第5話 そして再び、除霊
「いやあんたの方がよっぽど横暴でパワハラ気質なんですけど!?」
血溜まりに浮かぶ座布団と、にこやかに笑う迅華の前で、夕実はどてーん! っとひっくり返った。
「まぁまぁ、そこまで言う程のものでもないんですよ? 地縛霊って、自分でそこに居たくて居着いてる訳でもないので。実はその場所と引き離せて貰えて、しかも消滅まで持っていってくれる事を感謝されるケースって多いんです。むしろ、それを条件に離れる気になってくれる場合がほとんどなんですから」
迅華の入れたフォローを受け、夕実はまたしても起き上がりこぼしの如く、秒で起き上がった。
「え!? どゆこと!? 地縛霊って、自分の意思でそこにいるんじゃないの!?」
「はい、そうですね。大体が、場に囚われてる事の方が多いんです。過去の出来事だったり、遺された人や動物、物だったり。そういったしがらみが残ってしまうような死に方をした人が、地縛霊になってしまうんですよね」
「そ、そうなんだ。うちはてっきり、怨念とかでその場に留まってるんだとばっかり」
迅華の説明は、どれを取ってみても夕実のイメージとはかけ離れたものばかりだった。
「ですので、ご本人のお話しを伺って、しがらみを解き放つ。場合によってはしがらみの原因を断つ。そういった助力をして差し上げる事で、幽霊の皆さんも進んで私にファンタジー力を提供してくれるようになるんです。私自身は体感した事ないですが、聞いた話によると、地縛霊になってる間は相当に苦しいらしいですので」
「うーん、利害の一致が一番当てはまる表現なのかもしんないけど、やっぱりどっかブラックなんだよなぁ。弱みにつけ込んで搾取してるみたいな?」
「だっはっは。まぁ、それは間違ってませんけどね。私も私の事情で霊の皆さんを消滅させてますので」
相変わらず憎らしい笑顔でテヘペロしてくる迅華だが、夕実はそこまで達観出来てはいなかった。
迅華も地縛霊も、どちらも身につまされているのは理解出来る。だが、もう少し互いにハッピーになれるような結末は迎えられないのだろうか?
何とも割り切れない気持ちを抱えながら、だが認めない訳にもいかず、夕実は次の疑問を口にした。
「という事は、この結城瞳さんも、何かに囚われてこの部屋にいるってこと?」
その疑問が放たれた、その瞬間だった。
グラッ!
部屋が、いや、マンション自体が大きく揺れた。
「地震!?」
咄嗟に夕実が身をかがめるも、目の前の迅華は全く動じずに宙を見回しているだけだった。
家具も何も無い部屋なので物の下敷きになる心配は無い。とは言え揺れはかなり激しく、震度6は下らないだろう。そんな中で迅華は平静を保ったままなのだ。
その姿にも夕実は動揺し、迅華にしがみつこうと這いつくばった時、
「夕実さん。その言及は、少し早かったかもしれませんね」
迅華がそう呟いた。
揺れはまだ収まらない。それどころか、今度は部屋中の壁や天井に結城瞳の手形が現れ始めたのだ。
「結城瞳さんも怯えていますね。部屋中を駆け回っています」
「お、怯えてる!? ねぇ!? どういうこと!?」
「実はですね、この部屋には、結城瞳さん以外に、もう1名の地縛霊が存在してたんです」
揺れは更に強さを増し、もはや這っていても体を突き上げられる程となった。
しかも揺れだけではなく、室内の心霊現象も強まっているらしく、部屋中の水道の蛇口から真っ赤な血が噴き出し始めたのだ。
「この地震は、そのもう1名によって引き起こされているポルターガイスト現象。そして手形や水道の血は、それに怯える結城瞳さんによるもの。本来は結城瞳さんからお話しをお伺いした後、もう1名の方の除霊に着手したかったところなのですが……」
「ももも、もう1名って!?」
「お名前は、新島豊さん。享年20歳。死因は刃物で刺された事による失血死ですが……その刺し傷は全身で55箇所。特に胸部は30回以上刺されたそうで、相当な恨みを持って殺された事が想像出来ます」
「え? 何それ? 何の事? どうしてその人の霊がこの部屋にいるの?」
「新島豊さんを殺した人は、結城洋治さん。結城瞳さんの、お父様ですね」
まるでカクテルシェイカーの中に放り込まれたかのように、部屋は容赦なく夕実達を揺さぶる。しかし、窓ガラスにも壁や床にも亀裂などが入る様子がない。
代わりに、フローリングの目地からも血が溢れ出てくる。
「ま、まさか、その新島豊って人……」
「はい。結城瞳さんにDVを行い、最終的には殺害した、彼女の交際相手です」
迅華がはっきりと言ったと同時に、部屋の揺れが収まった。
「新島豊さんは結城瞳さんのお父様に殺害されましたが、その事で結城瞳さんを強く恨んでいたようです。なので、この部屋に地縛霊として舞い戻り、結城瞳さんの霊をこの部屋に縛り付けていたようですね」
「何それ!? 完全に逆恨みじゃない! そもそも自分が悪いのに!」
夕実の非難の声に、迅華は穏やかに答えた。
「夕実さんが言うような感性の持ち主なら、そもそもDVなんかしませんから。心の底から、自分は悪くないと思っていたらしいですよ?」
夕実の頭上に、何かの液体の雫が垂れてきた。
今の地震で水道管でも破れたのかと見上げても、何も変わった様子はない。だが、全身を悪寒が襲っているのだけは痛い程に自覚出来た。
「こんな、化け物に変貌してしまうくらいの恨みを募らせる程に、頭のおかしい人間だったって事です」
夕実には見えていない。
ダイニングキッチンの床に正座する迅華に覆い被さるように、白骨化した巨大なヒグマのような化け物が、牙を剥き出しにして威嚇している事が。
ヒグマの牙から滴った粘液が、夕実の頭をぽつぽつと叩いた。
「ただの人間でここまで強い怨念を抱けるなんて、異常も異常です。結城瞳さん。あなたは、本当に運が悪い女性だったのですね。こんな異常者に好かれてしまったとは」
迅華の目にだけは見えていた。
ダイニングキッチンの隅で膝を抱え、ブルブルと震えている生前の結城瞳の姿が。
「この悪霊の力は、もはや人間の枠を超えようとしています。先程のポルターガイスト現象もそうですが、あそこまで現世に干渉出来る程の強い力を持つのは、古来からの妖ものや付喪神くらいなものでしょう。普通の霊媒師では、到底対処のしようもない存在です」
迅華はそう呟くと、ヒグマの牙には目もくれず、おもむろに立ち上がった。
その頭は、ヒグマの化け物の顎の中に入り込んでしまっていた。
「普通の霊媒師では……ですけどね」
その瞬間、ヒグマが顎を閉じた。
迅華の首を噛みちぎった。
噛みちぎろうとした。
噛みちぎろうとして、顎が、砕かれた。
砕かれた顎の隙間から、迅華の顔が覗いた。
ネイビーとシルバーの髪が毛先までシルバー一色に染まっていた。
髪だけではない。服装こそオープンショルダーワンピースのままだが、その瞳が、輝くような黄金色に染まっていたのだ。
「私は勇者エクレール・サイザー。これからあなたを、除霊します」




