第36話 幽霊マンション爆誕
フルール勇703号室。
ここが迅華の新たなる住処となった。
吾郎との関係性により、賃貸契約は即時開始され、保証人も吾郎本人が買って出た為、問題無く完了した。
そしてその足で、3人は703号室へと向かったのだった。
が、契約以外の第一関門が彼らを待ち受けていた。
「水道! 電気ガス!」
部屋に入るや否や、思い出したかのように夕実が雄叫びを上げた。
「え? 要らないでしょう」
しかし、当の本人はヘラヘラしながら手を振っていた。
「要るでしょ!」
「要りませんって。水は買って飲みますし、電気もランタンがあれば大丈夫です。お風呂だって、近くに銭湯がありましたよ」
「トイレは!?」
「まぁ、裏の公園の公衆トイレで」
「ダメでしょ! しかもこれから夏が来るのに! 冷房は!?」
「あー、その辺は、なんとかなりませんか?」
「ならないよ! 勇市の最高気温を舐めるな!」
「なりませんかぁー。そーですかぁ」
やはりヘラつく迅華の態度に、夕実は頭を抱えて突っ伏してしまった。
「迅華さん。尾栗さんの言う通り、やはりライフラインは必要だと思いますよ?」
「そーですかねぇ?」
「いくら迅華さんが不老だとしても、食事や水分が無ければ死んでしまいますよね?」
「ええ、それはそうですね」
「じゃあきっと暑さ寒さも致命傷になり得ると思いますけど」
「そうなんですかねぇ? あ、でも私、病気だけはしませんよ」
「んー……それはウイルスなんかの外的要因に影響されないって事ですかね? それとも純粋に体が強いだけ?」
「よく分かりませんね。でも今まで一度も風邪すらひいたことないです」
「それは羨ましいですけど、でもやはり最低限のライフラインは引くべきだと思います」
「そーですかぁ。でもそれ、お金掛かりますよね?」
「そりゃ、掛かりますけど」
「じゃあ無しで」
「なんでやねん!!」
即答で導き出された迅華の結論に、夕実は素早く立ち上がってツッコミを入れた。
―――
一方、同じく703号室に入居したこちらも、新居の中を物珍しそうにウロついていた。
「へぇ、いい部屋ですね」
「ああ、部屋もそうだが、何よりも地場自体がとても強い。ここなら、どこでも地縛霊なタケルだけじゃなく、浮遊霊であるオレや京子も長生き出来そうだ」
「長生きって、俺ら幽霊ですけどね!」
幽霊マンション計画の一端を担う、タケル、星、京子であった。
「あたし達もこの部屋に住むんですよね? 流石に狭くないですか?」
2DKの間取りを全て見回り終えると、京子が率直な感想を述べた。
「迅華からは、マンションの中ならどこでも行き来して良いとは言われている」
「え? マンションどこでもですか? やった。それは息苦しくなくてとっても居心地良さそうです」
「だけど、他の住民がいる建物だからね。他の部屋では絶対に気配は消す事。これが条件だぞ」
「分かってますって。迅華さんが追い出されたらまずいでもんね」
「そうだぞ。俺らはあくまでも、迅華さんありきでこの世に留まらせてもらうんだからね。絶対に迷惑を掛けちゃダメだ」
「ああ、そんなに心配するな。京子は小説を書くだけが目的だし、オレに至っては、特にやりたい事もない。迅華の力になる事が目的みたいなもんだからな」
眼下でワーキャー騒ぐ迅華達を見下ろしながら、幽霊3人は穏やかに言葉を交わし続けていた。
「それに、一番心配なのは、タケル、お前だ。住人に可愛い女の子が居ても惚れるなよ?」
「分かってますって! 俺はもうストーカーは卒業したんですから! 今は迅華さん一筋っす。俺は、迅華さんの為にファンタジー力を供給し続ける。それが使命だって心得てますよ。だからふたりも長生きして、俺と一緒に迅華さんにファンタジー力をたくさん供給する手助けをして下さいよね」
「ええ、勿論です!」
「当然だ。任せておけ」
こちらは人間達とは異なり、しっかりと自分達の置かれた環境を享受し、目的を果たす事を誓い合うのだった。
―――
「とにかく、必要なものはちゃんと用意するべきです。せっかくある程度の収入を得る目処と言うか、方法が確立されたんですから、稼げばいいんですよ」
「そーだそーだ!」
「そうでしたね。んじゃ、またお仕事しますか」
意外にも早く折れた迅華の様子に安堵したふたりは、早速タブレットを用意し始めた。
「当然ですが、まだホムペの方には仕事の依頼はありませんので、また直接営業を掛けるしかないですね」
「あ、そう言えば、このホムペ見ましたけど、物足りなくないですか?」
「え? そうかな」
駒場の作成したホームページには、まず大きく【心霊現象でお困りならお任せ!】と表示がされており、次に【頼りになる霊媒師がすぐにお悩みを解決します!】といった文言が記載されていた。
そのすぐ下に【過去の解決例】という文字が点滅しており、そこをタップすると、これまで迅華が手掛けてきた案件がいくつか羅列されているものだった。
「迅華さんに聴いた直近の案件を書いてみたんだけど、足りないかな?」
「いいえ。そっちは足りてます。と言うか、うちにはそれが良いのか悪いのかはよく分かりません」
「は?」
きりっとした顔でキッパリと言いきった夕実に、駒場は眉根を寄せて返した。
が、やはり夕実はきりっとしたまま、タブレットを指差して言った。
「足りないのは、迅華の顔写真ですよ!」
「え? ああ、その事か」
「そうですよ! せっかくの美人でしかもエロい服装したお姉さんが派遣されてくるんだから、それを載せない手は無いでしょうよ! むしろそれだけで依頼なんかもう無限に舞い込んで来ますよ!?」
鼻息荒く熱弁する夕実を、迅華は冷ややかに、駒場は困ったように見つめ返すだけだった。
「いや、それは考えたんだけどね」
「じゃあなんで!?」
「それは私が却下しました。私、顔出しNGなので」
「なんでよ!?」
「だから、顔出しNGなので」
食い下がった夕実だったが、迅華の対応の圧は凄まじかった。
「え、じゃあいいです」
まるで「勝手に載せたら殺す」くらいの表情で圧を掛けてくるので、流石の夕実も提案を引っ込めるしかなかった。
「そういうわけだから、しばらくは地道に営業活動するしかないんだよ。幸いにも吾郎さんにいくつか不動産業者を紹介して貰える事になったから、順に訪ねて行く形になるね」
「うん、そうですね。それがいいですよね」
先程までの勢いが嘘のように、夕実は素直に同意するのだった。




