第41話 駒場家
駒場が同居している祖父は現在75歳。現役時代は農家をしていたが既に仕事は引退しており、今は家で気ままな年金生活を送っていた。
「爺ちゃん? 爺ちゃん、いる?」
迅華と夕実を連れて帰宅した駒場がそこそこ広い古民家の自宅内を捜索すると、リビングでネット将棋に興じてる祖父を見付けた。
「おお、真九郎か。どした? こんな真っ昼間に帰ってきて。って、あらお客さんかい?」
春半ばとは言え、家で動かずにネット将棋をしているのはそれなりに寒く感じるものだ。駒場爺ちゃんは、ダボダボオーバーサイズのスウェットパーカーとトレーニングパンツという、孫の駒場よりも断然オシャレな出で立ちで、ちゃぶ台の前に腰を下ろしていた。
「あれあれ、しかも女性のお客さんとはこりゃおったまげた。今お茶を用意するから、掛けて待ってておくれよ」
「いいよ爺ちゃん、僕がやるから」
年齢が年齢だけに、足腰に負担が掛かるのだろう。ゆっくりと立ち上がろうとする祖父を制し、駒場は迅華と夕実に座布団を用意すると、台所へと向かって行った。
「いやー、孫は滅多に友達を連れて来んから油断してたよ。こんな綺麗なお嬢さんをふたりもお連れするとはなぁ。いや、大人になったもんだ」
特に誤解も何も無さそうだが、祖父は感慨深そうにふたりを眺め回していた。
「急にお邪魔してすみません」
夕実が居心地悪そうに会釈するも、迅華の方はその限りでは無さそうだった。
「駒場さん。駒場さんは蘆場家の分家なんですよね?」
「いきなり核心!? しかも先輩不在なのに!?」
その唐突の切り出し具合に、夕実は仰天するしかなかった。
「おお、そうじゃよ? そういう御用で来なすったのかい?」
「はい、そういう御用です。蘆場正安さんって方の事件をご存知ですか?」
「おおお! そっちか。わしゃてっきり、陰陽道についての質問かと思ったが、そっちかい」
祖父は頭を撫でると、ふぅと息を吐いてから語り始めた。
「蘆場の家は、確かに駒場の本家筋だが、明治には血縁は途絶えているって話でな。蘆場正安の時代だと、こっちはわしの爺さんである駒場源二の代だったが、その頃からもう交流すら無かったって話なんだ。だから、事件があった時も、爺さんは新聞で知ったくらいで、全く他人事のように思ったって聴いた事があったな」
「なるほど。では、真九郎さんの仰っていた事は事実だったんですね」
「真九郎がわしから聞いた事を言ったんだとしたら、間違いないな。それにな、蘆場姓の家は日本中にあるんだよ。蘆場道観はその道では有名だから、姓が同じなら子孫を名乗りたくなる気持ちも分かる。正直、蘆場姓を名乗ってる家が全て繋がっているかも怪しいところだ。だがわし個人としては、駒場が蘆場の分家筋だとは思った事も無いよ」
「話しは承知しました。駒場さん。この後、真九郎さんが戻って来て、きっと同じ事を訊くと思います。ですが、今のまま、ありのままをお話し下さい」
「ん? 分かったよ。ちょっとすんませんが、わし、手洗いに行ってくるから、お嬢さん方は楽にしてるとええ」
そう言ってリビングを後にした祖父を見送ると、夕実が迅華に耳打ちするように尋ねてきた。
「今の、どういう事?」
「校閲ですよ。先にある程度お伺いして、もし私が問題有りと判断したくだりがあれば、伏せて頂くつもりでした」
「え? なんで?」
「先程、おふたりの会話は聴いていました。駒場さんは、ご自身のおうちに何かあるなら向き合う責任があると仰っていましたが、私に言わせればそんな必要は微塵もありません。生まれる遙か以前の出来事なんて、駒場さんにもお祖父さんにも何ら関わりの無い事ですから。今を生きる皆さんが、そんな過去のしがらみ等に囚われる必要なんてないんですよ」
