第42話 困った時の霊能捜査
「これを書いた人って、どうして正安さんが無理心中した時の時系列を知ってるの?」
夕実の指摘に、駒場もまた眉根を寄せた。
「た、確かに。あまりに自然に書かれてたから気付かなかったけど、これは事実を記した物のはずで、創作じゃない。その場に居た者しか、この書き方は出来ないはずだね」
「それかまぁ、創作か。ですけどね」
ふたりとは対照的に、迅華はあっけらかんとしたものだった。
「え、創作なの? じゃあなんの手掛かりにもならないじゃん!」
迅華から返された指摘に、夕実は久々にどてーん! っとひっくり返った。
「まぁ創作だったら、の話ですよ。現時点では不明です。ちなみにこの手記を書いた方のお名前なんかはどっかに書いてありますか?」
迅華に言われて駒場はノートを閉じ、表紙や裏表紙を確認するも、それらしき名前はどこにも見当たらなかった。
「書いてないです」
「なら、創作じゃないかもですね。創作なら、作者はご自身の作品だと誇示したくなるものですから」
「そう言われればそうなんですけど……どっちなんですか? 創作なのか違うのか。それで全く見方が変わりますけど」
「そうだそうだ!」
駒場の抗議が始まったと同時に、夕実も起き上がり小法師のように場に復帰してきた。
「どっちかに偏らない方がいいですよ、こういうのは。どちらの側面からも検証しないと、正しい判断は出来なくなりますから」
「くっ! なんて冷静な!」
迅華の反応に、夕実は口惜しそうにそう漏らした。
「まぁどちらにしろ、この人物自体が正安さんと近しい人物だった事は間違いないでしょうね」
「そうですね。少なくとも、正安の変化を知っている者じゃない限りは、前半の記述は書けないですから。しかも他の蘆場の仕事にも詳しい人物でもある。重要人物なのは間違い無いですね」
「はい、そういう事です。というわけで、この人がどこのどなた様で、これ以外に何かを書き残してないか、それを探ったら良いのではないでしょうか。そうすれば、正安さんがどこから霊を連れて来たのかも分かるかもしれません」
「えー? でもさ、名前も書いてないじゃない。どうやってこの人の書いた物を他に探すの? 筆跡鑑定とか?」
夕実の疑問は、至極真っ当なものと言えたのだが、迅華は首を横に振った。
「いえいえ、顔なんかが分かれば大きな手掛かりです。誰なのか特定がしやすくなると思います」
「顔? 顔って、誰かも分からないのに? しかも顔から特定って、順序逆じゃない? 普通は特定してから顔でしょ」
迅華のトンチンカンな発言に、夕実は勿論、駒場も眉根を寄せる始末だった。
「名前は分かりませんが、顔は分かるはずです。その当時の事を見ていた者に尋ねれば、顔は分かるはずなんです」
が、迅華は更にトンチンカンな事を言い出したから、ふたりは仰天した。
「え? 当時を見ていた? 誰がです? 昭和初期ですよ。そんな長生きな人はいませんよ」
ふたりを代表して尋ねた駒場に、迅華は微笑みながら答えた。
「先程、駒場さんのお祖父さんが仰っていたじゃないですか。郷土資料館の裏のイチョウは、元々は蘆場邸にあったイチョウだって」
「えー!? イチョウの木に訊くって事!?」
その答えに、夕実は更に仰天した。
「ええ。そういった古い樹木には、大体が神霊が宿っているものなんですよ。樹霊って言った方がいいんでしょうかね? その樹霊ならば、恐らくは当時の事を克明に記憶しているはずですよ」
「出た出た! 迅華の霊能捜査!! そういう事かぁ。それなら、該当者の顔が判別出来るんだ」
「はい、そういう事です。なので、また郷土資料館へと戻りましょう。めんどいですが、それが解決の近道ですので」
「分かりました。では、祖父にお願いして、この手記は持ち出させてもらいましょう。それで、一旦、イチョウの木の所に戻りましょうか」
「ええ、そうしましょう」
相変わらず、迅華は斜め上のアイディアを提示してくると、駒場も夕実も半ば呆れていた。
とは言え、これ程に頼りになる裏技も他には無いのも確かである。3人は、またしても移動を開始するのであった。
「あ、その前に一旦、703号室に寄ってもらっていいですか? ちょっと忘れ物がありまして」
その前に、迅華の用事を済ませてから。
―――
3人がイチョウの木の前にやって来たのは、午後3時頃になってからだった。
大きな公園とあって、周囲には親子連れや小学生グループが遊んでいる、そんな人目の多い時間帯であった。
「え、大丈夫なの? 今から霊と話すんだよね? こんなに人が多くて、怪しまれない?」
周囲を見回しながら、夕実が不安そうにそう漏らした。
「大丈夫ですよ、どうせ霊は見えませんから。周りからは私達が木と話してるくらいにしか思われないでしょう」
「いやそれめっちゃ怪しくない?」
「怪しくないですよ。たまにいるでしょう? 草木とか動物に話し掛けてる人。そんな感じにしか見えませんよ、きっと」
「ああ、確かにいるね。そして確かに怪しいとは思わない。そういう心優しい人なんだなって思う」
「ですよね? 良かったですね。夕実さんも心優しい人に見えますよ」
いつもながらヘラつく迅華だったが、まぁその内容が内容だけに、夕実も駒場も悪い気はしなかった。
「では、初めましょう。出ませい、タケルさん」
話しがひと区切りすると、迅華は唐突にタケルの名を呼んだ。
「はいぃ!!」
瞬間的に、イチョウの枝から首を吊ったタケルが降って湧いた。
「あ、忘れ物ってタケルだったんだ」
「そうです。一応はこの作業にもファンタジー力が必要なので、タケルさんを連れて来ました」
「イエス! 俺もいつ呼ばれるかと心待ちにしてましたよ!」
ようやく出番が回ってきたタケルは、いつもよりも更にハイテンションでブラブラと揺れていた。
「それでは……」
迅華は木の幹に手のひらを這わせると、静かに目を閉じた。
「レェイ……ヴェイ……トワ。我が声に答えよ。樹の魂よ」
呪文を唱えた瞬間、迅華の毛先のシルバー色が一気に頭頂部まで駆け上がった。
『誰じゃ……妾を眠りから醒ます者は』
迅華の変貌に気を取られていた夕実と駒場が声のした方へ振り返ると、そこには、木の幹に女性の顔が浮き上がっていた。
その口許が、確かに動いて言葉を発していたのだ。
「やぁどうもどうも。おネムのところ申し訳ありませんね。私は勇者エクレール・サイザーと申します。あなたにお伺いしたい事がありまして、目覚めて頂きました」
いつも通りの砕けた物言いに、イチョウの木が眉根を寄せた。
『勇者? 汝、酔っておるのか?』
イチョウの木の反応はまるで人間のようなものだった。
誰だって、自分を勇者などと宣う者は、酔っ払いか何かだと勘繰るだろう。
「あっはっは。別に酔ってはいませんけど、まともな人間じゃない事は確かですね。過去、居ました? あなたを目覚めさせるような人間が」
『ふぅむ……確かに、樹霊と対話出来るような人間はおらぬな。あい分かった。汝の問いに答えよう。何でも訊くが良い』
そのやり取りを、夕実と駒場は惹き込まれるような思いで見守るのだった。




