第3話 鎌渡迅華の正体
尾栗吾郎、45歳。
夕実の父である。
彼は地元青梨県の大学を卒業後、家業である不動産業を継ぐ修行の為に、1度東京の大手不動産企業に就職、上京した。
27歳で、1年後輩の同僚、綾川澄子と結婚。28歳の時に一人娘である夕実を授かった。
それから8年、みっちりと不動産のいろはを習得した後、退社。地元青梨県に戻って実家の不動産屋に入り、現在は父の下、専務取締役を務めていた。
「改めて紹介するよ。この方は鎌渡迅華さん。霊媒師の方だよ」
「どうもー。鎌渡迅華でーす。宜しくお願いしまーす」
リビングダイニングのテーブルに着いてお茶を囲むと、吾郎が件のネイビーシルバーの女性を紹介し、ネイビーシルバーの女性は思いの外に軽い自己紹介を行った。
しかしそれよりも引っかかったのは、
「あ、尾栗夕実です。って、霊媒師?」
父のそっちの一言だった。
「まさか、うちに幽霊が出たの?」
夕実は訝しんで問い返した。
「いやいや、そうじゃないよ。実はうちで扱っている物件の中にいくつか事故物件があるんだけど、その中で特に幽霊の目撃情報が多いマンションがあってね。その物件の除霊を、彼女に依頼したんだよ」
「あ、そうなんだ」
内心で夕実は胸を撫で下ろしていた。
夕実は特に霊感などが強い自覚は無いし、むしろそういったオカルト話には興味の無いタイプである。とは言え、自宅に幽霊が出るなどと聞かされれば、それなりに気味悪く感じるものだ。
「え、じゃあ、どうして霊媒師さんがうちに?」
「うん、彼女にはホテルを用意したかったんだけど、運悪くちょうど近隣の宿が全て満室でね。宿が取れる場所からだとかなり遠くなりそうだったんで、うちに泊まって頂く事にしたんだよ」
確かに、夕実の住む青梨県には観光名所となる神社仏閣が多数あり、この春休みシーズンは観光客で非常に賑わう土地だ。
特にこの勇市近郊は各観光地へのアクセスが良い立地とあって、毎年この時期には宿が埋まる事がままあった。
「そうなんだ。分かった」
夕実はなるほどと納得していた。
それは、このネイビーシルバー頭の女性が自宅に泊まる事ではなく、東京から遠く離れたこの勇市にいた事についての納得だった。
「そういう訳で、今晩一晩、お世話になりますね」
何故かテヘペロっとやってウインクする迅華に若干イラつきながらも、夕実は胸のつかえがひとつ取れた事に安堵していた。
後のもうひとつのつかえが彼女の年齢について。これについては、もしこの後の展開で時間があれば訊いてみよう。夕実はそんな事を思いつつ、母と共に客間の準備に向かうのだった。
―――
「って、なんでうちの部屋にいるの!?」
いや、安堵する暇など無かった。
諸々の準備を終え、夕実が風呂から上がって自室に戻ると、そこには何故か迅華が布団を敷いてぐでーんと横になっていたのだ。
「え? 泊まるから?」
「いやいやいや! あなた、客間が用意されてるでしょ!? さっき母がお布団用意してくれてましたよね!?」
「そうそう。それがこのお布団です。持ってきました」
ぐでーんと横になったまま、迅華は布団を叩いて笑っていた。
「なんでわざわざ!?」
「いやー、だって、せっかく若い女子がいるお宅にお邪魔する訳ですし、どうせなら一緒に女子トークしたいじゃないですか。で、どうなん? 最近好きな男出来たん?」
「いやしないし! 女子トークしないし!」
パジャマ姿で憤慨する夕実を他所に、迅華は壁際に置いたスーツケースを開くと、中からパジャマを取り出し始めた。
「じゃあ私もお風呂を頂きましょうかね」
「話し聞いてないし!」
マイペースな迅華に翻弄されっぱなしの夕実は、その場にどてーん! とひっくり返った。
「まぁまぁ、女子トークは冗談ですよ。私が夕実さんのお部屋にお邪魔したのは、あなたが私に訊きたい事があるんじゃないかと思ったからでして」
ひっくり返ったままの夕実だったが、突然話題を変えた迅華の反応に驚き、勢い良く座り直した。
「え!? うちの事知ってるんですか!?」
「ええ。さっき、近くのガオンで私の事見てましたよね?」
「気付いてたんですか!?」
思ってもみなかった迅華の言葉に、夕実は一気に背筋が冷たくなるのを感じた。
「ええ、そりゃあんな3度見されましたらねぇ。しかも夕実さん、子供の頃も一度、私の事をガン見してましたよね?」
「ええ!!??」
更に畳み掛けられる迅華の言葉に、夕実はいよいよ度肝を抜かされていた。
「おおお、覚えてるんですか!? あの時の事!」
「ええ、そりゃもう」
迅華は笑顔で座り直した。
「では、改めて自己紹介を致しましょう。私の名前は鎌渡迅華。本名はエクレール・サイザーと言いまして、元々はこことは別の世界で勇者をやっておりました」
「は?」
その改めた自己紹介の内容に、勿論夕実は口を半開きにして間の抜けた声を漏らすしかなかった。
「私は勇者としてモンスターや魔族と戦ってたんですけど、力及ばず、死んでしまいまして。そしたら、神様に他の世界に転生しませんか? みたいなオファーを受けまして、私はめでたくこちらの世界で新しい人生を歩む事になったという訳なのです」
迅華の説明は普通に考えれば信じられるようなものでは無い。だが、夕実は即否定する気にはなれなかった。
確かに普通じゃないが、転生という言葉自体はもはやマイナーでも何でもない。むしろ最近の創作界隈では主流のひとつでもある。現に《サクッと転生!パリピュア!》でも主人公の女の子達は転生してパリピュアになる力を授かっているくらいだし、もはや現実にあると言われてもまぁそれなりに信じられるくらいにはメジャーな現象になりつつあるだろう。
「ええと、異世界転生ですか。創作の中でしか見た事ないですけど、本当にあるんですね」
「はい。私も最初は驚きましたけどね。という流れで、私がこちらの世界にやって来たのが今から大体、30年くらい前ですかね」
「さ、30年前!? その見た目で!?」
「はい。夕実さんが訊きたかったのってそこですよね? 私の見た目。実はですね、私、転生してからずっとこの見た目なんですよ。むしろ見た目以外の内側の部分も老化しない、不老の状態と言えます。なので、夕実さんが出会った10年前の私は、私本人で間違いないですよ」
「ふ、不老……すごい。羨ましい」
羨ましい。
迅華の回答に、夕実は心の底からその言葉を漏らしていた。
「まぁでも、そんな良いものでもないんですよ。老化しないのは、私がこの世界の理から外れた存在だからでして。老いはせずとも死にはするんです」
「え? 死んじゃうんですか?」
「はい。私は、ファンタジーの世界から来ましたので、ファンタジーな力であるファンタジー力が、生命活動に必要なんです。それが切れると死んじゃいます」
「その、ファンタジー力ってのは何なんですか?」
「それはですね……」
「それは……」
「私にもよく分かりません」
「はいお約束の引きぃー!」
夕実はどてーん! とひっくり返るのであった。




