第48話 トイレの花子さん
真夜中の学校ほど、人の恐怖心を掻き立てる場所は多くないだろう。
13階段。トイレの花子さん。動く人体模型。作曲家の幽霊。校庭の墓場。4時44分の大鏡……
数え上げれば枚挙にいとまがない。
にも関わらず、むしろそのトイレの花子さんを目指して真っ暗闇の廊下を歩いていく。しかも、ゾンビみたいな顔をして苦しむ地縛霊を連れて。
駒場は、1周回ってもはや恐怖からは解放され、足早に階段を上がって行った。
「3階だ。ここのトイレが、噂の花子さんのトイレだな。ええと、確か女子トイレだったはず……」
駒場がブクマした心霊サイトを検索しようとすると、スマホはうんともすんとも言わず、暗転したままだった。
「え……電池切れ? いや、出てくる前にホテルで満タンまで充電したのに」
その瞬間、彼の背を悪寒が襲った。
「まさか……」
スマホから顔を上げた駒場は、目の前に真っ直ぐ続く廊下に魅入られていた。
「開いているのか? 異界への入り口が」
が、
「そんなわけないだろぉ……隔絶界域に入ったんだよぉ……あの奥にいる霊、凄い大物なんだよぉ」
弱々しくも懸命に喋るタケルにきっぱりと否定されはしたものの、代わりにかなり重要な情報が提供された事に驚きを隠せなかった。
「は!? 大物!?」
「そうだよぉ……確か、トイレの花子さんだったよねぇ? もし本当にそいつがいるなら、それは凄い大物なんだよぉ……日本でも有数の有名妖怪だろぉ? ……霊力は、ただの無名な地縛霊の比じゃないんだよぉ……」
「確かに。日本一有名と言っても過言じゃない現代妖怪だよな」
スマホをポケットにしまいながら、駒場は無意識に生唾を飲み込んでいた。
「しかも霊力が全く漏れ出してない……1箇所に集める技術も持ってるんだよぉ……そんな事出来るのなんて、きっと大妖怪に間違いないんだよぉ……」
「え、ひょっとして僕ら、えらい所に来ちゃったのか?」
「今更なんだよぉ」
ここまで来て逃げ出すわけにもいかない。タケルの声だって徐々にだが更に弱まっている。
駒場はギュッと目を閉じると、再び見開いて、1歩を踏み出した。
礼儀正しく靴を脱いで片手にぶら下げている為、足音はしなかった。
慎重に、しかし足早に、駒場は廊下中央にある女子トイレを目指した。
雲に隠れていた月明かりが窓から差し込んだ時、遂に駒場は目的の場所へと到着した。
「入るぞ」
やはりトイレとあって靴下で入る胆力も無く、駒場は靴を吐くと中へと足を踏み入れた。
「ど、どう? 回復した?」
「まだぁ」
恐る恐るタケルに問い掛けるも、その返事は弱々しいままだった。
「多分……ちゃんとトイレの花子さんを出現させないと……地場が発動しないんだと思う」
「くっそ、手が込んでるな」
珍しく悪態をつくと、駒場は心中でトイレの花子さんの逸話を反芻していた。
1番奥の個室。そこを2回ノックして、花子さんに問う。
「はぁーなこさん。あそびましょぉー?」
最初は返事は無い。
だから、もう1回だけノックをして、もう一度問い掛ける。
「はぁーなこさん。あそびましょぉー?」
すると、どこからか返事が聴こえてくる。
『あなたはだぁれ?』
そこで名前を答えると、便器の中にに引きずり込まれる。
しかし、名前を答えずに、更にもう一度だけ問い掛ける。
「はぁーなこさん。あそびましょぉー?」
ボタボタッ……
すると、トイレの天井から、何か液体のようなものが降ってきた。
髪を濡らしたその場所を手でさすり、その手に視線を移すと、手のひらが真っ黒く染まっているのが分かった。
