第34話 そして朝が来る
時刻は午前0時過ぎ。
ようやく勇駅に到着した迅華と駒場は、夜遅い為にその場で解散する事となった。
チャリで帰宅する駒場を見送ると、スーツケースを引いた迅華はゆっくりとした足取りで京子のマンションへと向かって行った。
鍵を開けて中に入り、ランタンの明かりを灯す。ヒールを脱ぎ、壁文字部屋の戸を開けると、そこでは京子が出迎えてくれた。
「遅くなってすみませんね」
『おかえりなさい。何か進展はありましたか?』
京子の問い掛けに、迅華はにっこりと微笑むと、まずはふたりで腰を落ち着けた。
スーツケースから座布団、《怨意!お茶!》のペットボトル、それから各種のスナック菓子を取り出すと、ランタンの光に照らされながら丁寧に床に並べていった。
お茶会の準備が整うと、それまで消えていたタケル、星も姿を現した。
「では、お茶にしながらお話ししましょうか」
迅華はやはり微笑むと、全員分のペットボトルのフタを開けてやるのだった。
「それでですね、多舞市に野々花さんが居る事が分かりましてね……」
「そうそう、凄い汚い部屋で、俺もびっくりするくらいだったよ」
「そうしたらこいつ、その霊園の地縛霊を一撃で叩き伏せてな。その場にいた全ての浮遊霊がビビり上がっちまって。ありゃ爽快だったぞ」
「その後、渋屋まで行く事になったんですよ」
「俺な、渋屋って実は初めて行ったんだ。可愛いギャルばっかりいるんだと思ってたけど、実際は色んな奴がいるんだな」
「そこの雑居ビルに辿り着いて、オレとタケルとで中を確認しに行ったんだ。で、遂にそこであんたの仇である藤咲野々花を見付けたんだ」
迅華、タケル、星の3人は、まるで遠足にでも行ってきたかのように朗らかに、そして明るいトーンで、事の顛末を語って聴かせるのであった。
そんな3人の語り口が、自身を気遣っての事だと、京子も深く理解していた。
いくら自身を殺害した相手とは言え、まがりなりにも親友だった藤咲野々花。その悲惨な現状はやはり、彼女にとってもショックの大きいものだったから。
『……そうなの、そんな事が……』
全てを聴き終えた後、京子は、静かに呟いた。
「ま、私も直接話してきた訳じゃないですけどね。でも、懲りてはいると思いますよ。それに、警察に保護された事で、過去の犯罪も露見する可能性は十分にありますから。もしかしたら京子さんの件も自白するかもしれません。確定事項ではないですけどね」
『そうかもしれませんね。でも、もしそうじゃなかったとしても、あたし、もう、気が済みました。迅華さんにここまでして頂きましたし、野々花自身ももうバチが当たってるって思えますし』
「そうですね。私もバチは当たってると思います」
『ですよね。もう、十分かな。あたし』
「はい。他人を恨んでも、仕方ないですよ。それよりも前を向きましょう。私、思ったんですけどね、京子さんの小説、続きを公開しましょう。私はそういうの疎いので、夕実さんか駒場さんにでも新しいアカウントを作ってもらって。京子さんが話した事を、私が書き写しますから」
『え!? いいんですか!?』
「はい。あ、でももしそれがヒットしても、報奨なんかはお渡し出来ませんけどね」
『全然いいですよ! あたしは、あたしの作品が世に出るだけで嬉しいですから!』
「そう言って頂けて安心しました」
スーツケースからノートと鉛筆を取り出す迅華を横目に、タケルと星も声を上げた。
「なんだか面白そうな事になってきたけど、幽霊が小説を発表なんて、そんなん有りかよ! 羨まし過ぎるだろ!」
「いいんじゃないか。ただ消えるだけってのもつまらんだろ。そういう才能をまだ発揮する機会を貰えるんなら、最期の最期まで、楽しんだらいい」
『はい! あたし、頑張りますから!』
「んじゃ、早速始めますか。どうぞ、いつでも仰って下さい。準備はOKですよ」
ランタンの灯りを頼りにし、迅華は床に寝そべるとノートに鉛筆を這わせた。
『ええと、そうですね……これは、とある異世界のお話です。ある田舎町に、宿屋を営む若い女性がいました。モンスターが出没して、魔法や剣で戦うその世界の中で、その女性は、特に何か特技や能力があるわけじゃない、普通の女性でした』
「ファンタジーものだな。てか京子ちゃん、どんだけファンタジー好きなんだよ」
ゆっくりと語り出す京子に合いの手を入れるタケル。彼もまた、その物語を楽しんでいるようだった。
『うん、あたし、ファンタジー大好きなんだ。それでね、その女性は普通の人なんだけど、ひとつだけ普通じゃない所があったのです』
「ふむふむ、それは?」
『それはね……』
京子の物語は、そう簡単に終わるようなものではなかった。
2時間が経ち、3時間が経ち、それでも終わらずに、京子はずっとずっと、語り続けていた。
「ねぇ、京子さん?」
京子の言葉が途切れ、少しだけ間が空いた時、迅華がふと顔を上げた。
「今日はこれくらいにして、また後で続きを書きませんか?」
『え? また後で?』
「はい。また後で。私ね、マンションを借りるんです。また後で、そのマンションで、続きを書きませんか?」
『……あたしも、行っていいんですか?』
「ええ、是非。来て頂いてもいいですか?」
壁文字の部屋に、朝日が差し込みはじめた。
「はい!」
―――
翌朝、夕実はいつも通りの時間に目を覚ました。
のそのそとベッドから這い出ると、一応はパジャマから部屋着にと着替え、1階へと下りていった。
「おはよう」
「おはよー」
ダイニングでは既に仕事着に着替えた両親が朝食を摂り始めていたが、未だ寝ぼけまなこの夕実はテーブルに着いても、テレビから流れるニュースをボーッと眺めるだけだった。
『昨日午後10時ごろ、渋屋区仏泉の雑居ビルで、女性を監禁し暴行を加えていたとして、男3人が逮捕されました。
逮捕されたのは、違法な金融行為、いわゆる闇金グループの男3人です。調べによりますと、容疑者らは多舞市に住む女性が借金を返済しないことから、女性を自宅から拉致し、渋屋区の雑居ビルの一室に監禁した上で暴行を加えていたという事です。
発覚のきっかけは「女性の悲鳴が聞こえる」という通報によるもので、警察官がビルに駆けつけると、室内には意識を失った容疑者3人と被害者の女性が倒れており、その場で3人は逮捕、女性は保護されました。
警察の取り調べに対し3人は容疑を認めているものの、「日本刀を持った女性が突然室内に押し入ってきて暴行された」などと意味不明な供述をしているとの事です。しかし、3人に目立った外傷はなく、また、尿検査の結果、3人全員から違法薬物の使用を示す反応が出たため、警察は薬物使用による幻覚の可能性も視野に入れ、慎重に捜査を進めています。
被害女性は現在病院で手当てを受けており、命に別条はないとの事です。警察は、この闇金グループが他にも同様の事件に関与している可能性もあるとみて、余罪についても追及していく方針です。この続報が入り次第、改めてお伝えします』
「最近は怖い事件が増えてきたな」
「そうね。夕実も、変な所には行っちゃダメよ?」
「ん? うん。分かってる」
ボーッと返事は返したものの、夕実はニュースの中の一節に妙に引っ掛かっていた。
(日本刀を持った女性? まさかね)
ようやく目が覚めてきたらしく、夕実はお味噌汁をすするのだった。




