第39話 1000円札の調査
「まず、あの土地にアパートが出来る前の事を調べましょう。先程の不動産屋さんに戻りますよ」
迅華に促され、3人は再び電車を使って紅沢不動産へと戻って来た。
まだ日中とあって、不動産屋は営業中。しかし今はちょうど社長は内見が入って外出中との事で、アケミちゃんのみが事務所に居残っていた。
「いやー、社長がお留守で安心しましたよ」
が、逆につまらないセクハラを受けなくて済むのは好都合とばかりに、迅華は率直に本音を漏らすのだった。
「ごめんなさいねぇ、社長、ジジィだから。時代の流れには乗れてないのよね」
スマホをいじる手を止め、アケミちゃんは接客席に3人を通してくれた。
「それで、すぐ戻って来たけど、どうしたの? 何か問題でも?」
アケミちゃんに質問を受けると共に、迅華が駒場の膝を軽く叩いた。
これは、質問は駒場がしろという合図だった。
「あの、実はお伺いしたい事があって戻って来たんです。あのアパートですが、あそこが建つ前は何があったんでしょうか?」
「アパートの前? 私が入る前の事だから知らないけど、資料なら残ってると思うわよ。調べた方がいい?」
「ええ、出来れば」
そう答えた駒場にアケミちゃんは軽く手を挙げて見せるのだが、その手は、親指と人差し指を擦り合わせているようだった。
「え」
駒場は言葉に詰まったが、それは、チップを要求している事を意味しているのは理解出来た。
「あー、分かりました。じゃあ、これで」
渋々ながら、駒場はポケットの財布から1000円札を1枚取り出すと、アケミちゃんに差し出した。
「ちょっと待っててね。今調べてくるから」
そう言ってデスクのパソコンに向かったアケミちゃんの背を見送りながら、夕実が駒場に耳打ちをした。
「なんか、アメリカの刑事ドラマみたいですね」
「いやそうだけどさ。実際にやられると面食らうんだけど」
ふたりがヒソヒソとやり合っていると、アケミちゃんはプリントアウトされた紙を携えて戻って来た。
「これがあの辺りの昔の地図よ。アパートが出来る前は普通に戸建てがあったみたいね。25年前の地図ですって」
その用紙を覗き込むと、なるほど、確かに戸建てがあった事が分かる。だが、25年前ではさほど昔の事ではない。まだ新世紀を迎えたて頃の時期で、先程の霊のように着物を着た人がいるような時代ではなかった。
「その前は分かりますか?」
「そう言われると思って、残ってる地図は全部印刷してきたわよ。これが40年前。それからこっちが60年前」
チップを受け取ったからにはやる事はやってくれたようで、アケミちゃんは意外にも気の利いた仕事をしてくれていた。
「60年前だと、戦後から高度成長期前の時期ですかね? これより前はありますか?」
「無いわね。うちの不動産屋が出来たのが40年前くらいだって話だから、そこまで昔の地図は無いわよ。それに、この勇市も戦時中は空襲があったらしいから、それより前だと民間にはあまり資料が残ってないんじゃないかしらね? 調べたいなら、図書館とか郷土資料館でも行ってみたら?」
アケミちゃんのアドバイスはとても的確で、しかも親切だった。
流石は1000円札の効果と、夕実は内心で感心していた。
―――
3人がやってきたのは勇市立図書館。結局は、地元である勇駅からの徒歩圏内の場所であった。
「電車賃が勿体ないですね」
迅華があからさまに不服そうに感想を述べた。
「すいません。僕が車でも持ってたらいいんですが、そもそも免許も取ってないので」
「取りなさいよ」
いい歳した駒場の情けない言い訳に、迅華はどこまでも直球で感想を述べ続けるだけだった。
「ちなみに、図書館がダメだった場合、郷土資料館は図書館とあんまり離れてないから、移動にお金は掛からないよ」
「それは良い心掛けですね」
別に迅華の為に近場にあるわけではないのだが、夕実のフォローを受けた迅華はご満悦そうであった。
図書館に到着し、早速古地図を調べに掛かった。
アケミちゃんの助言通り、やはり図書館には戦中、戦前の地図が保管されていた。
「戦後まもなくの地図はやはりありませんね。戦前が最新です。あのアパートの土地には、やはり民家があったようですが……敷地の広さから見て、本当に普通の民家っぽいですね。むしろ、今の半分くらいに区切られてて、2軒建てられているみたいです」
「2軒かぁ。じゃあ、そのどちらかに囚われてたんですかね?」
「いや、この感じだと、長屋みたいな集合住宅っぽい雰囲気がしているね。そうなると、座敷牢的な物を作れば、家の半分は埋まっちゃうんじゃないかな」
「じゃあ、もっと前はどうだったんですか?」
「その前の地図だと、昭和初期だね。この頃は、長屋じゃなさそうだ。広い家が建ってたみたいだね。むしろ、あの一帯がひとつの土地にまとめられている。きっとお屋敷でも建ってたんだろうと思う」
「お屋敷。じゃあ、それなら座敷牢もあり得ますか?」
「そうだね……あのアパートは、その敷地の端の方に位置している。庭の隅の辺りになりそうだ。となると、屋敷の離れに座敷牢が置かれていたと見ても良さそうだね」
「おっと。近付いてきた感じがしますね。それで、そのお屋敷はなんて人の家だったんですか?」
「ええと……塗り潰されているみたいだ」
「え?」
古地図には通常、その家の姓が記されているものだ。
現に、他の土地にはそれぞれ、姓が記されている。だがしかし、その家の姓だけが黒塗りされていたのだ。
「どういう事ですか?」
「分からないな。この家が、もしかしたら歴史から消したいような、悪名のある人が住んでいたような場所だからとか?」
「悪名ですか。確かに、座敷牢なんて物騒な物を設置しているような家ですもんね。きっと近所でも有名な嫌な人が住んでいたのかもですね」
「うーん……そこまでは地図からは読み解けないんだよね。地域の歴史書なんかを調べた方が良いかもしれない」
「じゃあ調べてみましょうか。うち、探してきますね」
「僕も行くよ」
が、流石に図書館にはそういったローカルな書物などは収められておらず、郷土資料館へと移動する事となった。
「あの、迅華さん。そろそろ移動したいんですけど、良いですか?」
「え、ちょっと待って下さいよ。まだ最後まで読めてないんで」
ふたりが真剣に話し合っていたその間、迅華はずっと、とある本を読み耽っていた。
図書館に置いてある定番の漫画、足塚修虫の緋の鳥を。
「それ、物凄く長いんで、そんなすぐ読み終わりませんから」
迅華は、ほっぺを膨らませていた。




