで声を掛けてきた薫子に、夕実は会釈しながら挨拶を返した。
「はい。夕実です」
夕実は、その女性と面識が無いと感じていた。
「そう言えば薫子さんと会うのは小さい時以来だったわよね、夕実は」
「そうね。わたし、祖父の葬儀の時は海外に滞在していて参列出来なかったから」
「夕実、この方はね、秋野薫子さんって言って、祖母方の親戚の方なのよ」
「ええ。綾川家に嫁いだ絹代さんの妹がわたしの母。つまり絹代さんはわたしの叔母に当たるのよ。だからわたしは、夕実ちゃんにとっては遠い親戚って事になるわね」
「遠い親戚、ですか」
まるで清流のせせらぎでも聞いているかのような、澄んだ美しい声で薫子は笑っていた。
「薫子さんとは歳が近いって事もあって、昔からこういった集まりの時はよく遊んでいたのよ。懐かしいわね」
「そうね。澄子さんとはウマもあったし、本当に仲良くさせて貰ってたわ」
「へぇ……そうなんですね」
自身の知り得ない思い出話程、頭に入ってこないものはない。しかも今、夕実は金谷へと赴いている駒場の動向に気を取られているので、その傾向はより顕著であった。
愛想笑いにも近い相槌を打ちながら、早く時が過ぎるのを待ち続けていた。
「澄子さん、ちょっとこっちにいらっしゃいな」
ちょうどそんな時に母が親戚に呼ばれて席を立った。
残されたのは夕実と見知らぬ遠い親戚のふたりだけという、気まずい状況になった所で、薫子が口を開いた。
「夕実ちゃん。ちょっと場所を変えて話さない?」
突然の申し出に、夕実は勿論、戸惑いを覚えた。
「え?」
「この料亭には綺麗な中庭があって、そこには池もあるのよ。その池でも見ながら、少しお話しをしましょう」
「あの、お話しというのは?」
当然、訝しく思って問い返した。
すると、薫子はおもむろに夕実の耳元へと顔を近付けると、囁くように言った。
「あなた、何か秘密があるわよね? その事についてよ」
その言葉に驚いた夕実は、首を縦に振るしかなかった。
―――
薫子の言った通りで、その料亭には美しい中庭が造られていた。
まるで修学旅行で行った京都の寺社仏閣や、御苑で見られるような、手入れの行き届いた立派な日本庭園だった。
ふたりはその静かな庭園の中を歩いていた。
「あの、さっきのはどういう事ですか?」
「そうね……感じたのよ。あなたに何か別の気配が取り憑いているように、ね」
前を歩く薫子は細身で、とても背の高い女性だった。
「一応、心霊現象的なものには関わってはいます。祖父や父の仕事は不動産関係ですし、不動産には事故物件が付き物だって言われてますので」
得体の知れない遠い親戚に、迅華の事を話すのは得策ではない。夕実はそう判断し、言える範囲でしかも当たり障りのない部分だけを伝える事にした。
「確かにそう言われればそうね」
薫子はふと立ち止まると、首だけで夕実の方へと見返った。
「でも、それだけじゃないのよ。あなたには何か、大きな物が憑いているわ。これは確実よ。ただ……」
「ただ?」
「それが生者にとって害をなすモノなのかどうか。そこが不明なのよね。だから、少し話しをしたいと思って」
見返った薫子の顔は陽光に照らされ、だがしかし、月夜の中に佇むかのように妖艶だった。
「あの……うちに幽霊が取り憑いているって事ですか?」
夕実の質問に、薫子は小さく微笑んだ。
「幽霊……有り体に言えばそうなのかもしれないわね。でも、そうではないのかもしれない。あなたには、そんな心当たりがあるのかしら?」
薫子が何を感じ取っているのかが分からない以上、迂闊な事は口に出来ない。少なくとも、夕実に霊が取り憑いているなど迅華から聞いた事はない。ならば、薫子が感じている気配は何なのか。
夕実は無意識に首を傾げていた。
「そう。心当たりはあるのね。あなた、最近どこか、事故物件や心霊スポットに立ち寄ったかしら?」
「一応は、父の会社で扱っている事故物件に入った事があります」
「そうなのね。その前と後で、体調の変化などはある? 例えばそう……頭痛や肩凝り、または、誰かに見られている感覚があるとか」
「そういうのはありません」
「そうなのね……」
薫子は再び夕実から視線を切った。
「不思議ね。直接的ではない。だけど、明らかに何かの気配は纏っている」
そして、逡巡するように中庭に視線を巡らせていた。
ここで夕実は、初めて自分から質問を切り出した。
「あの、薫子さんは霊能者なんですか?」
「そんな大層なものじゃないわ。ただ、人よりも霊感が強いとか、そんなものね」
迅華、駒場。そして後天的に霊が見えるようになった自身以外で、初めて霊感の強い人に出会った。
夕実は、興味本位で更に質問を投げ掛けた。
「あの、参考までにお伺いしてもいいですか? その気配というのは?」
「そうね。女性の気配よ。何か、とても大きな苦しみを抱えている、そんな哀れな女性の気配を感じるわ」
「苦しみを抱えている女性……」
反芻した夕実には心当たりがあった。
それは、あのアパートに憑く座敷牢の女性の霊だった。
もしかしたら、迅華にも分からない所で、夕実は彼女に憑かれている。もしくは、彼女の怨念などが宿ってしまっている。
その可能性が頭を過ぎったのだ。
「その表情。やっぱり何か心当たりがあるのね」
もしかしたら薫子からなら、迅華からは得られない、何か別のヒントが得られるのかもしれない。
そう考えた夕実は、薫子に座敷牢の霊についてを打ち明けたのだった。




