第29話 浮遊霊の証言
「僕はこのネット記事の記者にコンタクトを取ってみるから、ここに残るよ。聴き込みが終わったら、またここで落ち合おう」
ムーンダックスに駒場を残し、4人は再び京子のマンションへと向かって戻り始めた。
「そう言えば、その藤咲野乃香さんって方の顔写真とかって手に入りますか?」
道すがら、迅華が思い出したように夕実に尋ねた。
「あ、それは大丈夫。京子ちゃんがクラウドに保存してたデータへのアクセスパス教わったから……」
そう言って夕実がスマホに表示させた画像には、学校の文化祭で撮ったものだろうか、制服姿の京子ともう1名の少女が写っていた。
京子には失礼だが、彼女とは不釣り合いな、明るい髪色の派手めな美少女。性格は顔に出るとは言うが、とても殺人を犯すとは思えない、陽キャそのものな笑顔を浮かべてダブルピースをするJKだった。
「これだね」
「はぁー、これが。なんか、ネット小説に興味があるような方には見えませんね」
「うん、うちもそう思った。だから京子ちゃんのイニグラのコメから探してみたんだけど、こいつっぽいアカを見付けたんだよね。それがこれ」
次に夕実が開いた画面は、凄まじい加工が施された藤咲野乃香らしき少女の自撮り画像で埋め尽くされていた。
「この感じ、承認欲求モンスターなんだと思うんだわ」
「なるほど。イニグラだけでは物足りず、他の分野でも注目されたいと、そう思ったからの盗作や乗っ取りって事ですかね」
「そうだと思う。うちにはよく分からん感覚だけど、きっとネットの世界がこいつの全てだったんじゃないかな」
「私にもよく分かりませんね。スマホ持ってませんので」
迅華が身も蓋もない締め括りをしたところで、4人は京子のマンションへと辿り着いていた。
「さて、んでは……タケルさん」
「はい!!」
ようやく出番が来たからだろうか、無駄なハイテンションでタケルが迅華の前に降ってきた。
「ちょっとそこいらを飛び回って、浮遊霊の方がいないか探してきて下さい」
「はい!! 行ってきます!!」
勢い良く飛び去るタケルを見送ると、夕実が迅華に尋ねた。
「星さんは行かないの?」
「星さんは飛び回ると霊力を消費するので、待機です」
「そうなんだ」
夕実が相槌を打った直後、タケルが戻って来た。
「え? もう?」
勿論夕実は驚いたが、タケルはきちんと老若男女様々な5名の浮遊霊を連れていたので、シンプルに彼が有能だっただけであった。
「一応ちゃんと、1年半より前からこの辺をうろついてるかを確認して連れて来たぞ」
「マジか。タケルのくせに」
「へへん」
タケルはドヤ顔で首を吊っていた。
「んじゃ、お伺いしますか。皆さんの中で、この女の子を見掛けた方はいらっしゃいますか? 一昨年の9月10日、深夜です」
迅華が宙に掲げた夕実のスマホを、浮遊霊達は一斉に覗き込んだ。
『いたね、いた』
『確かにその日、このマンションに来てたわね』
『ああー、こりゃあれだ』
『藤咲さんとこの野乃香ちゃんじゃわ』
『ワシ、見たぞい。その子、猪藤さんとこの娘さんを突き落としてたぞい』
口々に目撃情報を語る浮遊霊達の証言を受け、夕実は思わず疑問を口にした。
「え? なんで皆揃ってそんなしっかり覚えてるの?」
それに対してのアンサーを出したのはタケルだった。
「浮遊霊なんか誰も暇なんだから、殺人事件なんて一番の娯楽だもんな。そりゃしっかり覚えてるだろ」
「え、趣味悪っ」
「仕方ないだろ。暇なんだから」
タケルの背後で浮遊霊達も一斉に頷いていた。
「じゃあ、彼女が何時にどのルートを通って京子さんの家に入ったのかは分かりますか?」
面食らう夕実を他所に、迅華も既に納得してるらしく、さっさと次の質問へと移っていた。
『その子がここに来たのは0時頃だったかな』
『わざわざ5階まで、非常階段を使って登って行ってたぞい』
『このマンションは駐車場から非常階段に入れるようになってるけど、そこには防犯カメラは付いてないからね』
やはり事細かに、浮遊霊達は当時の記憶を証言していくが、それに異を唱えたのはやはり夕実だった。
「ちょっと待った待った。流石に詳細過ぎじゃない? それ、本当にちゃんとした記憶? 話しを合わせる為に捏造してない?」
この言いがかりに、お爺さんの浮遊霊がいきり立って反論してきた。
『そこまで言うなら証拠を見せてやろうじゃないか。娘さんや、ちょっとスマホを出してみなさい』
「スマホ? これがどうしたの……って、わっ!?」
夕実のスマホは待ち受け画面だったのだが、突如として暗転し、何かの動画が再生され始めた。
まるで暗視カメラで撮影された動画のように少し粗めの画質ではあるが、そこには確かに、藤咲野乃香が階段を登っていく場面が映し出されていた。
『どうじゃ。当日のワシの記憶を投影したんだぞい。これは紛れも無く現実に起こった出来事じゃ。これで少しは信じたかの?』
「ええ!? これも心霊現象なの!?」
「そうですね。テレビとかに勝手に映像が映るみたいな、そういうやつですね……ただねぇ」
頷く迅華だったが、その視線はお爺さんの霊を捉えたままだった。
迅華に見守れたお爺さんの霊は、静かに、空気に溶け込むように、うっすらと消えていなくなったのだった。
「どこ行った!?」
「霊力を使い果たして消滅しましたね。浮遊霊がこんな強力な怪奇現象を引き起こしたら、まぁそうなりますよ」
「めちゃくちゃ命懸けな証拠提出だった!!」
夕実は額を叩いて天を仰ぐのだった。
「大丈夫ですよ。浮遊霊は最終的に消滅するものなので。彼にとってもこれが納得のいく消え方だったんでしょう。誰かの役に立てたんで、本望だったはずです」
他の浮遊霊達もこぞって首肯していた。
「え、ならいいけど」
あくまで真顔な迅華の解説に、夕実もなんとか納得したようだった。
「さて、では、もう少し直接的な証拠を集めたいところですが、映像提出のご協力をして下さる方は?」
『『はいはいはい!』』
迅華の質問に、浮遊霊達は我先にと挙手をして詰め寄ってくる。どうやら皆、それなりに浮遊霊を卒業したがっていたらしい。
順に夕実のスマホに映像を投影すると、ひとり、またひとりと消滅していく。
これが世に言う成仏に当たるのかは定かではないが、皆が一様に晴れやかな表情を浮かべて消えていく様を見るに、これで良いんだと想える光景であった。
「これで全員分ですね。特に最後の人の映像は決定的です。藤咲野乃香さんが京子さんを突き落とした場面がしっかりと目撃されてましたからね」
「うん。マジでヤバいよ、あの映像。出来ればもう二度と見たくないわ。でもこれで確固たる証拠が手に入ったわけだし、警察に持って行けば事件解決だね!」
「いえ、それは難しいでしょうね」
息巻く夕実だったが、迅華が冷静に水を差した。
「え? なんで?」
「この映像の出処を問われた時、真実を話して信じてもらえると思いますか?」
「…………!?」
夕実は、この証拠集めのムーヴが無意味だったと、今になって気付かされたのだった。




