第43話 イチョウの記憶
「早速お伺いしますが、あなたは旧蘆場邸に生えていたイチョウで間違いありませんね?」
『相違ない』
「では、蘆場家最後の当主である蘆場正安さんが無理心中を起こした事件について、記憶されてますか?」
『あれか。覚えておるぞ。まるで昨日の事のように鮮明にな』
「それは良かった。私達はその件についてあなたにお話をお伺いしたいのです」
『良かろう。妾の体に手を触れるが良い。汝の頭に直接、妾の記憶を投影してやろう』
「ありがとうございます。駒場さん、タブレットを貸して下さい」
振り向いて手を差し出す迅華に、駒場はリュックから取り出したタブレットを手渡した。
「今から私を介してこのタブレットに事件当日の記憶を投影します。念の為に撮影しますので、操作をお願いします」
「分かりました」
迅華の手に乗ったタブレットの画面をタップすると、駒場は録画機能を起動させた。
「準備OKです」
「では行きます」
駒場の合図を受けると、迅華はイチョウの木の幹に左手を這わせた。
すると、すぐにタブレットに動画が再生され始めた。
―――
それは、日本家屋の縁側と玄関だった。
恐らくはイチョウの木が生えていた位置から見える景色なのだろう。アングルは変わらず、まるで定点カメラのように同じ場所を映し出していた。
静止画のような同じ映像が表示され続ける事、数秒。ようやく動きが現れ始めた。
縁側の内側に張られたガラス窓に血飛沫が飛び、続いて人影が現れたかと思うと、窓に倒れ込んできてガラスを砕いた。
続き、その窓が勢い良く開かれ、室内から2名の男性が駆け出して来たが、1名は背後から頭を撃たれ、もう1名は同じく背中を撃たれて倒れ伏した。
更に室内から銃声が響き、同時に女性の悲鳴が木霊したが、それもすぐに銃声にかき消された。
またしばらく画面は沈黙したが、すぐに動きがあった。
猟銃を携えた男が縁側に飛び出してくると、縁側に沿って発砲した。
また悲鳴が木霊した。
恐らくはこの男性が蘆場正安なのだろう。
その双眸は血走り、細かく痙攣しているように見えた。
正安は震える手で弾を込め直すと、庭に向かって2度、発砲した。
そしてまた室内へと消えて行った。
更に発砲音が響き渡り、沈黙が訪れ、再び発砲音。それが3度繰り返された。
聴こえた銃声は全部で12回。
蘆場正安の凶行が終わりを告げた事を意味していた。
―――
「グロっ!」
夕実が顔面に当てた両手の指の隙間から覗かせた目を瞑ると、すぐにそう呟いた。
「ああ、酷いね。映画だとでも思ってないと、とても注視出来ない映像だよ。本当に動画で良かったって思う」
駒場もまた、疲れたように息を吐いて呟いていた。
「さて、問題なのはこの後です。イチョウさん、この後ですが、誰かがここに駆け付けたりはしませんでしたか?」
『うん? この後か? ……そうだな、そう言えば、いたな。この男か?』
動画はずっと定点ではあるものの、縁側の血溜まりが流れる速度が上がった。どうやら早回しでもされているようだった。
そして更に数秒後、玄関に向かって、ひとりの男性が駆け込んで来たのだ。
「あっ! 誰だろ?」
未だに手で顔を覆ってはいたものの、しっかりと見てはいたらしい夕実が声を上げた。
それはスーツにハットという出で立ちの成人男性だった。
男性が屋内へ駆け込むと、それからまたしばらくは何の動きも無くなった。
「後ろ姿だけだから分からないけど、本当に誰か来てたんだね。これがあの手記の筆者なのかな?」
駒場の声は既に冷静であった。
きっと、映画とでも思い込む手法で感情を抑えているのだろう。
そしてまた数分が経過した頃、再び銃声が響いた。
「あっ」
「これが、正安の自殺かな……」
今度こそ、もう動きは無くなった。
耳障りな銃声が鳴る事は二度と無く、代わりに、先程の男性がゆっくりと玄関の中に姿を現した。
右手に猟銃を携えて。
「え? この人、鉄砲を持ってますよ?」
「ほ、本当だ」
「どういう事?」
玄関から出て来る前に、男性が猟銃を投げ捨るのが見えた。
そして後ろを振り返り、少しだけ間を置くと、玄関から駆け出して来た。
ここでようやく、男性の顔が判明した。
そこまで年齢を重ねていない若者。精悍で、美男子と言える顔付きをしていた。
「この方はどなたか分かりますか?」
『この男か。確か、たまにここにやって来る者だったな。名は確か……駒場源二とか言ったか』
「え?」
イチョウの木から放たれた名に、駒場はすぐ様に反応した。むしろ、これで反応しない方がおかしいだろう。
「駒場源二って、確か、先輩の……」
「祖父の祖父……高祖父の名前だ……」
駒場の声は乾ききっていた。
「え、だって、お祖父さんが言ってましたよね? 当時からもう交流は途絶えてたって」
「そうは言ってたけど、それは単に、高祖父が祖父に隠してただけだったんだろうね。実際には、こうやって交流があったんだ……」
「隠したかったから、手記にも名前を伏せてたって事?」
「分からないよ。僕には……分からない」
落胆したような駒場の言葉が発されたと同時だった。
「はいっ!」
迅華が、突如として駒場の背を強く叩いた。
「いった!」
思わず声が漏れ、反射的に駒場が振り返った。
「駒場さん。何を落ち込んでるんですか? さっきも言いましたけど、あなたのご先祖が何をしてようが、あなたには関係無いんですよ。まずは気を確かに」
「……はい」
「ここまで見たからには尋ねるしかありませんね。イチョウさん。この方は、どうして猟銃を持ってたんですか?」
迅華の質問に、イチョウはただ淡々と答えるだけだった。
『無論、この者が、正安を撃ったからだ』
駒場がその場にへたり込んだ。
「やっぱり」
最悪の想像を肯定された。
それだけで、駒場を打ちのめすには十分であった。
「駒場さん。どうしてあなたのご先祖様が蘆場正安を撃ったのか? ここからの焦点はそこになります。イチョウさん、何故かは分かりますか?」
『そこまでは分かりかねるな』
「ですよね」
タブレットを夕実に手渡すと、両手が自由になった迅華が駒場の前に膝を突いた。
「これは私の推測ですが、彼が蘆場正安を含めた幾人かの霊能者の活動を書き記していたという事は、彼もまた、そういった活動に理解のある人物。もしくは、彼自身も霊能活動を行っていた人物の可能性があります」
その瞳は、やはりとても強い光を湛えていた。
「これまでの状況を整理すれば、ほぼ、除霊を行おうとした結果だとは思うのです。なので、しっかりと事実を見極めましょう」
強い光を湛えて、駒場に手を差し伸べていた。




