第30話 幽霊よりも怖いもの
「うわぁ……これはエグいね」
ムーンダックスに戻り、入手した証拠映像を目にした駒場が発した感想がこれだった。
「ね。エグいですよね。でもね、これって証拠としては使えないんだって。せっかくこんな決定的な証拠を掴んだのに、悔しいですよね」
「んー、まぁ、そこに関しては迅華さんの言う通りだからね。まず間違いなく捏造だと思われるだろうけど、きちんと調べられたら本物だと判定されるかもしれない」
「え!? じゃあ!?」
「もし本物とされた場合、迅華さんに詮索が及ぶだろうね。迅華さんは警察に根掘り葉掘り調べられたいですか?」
「嫌ですね。めんどくさいです」
「ですよね」
「んー、じゃあ無しですね。あー、それにしても本当に悔しいなぁ。こんな酷い事した人が未だにのうのうと生きてるとか、どうにかして捕まえられないかなぁ」
季節のイチゴカフェラテに乗った大盛り生クリームをちびちび啄みなが、夕実が落胆した様子でため息をついた。
「それで、駒場さんの方は進展はあったんですか?」
同じく大盛り生クリームを口の端にくっつけながら、口振りだけは優雅に迅華が問い掛けた。
「ええ、ありましたよ。記者の人と電話で話せました。結論から言うと、藤咲野乃香は当時の捜査で、実は捜査線に挙がってたようなんですよ」
「え? マジですか?」
「うん。でも、証拠不十分だった事で、逮捕には至らなかったらしいんだ。彼女の家は例のマンションのすぐ裏手にあって、その間に防犯カメラなんかは無し。誰にも見付からずに入れるのは確実なんだけど、だからこそ目撃情報やその夜そこに藤咲野乃香がいた確固たる証拠も見付からずじまいだったらしい」
「すぐ裏に? だから浮遊霊は顔を見ただけで藤咲野乃香だって分かったんだ」
「だろうね。もし浮遊霊がその近隣住民だった人なら知っててもおかしくない距離だね」
「でも、証拠不十分ってどういう事なんですか? 藤咲野乃香が家に来てたのなら、指紋とか足跡とか、たくさんありそうですけど」
「そういうのは、普段から出入りしていれば必ず残るものだしね。もし仮に、藤咲が毎回遊びに来る度にそこを通っていれば、いつのものなのかは更に特定が難しいんだと思うよ」
「じゃあ、藤咲野乃香の家族は? 当日、家にいなかったのを知ってたりとかしないんですか?」
「一応、その証言は無かったらしい。家族は寝ていて、藤咲が外出したかどうかは分からないそうだよ」
「じゃあ怪しいじゃん!」
「そう、怪しいんだけど、疑わしきは罰せずって言うのかな? 日本の刑法や司法では、立件出来なかったんだそうだ」
「えー。じゃあ、やっぱりこの証拠は絶対に必要なやつだよね。匿名で送ってみる?」
「匿名ならやっぱり確固たる証拠にはならないでしょ。確固たるっていうのは、誰がいつどこでどうやって撮影したのかが分かってないとならないんじゃないかな?」
「うー……悔しい! 悔しいなぁ!」
「もし、この件を立件出来る方法があるとしたら、それは本人の自白だけなんだよね」
「あ! それだ!」
駒場の発言に、夕実は飛び上がるようにして姿勢を正した。
「この動画を本人に突き付けて自白させたら、それで捕まえられるんだ!」
「ああ、一応は再捜査にはなると思う」
「え? 一発アウトじゃないんですか? 」
「自白のみだと有罪にはならない。これは法律で定められてるからね。再捜査で何かしらの証拠が出て来たら、そこで初めて有罪が認められるんだよ」
「くぅ! もどかしいなぁ!」
「ただ、今の僕らでやれる事は、それしかないんだ。どうしても猪藤京子さんの無念を晴らしたいのであれば、それをやるしかないのは確かだよ」
「だってさ、迅華! やるよね!?」
迅華に同意を求めてはいるが、どう見てもやりたいのは夕実である。迅華は苦笑いを浮かべると、
「ま、いいですよ」
軽い調子で頷くのであった。
「よし決まり! じゃあ早速、野乃香の家に行こう!」
「あー……ちょっと待って。その事なんだけど」
今にも駆け出しそうな夕実を、駒場が歯切れ悪く引き留めた。
「まだ何か!?」
「いや、これも記者に聴いたんだけど、藤咲野乃香は今は青梨には居ないんだよ」
「ええ!? ではいずこか!?」
「なんで急に古風に。彼女は卒業後、上京したらしいよ。大学進学とかじゃなく、ただ出て行ったらしい」
「え? どういう事ですか?」
「彼女の家庭ね、どうやら結構なネグレクトだったみたいなんだよ。一応、高校までは行かせてもらったみたいだけど、それ以外はかなり放任されてたらしくて」
「んー、教育が良くないから、殺人までしたって事ですかね?」
「まぁ、その辺は分からないけど。とにかく今はこの街には居ない。だから、彼女と会うにはまず現住所を探る事から始めないとだよ」
「えー……」
駒場から突き付けられた現実に、
「めんどくせ」
夕実はつい本音を漏らすのだった。
―――
『藤咲さんなら引越したよ。もう1年くらい前に』
京子のマンション近くに戻り、その辺にいた浮遊霊に藤咲野乃香の家を尋ねたところ、そんな情報を教えられた。
「え? マジ?」
「娘が出て行ったと同時期に引越しとは、やっぱり闇が深いのかもね。もしかしたら、もう絶縁みたいな状況もあり得るのか」
冷静に推測を述べる駒場に、夕実は食ってかかった。
「そんな悠長な事言わないで下さいよね! どうしたらいいのか分からなくなったじゃないですか!」
「僕に怒るなよ! 可能性があるとすれば、イニグラとかSNS関係からじゃないか? その辺は僕より尾栗さんの方が得意だろ?」
「え? イニグラ? え、ここから住所なんか分かるはず……」
ぶつくさ言いながらスマホをイジり始める夕実だったが、その指さばきはおよそ人間業とは思えぬ程速く、次々に色んな画面を表示させていく。むしろ、よくその速度で画像を把握出来ていると感心させられる程の速さだった。
「ニックモックもやってるみたいだけど、この人、割と危ないわ。結構風景写り込ませてて、しかも家のそばとか言っちゃってる。同じっぽい橋が何枚か写ってるし、ニックモックの方には電車の音が入ってる。この橋……グングニルレンズで検索したら、多舞市にあるらしいですよ?」
「ほら、やっぱり得意だった。じゃあ彼女は今、多舞に住んでるんだ。その橋の近くで、しかも線路沿いとなると、かなり範囲は狭いと思うけど」
今度は駒場がタブレットで地図を開くと、該当する地区を拡大して見せた。
「大体この辺だろうね」
そんなふたりのやり取りを眺めていた迅華は、呆れたように言い放った。
「なんですか、その特定力。霊なんかよりおふたりの方がよっぽど怖いですよ」




