第28話 探偵ごっこ
508号室の壁文字部屋を後にした迅華と夕実は駒場を呼び出し、住宅街から大通りに出た場所に見付けたムーンダックスに集合していた。
「こりゃまた……無理難題を引き受けたもんだね」
話しを聴いた駒場は開口一番に否定的意見を口にした。
「え? なんでですか? 犯人が分かってる事件ですし、しっかりと捜査すればすぐ真相解明出来ますよ」
対する夕実は、鼻息荒く言い返した。
「捜査って、分かってる? 僕達は一般市民なんだよ? 捜査なんて出来るわけないだろ?」
「なんでですか。聴き込みとかすればいいじゃないですか」
「それ、どんな権限の下でするつもりなんだよ? 一般人の僕らが無闇に聴き込みなんかしてたらすぐに通報されるでしょ」
「え、だってドラマの探偵とかはやってるじゃん、捜査」
「それはフィクションでしょ。しかも僕らは私立探偵でもない、ただのコンサルタント会社だよ。だし、大体、誰に何を聴き込むんだよ?」
「それは……京子ちゃんのご家族とか学校の同級生とか、近隣住民の人達とか?」
「じゃあ訊くけど、京子さんのご家族がどこに引っ越したのか知ってるの? 通ってた学校は……まぁ記事にあるから分かるけど、この件は今から1年半前。当時3年生だった同級生は皆卒業してるから、同級生を探すのは大変だろ。近隣住民への聴き込みは通報の危険性大。避けるべきだし」
「引越し先は……職場で訊くとか?」
「どこに勤めてたのか知ってるの?」
「じゃあ学校で卒業生の住所を訊くとか?」
「学校が個人情報教えてくれるとでも?」
「じゃあ引越し業者とか!?」
「それこそ個人情報教えてくれないし、どこを使ってたんだよ? 個人で引っ越ししてたら?」
「むぅ……!」
夕実が完璧に論破されたところで、駒場は額を抑えながら迅華に向き直った。
「迅華さんも分かってましたよね? これが無謀な依頼だって。30年もこの世界で生きてるんですから、言ってみれば僕よりもこの世界では歳上だ。どうして引き受けたんですか?」
「え? まぁ、夕実さんがやる気になってるんで」
頬をポリポリやって苦笑いの迅華の反応に、夕実は驚いた。
「え!? 迅華、分かってたの!?」
「へへへ」
迅華はテヘペロとばかりに舌を出してウインクしていた。
「とにかく、これは無謀以外の何物でもないんだよ。それを簡単に引き受けて、一体どうするつもりなんだ」
改めて駒場がタブレットを起動した。
「僕らがやれる事なんてたかが知れてるんだからね。まず整理すると、事件が起きたのは1年半前の9月10日、午前2時くらい。遺体の発見は午前4時くらい。両親は旅行に出掛けており、兄は外泊。その日は京子さんひとりしか家にいなかった。そこから1年間はご家族はそのマンションに住んでたようだけど、半年前に引越し。基本情報はそれくらいしか分からない。警察の捜査資料とかを見れないからはっきりと言えないけど、防犯カメラには藤咲野乃香は映っていなかったんだろうね。カメラの設置されていない裏口なんかを通って出入りした可能性もあるけど、目撃情報なんかが無かったから断定が出来なかったとか、そんなところだと思う」
「え? 駒場先輩、協力してくれるんですか!?」
「そりゃ、まぁ、するよ」
「マジすか!? いやー、いい男ですねぇ、先輩。めちゃ頼りになる! コーヒー奢りますね!」
「いいよ、別に」
身を乗り出して駒場の肩をバンバン叩く夕実を煩わしそうにしながらも、駒場も満更でもなさそうに頬を赤らめていた。
「警察の捜査資料! それ、見れませんかね?」
が、そんな駒場の反応など歯牙にもかけず、夕実はタブレットを覗き込んで言った。
「いや、普通に無理でしょ」
にべもなく却下する駒場に、夕実は食い下がった。
「いや、こっちにはタケルと星さんって普通じゃない特殊兵器があるんですよ? 警察に忍び込んでもらって、資料を見てきてもらうとか出来ませんか?」
その夕実の提案に答えたのは星だった。
「無理だな。オレ達は物は動かせない。警察には入れるし、もしかしたら資料のある場所までは見付けられるかもしれないが、じゃあそれを取り出したり中を開いて見るなんかは出来ない。たまたま誰かがその資料を見ているところに立ち会わない限りは無理だ」
「じゃあ、警察にお願いして資料を開いてもらいましょう!」
今度は駒場が首を振った。
「いやだから、一般人の僕らがどうやって警察にそんなお願いするんだよ」
「えー……無理かぁ」
「無理だね」
「じゃあ、うちらが今出来る事ってなんですか?」
ようやく大人しくなった夕実に、駒場がゆっくりと説明し始めた。
「まず、可能性があるのは、ネット記事を書いた記者にコンタクトを取る事かな。後、藤咲野乃香の動機を探る事。京子さんは、どうして野乃香に殺されたんだって?」
「それは、京子ちゃんの小説を盗作する為だって言ってましたね。京子ちゃんの小説は結構PV多かったらしくて、それを自分のものにしたかったんだって。実際に殺される前にその件で喧嘩したって言ってた」
「そうか。じゃあ、そっち方面も当たれるね。小説投稿サイトで京子さんの作品を確認して、それと類似した作品をアップしてるような人がいたら、それが藤咲野乃香の可能性がある」
「おおっ! なんか本当に探偵っぽい!」
「本当に探偵ごっこだけどね」
ため息をつきつつ、駒場は京子がアップしていたサイトにアクセスし、彼女のページを検索し始めた。
「ああ、この人かな。京橋みみみってペンネームの人……ん?」
タブレットをスワイプしていた駒場が指を止めた。
「9月10日以降に更新がされてる」
「え!?」
驚いた夕実も画面に視線を落とした。
「ほら、翌年の3月まで更新が続いてる」
「マジ!? って事はこれって、アカウント乗っ取りって事!?」
「って事だろうね。詳しく読まないと分からないけど、ざっと目を通した感じはだいぶ文体が変わってるし、間違いないだろうね」
「更新が3月で止まってるのはなんでですかね?」
「うーん……多分これだね。コンテストが3月に結果発表されてる。京橋みみみの名前は、無いな」
「なるほど! 全作が落選したから、野乃香は更新を止めたんだ!」
「そういう見方が強いだろうね」
「殺人までした挙句に結果も出せず、投げ出すとか、その藤咲野乃香って最低だね」
「ああ、最低だね」
夕実と駒場は嫌悪感丸出しな表情で、そのサイトを眺め続けていた。
しばらく無言を続けるふたりに痺れを切らしたのか、ようやく迅華が口を開いた。
「んじゃ、動機が分かったところで、今度は状況証拠を固めますか」
「え? 何か手があるの?」
「ん? ありますよ。もしかしたら目撃情報があるかもしれませんので、そこを聴き込みです」
「いや、迅華さん。それは難しいってさっき言ったじゃないですか 」
「大丈夫ですよ。通報なんかされません。むしろ、出来ない人達に訊くんですから」
「え? どういう事?」
「はい。周囲にいる浮遊霊に聴き込みをしましょう。気長な人なら、何年もそこに漂ってる場合もありますので」
あまりにも意外な提案だったが、確かにそういう武器を持っているのが今の迅華達である。夕実と駒場は感心したように頷くのだった。