「そ、そう言われれば、そうかも」
夕実は自分達の決断を否定された気になった。
気にはなったが、迅華の一言によって、肩の荷がおりたのも確かだった。
この人は、緋の鳥ばかり読んでいたけれども、それでもきちんと自分達を見ていてくれるんだと、感心と共に安心感も抱いていた。
―――
祖父は、駒場と共にお茶を携えながら戻って来た。
ようやく4人が揃うと、まずは駒場が祖父に、先程の迅華と同じ質問を行った。
祖父もまた、迅華にした説明と同じ事を語って聴かせた。
夕実はそのやり取りを安心しながら見守る事が出来た。この事実だけで、迅華の行いを肯定する強い根拠だとも感じられるのだった。
「そうなんだ。行き来も無かったんだ。じゃあ、その旧蘆場邸の具体的な様子とかは分からない?」
「分からんなぁ。具体的な様子ってのは、例えばなんの事だい?」
「例えば……庭に離れが建っていたとか」
「うーん、そういう方面の事は、何もなぁ。ただ、あれだ。蘆場の家が、家系を理由に陰陽師の仕事をしてたってのは聴いた覚えがあるな」
「陰陽師の仕事? それって、政府に依頼されて占星術をやってたって事?」
「いんや。いわゆる霊能者、霊媒師ってやつよ。本当に出来るのかは知らんが、方々へ行っちゃ、そういう仕事を請け負ってたらしいぞ。その辺なら、納屋に資料が残ってるかもしれん。うちも一応はそういう家系だっつって、わしの親父が真似事をしようとして本やらなんやらを集めてたからな。ほら、お前も小さい頃よく読んでおったろ。あれだよ」
「あ、そうか。あれか。でも、あれにそういう歴史的な事なんて書かれてたっけなぁ?」
「お前は小さいから、自分の興味あるもんしか読まなかっただろ? 納屋にはもっとたくさんの本があるから、気になるなら調べたらええわ」
「うん、分かった。じゃあ、ちょっと調べてくるね」
「それがええ。あ、後な」
「何か思い出した?」
「市の郷土資料館の裏に、でっけぇイチョウの木があるだろ? あれは旧蘆場邸を取り壊す際に市に寄贈されて、移されたやつらしいぞ」
「え? そうなんだ。じゃあ、もしかしたら他の物も資料館にあったりするのかな?」
「そこまでは分からんな。まぁ、またなにか思い出したら教えてやるから、お前は納屋でも調べて来い」
「うん、分かった」
そうして、迅華達3人は納屋へと向かった。
祖父の言っていた通りに、納屋にはかなりの量の古い文献資料が保管されていた。
それらを調べていくうちに、1冊の手記のようなノートに行き当たった。
そこには、蘆場正安を始め、何人かの蘆場姓が手掛けたという除霊に関しての内容が記されていた。
その中に正安ついての記述を発見した。
【蘆場正安は、北陸のとある豪農の依頼で除霊を請け負った。それ以降、彼は突如として乱心する事が多くなった。最初は時たま癇癪を起こす程度であったが、次第に頻度を増していき、しまいには家族に暴力を振るうようになった。そしてある日、遂に蘆場正安は家族と使用人をその手に掛けた。正気を取り戻した正安はその光景に恐怖し、絶望し、その命を絶った】
要約すると、そのような内容であった。
「……これって、どういう事?」
その記述を読み終えた夕実が、迅華へと振り返った。
「断定は出来ませんが、恐らくは、正安さんもまた、霊に憑かれたのかもしれませんね」
「それもそうなんだけどさ……」
夕実は息を飲んだ。
「これを書いた人って、どうして正安さんが無理心中した時の時系列を知ってるの?」




