第50話 おユキ
《城化け物》
有名なところでは、姫路城の刑部姫や、猪苗代城の亀姫などが挙げられる、日本ではかなりポピュラーな城憑き妖怪全般を示す。
その土地の城郭に取り憑く妖怪で、守護霊であったり地縛霊だったりするが、大体が、過去にその城で非業の死を遂げた者がなるものである。
チヨもまた、その怪談話の主役のひとりであった。
江戸時代後期、金谷の城に生まれた城主の娘であり、幼少時、流行病に冒されて落命した姫君であった。
しかしその本当の死因は流行病ではなく、時の政争の余波で毒を盛られたというのが真相であった。
彼女は晩年、感染拡大を恐れて離れの櫓に隔離され、人知れずに死を迎えた。
そうして彼女は城憑きの地縛霊となった。
死後、櫓のてっぺんにあるその部屋からは、夜な夜な千代姫がうなされる声が聞こえてくるという怪談話が広まっていき、チヨは立派な城化け物と呼ばれるに至った。
時代が進み、明治維新。その櫓は金谷城もろとも取り壊され、跡地には尋常小学校が建てられた。
更に時代は進み、戦後には新しい校舎が建設された。
しかしどんなに建物が入れ替わろうと彼女の存在だけは残り続け、櫓の一室は、3階女子トイレの1番奥の個室となった。
そして、生徒達の間でひとつの噂が広まる事になる。
3階女子トイレの1番奥の個室にはトイレの花子さんが出る、と。
彼女は図らずも、城化け物でありながら、現代妖怪筆頭とも言えるトイレの花子さんという属性を受ける事になったのだ。
それが、大怪異と評されたチヨの真実であった。
―――
「時代の妙ってやつですかね。トイレの花子さんという妖怪は日本中に存在しますが、その中でも随一だと思いますよ。城化け物と現代妖怪のハイブリッドなんて」
「確かに、昔のお城の跡地と小学校の位置がぴったり重なるなんて、滅多にある事じゃないですよね。奇跡的な偶然なんでしょうね」
「はい。単体だけでもかなり強い噂、霊力の集束なのに、それが重なるなんて、正直、敵対したくないレベルの猛者だと思いますよ」
タケルの顔で神妙に語る迅華の声は、その内容そのものに強ばっているように感じられた。
「まぁいいでしょう。チヨさんも乗り気ですし、特に害は無いと判断します。んではまぁ、元の話しに戻すとしましょうか」
「そうですね。では改めて、簗田家旧宅の見取り図です」
そう言って覗き込むタブレットの画面には、広大な敷地にいくつかの家屋が並んでいる図が表示されていた。
「この大きなのが母屋でしょうね。それから小さな建物がいくつかあって、庭園の中にあるのは、規模的に見ても茶室でしょうか」
「んー、その辺の日本家屋については私は詳しくないので、推理はお任せしますよ」
「そうですよね。これが蔵で、こっちは厩でしょうか。そうなると、この端にあるこれが……」
駒場が指差したのは、広大な敷地の最も隅に位置した、小屋のような建物だった。
「一見すると納屋のようにも見えますけど、日当たりの悪い北側。しかも周囲を生垣で囲まれている立地を見る限り、何かを隠しておく場所としてはもってこいな立地ですね」
「もし座敷牢があるとしたら、ここだと思います」
駒場が首肯した、その時だった。
「兄様。今、このお家が簗田家と言ったの?」
チヨが突如として口を開いた。
「うん? そうだよ。知ってるのかい?」
「うん。簗田家は、おユキのお家なの」
「おユキさん? それは誰だい?」
「おユキは、チヨのお世話をしてくれていた姉様なの」
「チヨちゃんの世話……女中さんって事かな」
確かに江戸時代には、奥女中という城勤めの女性がいた。
主に旗本などの武家の娘が奉公する事が多かったようだが、それは大奥での話である。地方の大名家に仕える女中の場合は商家や上農民の家から奉公に出る事もあったのだろう。
「チヨ、知ってるの。チヨが死んでから、おユキはお家に戻されたの」
「え? それは、おユキさんが犯人って事なのかな?」
「ううん。犯人は、おユキじゃないの。本当の犯人は分からないけど、おユキはそんな事しないの」
「じゃあもしかして、チヨちゃんに毒を盛った罪を押し付けられたのかもしれないんだね?」
「分からないの。でも、おユキはお家に戻ったけど、誰もおユキの姿を見掛けた人はいないって、お城の人が話してるのを聞いたの」
「見掛けた人はいない……」
チヨの言葉を反芻する駒場に続き、迅華が口を開いた。
「可能性は2つです。もしそんな悪事を働いたと疑われたのであれば、恐らくはお家の恥とされるでしょうね。ならば、座敷牢に閉じ込められたとしても不思議ではないですね」
「もう1つの可能性は?」
「チヨさんの死因は表向きには流行病という事でしたよね? ならば感染を疑われて隔離された可能性です。ですが、あのアパートの地縛霊がもしもおユキさんであれば、手足に枷を付けられていたのは不自然です」
「じゃあやはり、前者の可能性が……」
「はい。限りなく高いでしょうね」
ふたりのやり取りを聴いていたチヨが口を開いた。
「おユキは、地縛霊になっているの?」
とても暗く沈んだ声色で、そう問い掛けた。
「ええ。今はまだ可能性ですので、きちんと時代考証を行う必要がありますが」
迅華の答えに、チヨは突如として取り乱した様子で声を震わせていた。
「おユキは、きっと、無念だったの。おユキは、チヨのお世話を一生懸命してくれたの。とても優しくて、とてもとても、一生懸命だったの。きっと悔しかったの。きっと悲しかったの。チヨは、そんなおユキが、大好きだったの」
「チヨちゃん」
声だけでなく、膝の上で小さく震えるチヨに視線を落とした駒場は、胸の辺りを締め付けられる想いに駆られていた。
「チヨ、おユキに会いたい。会って、ありがとうを言いたいの」
振り絞るように発せられたチヨの一言に、駒場は大きく首を縦に振った。
「勿論だよ、チヨちゃん。まずはきちんとおユキさんの事を調べてからだけど、一緒に帰ろう。勇市に」
「うん!」
そんなふたりの姿を眺めつつ、
(まぁ、チヨさんは本心から言っているようですし、何か裏がある危険は無さそうですかね)
迅華は冷静に思考を巡らせるのであった。




