第40話 郷土資料館
郷土資料館は図書館から徒歩10分程度。住宅街から少し外れた、市民の憩いの場となっている広大な公園の敷地内に位置していた。
なんでも、市内の古民家を移設して流用した、文化財指定されている建物なんだそうだ。
裏手には大きなイチョウの木がそびえており、その風情ある佇まいは、身近な地元の建物にあって、ポストカードの中のどこか遠くの景色のようにも思えた。
資料館内部は地域の伝統工芸や出土品、その他生活の痕跡を感じられるような品々が並べられた展示スペースと、文献資料が収められた閲覧スペースに区切られていた。
閲覧スペースの利用料金は大人1人300円。
「また小銭ですか!」
やはり迅華は大いに不満を露わにしていた。
「ここは僕が出しますので……」
駒場が気を利かせ、事無きを得たのだが。
「まずは古地図を確認してみましょう」
図書館に比べれば大分蔵書の少ない閲覧室には3人掛けの折り畳みテーブルが3卓。迅華達以外に利用者のいない状況で、早速図書館と同じ古地図を広げてみた。
「やはりこの地図にも黒塗りがされてますね」
こちらの古地図もコピーのようで、どうやら原本が既に塗り潰されている事が想像出来た。
「じゃあ、地域の歴史をまとめたものを探してみましょうか。あそこの地域は……あった、これです」
金属製のラックから、青い表紙の厚紙バインダーを取り出した。
中には、当時撮られた白黒写真がメインに据えられ、恐らくはこの資料の編さん者が書き記したであろう、手書きの説明書きで補足されたページが延々と続いていた。
「わぁー……田舎って感じですね。田んぼとか畑だらけだ」
写真を目にした夕実が引いたような感想を述べた。
「まぁ、昭和初期だからね。この辺も、駅周辺以外はほとんどが農地だったんだね」
「この写真は何ですか? 背の低い木が並んでますけど」
「これは、きっとブドウ畑だね。ほら、青梨は日本で初めてワイン生産をした県だから」
「え? 勇市にもブドウ畑あったんですか?」
「みたいだね。今は永倉市とか山南市とかが有名だけど、昔はこの辺にもあったんだ」
夕実と駒場が歴史の勉強をしている脇で、迅華は熱心に、図書館で借りてきた緋の鳥の続きを読み耽っていた。
「あ、見て下さいよ。おっきなお屋敷の写真」
「本当だね。これは……この辺の大地主で、ブドウ農園を経営していた人の屋敷らしい」
「確か、地図だとこういうお屋敷は1軒だけでしたよね? もしかして、この写真の家が例の土地の屋敷なんじゃないですか?」
「そうかもしれないね。ええと、この屋敷の所有者は……え?」
「あ」
そのページの写真の下に記された文字を目にした瞬間、夕実も駒場も絶句してしまった。
何故ならそこには【旧蘆場邸】と記されていたのだから。
「あ、蘆場邸? 蘆場って、確か……」
「う、うん。うちの駒場家の本家筋に当たる姓だ」
駒場の声は乾いているように聞こえた。
「どういう事ですか? 駒場さんの親戚って事ですか?」
「い、いや。本家、分家って言っても、凄い昔の話らしいから。祖父から聴いた話しだと、明治時代くらいに養子を迎え入れていて、もう血縁関係は途切れてるって」
「え、それもう、赤の他人じゃないですか。先輩、見栄張ってましたね? ただ苗字が駒場ってだけで由緒正しい血筋だって誇張しましたね?」
「いやだって。やっぱそこは、見栄くらい張りたいじゃない」
夕実に詰問され、駒場は泣きそうな顔で言い訳を垂れ流していた。
「別にいいですけどね。先輩の血筋がちょっとヤバいとかだと、うちとしてもコメントに困りますし」
「だよね。僕もメンタルやられるよ」
とりあえず駒場は直接的な繋がりが無いという前提を用意し、ふたりはページを捲ってみた。
そこに貼られていたのは、当時の新聞記事の切り抜きだった。
「うえぇ……先輩、良かったですね。赤の他人で」
「うん。予防線を張っておいて助かったよ」
そこに記されていたのは、凄惨な事件の報道記事であった。
記事によると、この辺り一帯の地主であった蘆場正安が突如として乱心。家族7人と使用人5人を猟銃で射殺。その後、本人も同じ銃で自殺。実に12人を巻き込んだ無理心中が行われたという内容であった。
「じゃ、じゃあ、あのアパートの霊も、この時に殺された家族か使用人だったんですかね?」
「そう……なるのかな。でもこの記事だけじゃそこまでは分からないね。離れに座敷牢があったとか、そういった事も分からないし」
「次のページは? あ、次はもう別の話しになってますね。ワイン農園の話しになっちゃってます」
「そうか……どうしようかな。他にも資料が無いだろうか。もう少し探った方が良さそうだけど。それか……」
そこまで喋ると、駒場は途端に口を噤んだ。
そして目を閉じ、大きく息を吸い込むと、何かを決意したように再び口を開いた。
「僕の家に何か手掛かりが無いかを戻って探して……」
「先輩」
が、それを夕実が遮った。
「なに?」
「それ、本当にやって大丈夫ですか? 先輩が嫌な想い、しませんか?」
「それは……しない。とは言いきれないけど……でも、このままじゃ気持ち悪いのも確かなんだよ。もし僕の家が関わっていたりしたらって思ったら、それはそれで落ち着かないし」
「うちは、先輩がそれで良いんなら、良いですけど。でもそれで、先輩が落ち込むのは見たくないです」
「心配してくれてありがとう。僕には直接関わりの無い過去の出来事だとしても、僕の身内にそういった犯罪めいた事をした人物がいる事実は消せないから」
「やっぱそう思いますよね。うちが同じ立場だったとしても、そう思うと思うんです」
「そうだよね。これは、ここまでの可能性を調べてしまった僕の責任だとも思うんだ。だから、向き合う事も、僕の責任だと思う」
駒場の言葉から迷いが晴れたように感じられた。
夕実のほんの少しの気遣いではあったが、その気遣いが、駒場を勇気づけたのは間違いなかった。
「じゃあ、行ってみようか。僕の家に」
「はい。行きましょう。うちもお供してあげますよ」
「はは、心強いね」
そう言って、ふたりは強い眼差しで頷き合うのだった。
「というわけで、迅華。行くよ?」
「え? もうですか? 今すごく良いとこなんですけど。緋の鳥」
「1週間借りられてるんだから、また後でゆっくり読めばいいでしょ!」
夕実に咎められ、やはり迅華はほっぺを膨らませるのであった。