『何して遊んでくれるの?』
突然目の前から発された声に、駒場の心臓は大きく跳ね上がった。
そしてゆっくり視線を上げると、閉じられていたはずの個室のドアが開いており、その中に立っていたのだ。
牡丹柄の着物を纏った、おかっぱ頭の小さな少女が。
その瞬間、背後のタケルの気配が一気に強まった。
「駒場、逃げるぞ。そいつはトイレの花子さんなんかじゃない。そいつはもっと……別の何かだ」
駒場は反射的に駆け出した。
出入り口に向かって一目散に駆けたのだが、見えない壁に顔面を打ち付け、その反動で仰向けに倒れ込んだ。
「なんだよ!?」
「隔絶界域の範囲がせばまってる。このトイレは今、あいつの世界みたいだ」
「閉じ込められたって事!?」
強かに打ち付けた鼻を抑えながら上半身を起こして背後を振り返ると、着物の少女が目の前に立っていた。
「迅華さん!? 迅華さん!! タケルが復活しましたよ! 出て来て下さい!!」
尻もちを付いたまま後退り、駒場は必死に迅華に呼び掛けた。
「ダメだ。迅華さん、寝てる」
「マジかよぉぉぉ!!!」
無情なるタケルの一言に、駒場は悲鳴を上げるしかなかった。
『ねぇ、遊ぼ? 遊んでくれるんでしょ?』
ほぼ号泣状態の駒場に向かって、少女が静かに声を掛けてきた。
「あああ、遊ば……」
半狂乱の駒場が否定の言葉を口にしようとした途端、その口が何かに抑え込まれた。
「しっ! 断っちゃダメだ。断ったら多分、殺される」
それはタケルだった。
『あなた、だぁれ?』
少女の視線がタケルへと向かった。
「俺は……俺は……」
駒場の背後で首吊り状態のタケルが、目を見開いた。
「俺がお前の遊び相手だ!!」
ドーンッ!
そんな擬音が彼の背後に現れたような気がした。
それ程までに堂々と、タケルは高らかに宣言したのだ。
『あなたが、チヨの? 遊び相手?』
少女は小さく首を傾げ、タケルを凝視し続けていた。
「そうだぞ? お前、チヨって言うのか。俺はタケルだ。何して遊ぶ?」
『本当に? 本当にチヨと遊んでくれるの?』
「おう! 何でも付き合ってやるぞ。好きな遊びを言ってみろ。カードバトルゲームか? それともプチ四駆か? ベイゴマードか? 何でもいいぞ」
『カード? よんく? ベーゴマ? 分からない』
そのタケルの申し出に、チヨは明らかに困惑した様子で口ごもっていた。
まぁ無理もない。
今タケルが挙げた遊びは、完全に彼の年代の男子が好みそうな遊びばかりだったのだから。
「分からない? そっか。じゃあ俺が教えてやるよ! じゃあまずはカードバトルからだ!」
やはり高らかに咆哮するタケルと困惑するチヨの様子に、見かねた駒場が助け舟を出した。
「いやちょっと。どう見てもその子、困ってるじゃないか。それにカードバトルってどうやるんだよ。ここにカードなんかないじゃないか」
「ここは小学校だぞ? 6年の教室の机を探せば、きっとカードくらい忘れていってるに違いない」
「いや有りそうだけども! いきなり賢そうな事言うなよ。そうじゃなくて、遊ぶなら彼女の好きそうな遊びをしたらいいんじゃないか? ねぇ、君。君は何して遊びたいの?」
優しげ問い掛けた駒場の言葉に、チヨは少しは安堵したらしい。
頬をひきつらせながらも微笑むと、静かに答えた。
『チヨが好きなのはね……』
「好きなのは?」
『尻子玉抜きよ!!!』
目を見開き、口は耳まで裂けた、突如として変貌した凶悪な面構えに、
「「ぎゃぁぁぁぁ!!!」」
駒場とタケルは同時に絶叫するのであった。




