第27話 猪藤京子
『まさか、華村ウタハさんにお会い出来るなんて、夢にも思いませんでした! しかもお茶までご馳走してもらって!』
壁文字部屋の中央に座布団を敷くと、迅華と夕実はスーツケースから取り出したお茶とお菓子を並べていた。
大人しく着席した少女の霊も気持ちが落ち着いたようで、生前のままらしい、目元のパッチリとした愛嬌のある丸顔を綻ばせて、口早にふたりに話し掛けていた。
「と言うか、よく私の名前と声をご存知でしたね。有名な役なんてやってませんでしたよ?」
『あのあのあのですね、あたしパリピュア大好きで、中でも初期の頃の《おやつの流儀!パリピュア!》が大好きだったんですよ! それで19話のオトナッぽアップルパイの回に出てきたカフェのお姉さんが凄い好きで、その声をされてたのが華村さんだったんです!』
「え!? 迅華、パリピュア出てたの!?」
「え、出てましたけど、夕実さんがまだ赤ちゃんの頃の作品ですので」
「全然関係ないよ、時期なんて! 凄い! パリピュア出てたなんてめちゃ凄い!」
『え!? あなたもパリピュア好きなの!? 気が合いそうだね!』
ヲタ談義とは非常に怖いものである。霊の少女と夕実は一瞬のうちに打ち解け合ってしまっていた。
「アニメか。オレはそういうの観てこなかったから分からん。お前は分かるんだろ?」
「いえ、俺もパリピュアはちょっと。始まった頃にはもう中坊でしたんで、もっとエロいやつが」
星は勿論だが、意外にもタケルも守備範囲外だったらしく、男子ふたりは完全に置いてきぼりを喰らっていた。
そんなこんなでパリピュア談義も一段落したところで、改めて自己紹介を交わす流れになった。
「うち、尾栗夕実。宜しくね」
『あたしは猪藤京子だよ』
二人のJKは礼を尽くすように、深々とお辞儀し合うのだった。
「では、早速ですけどお話しをお伺いしましょうか。京子さんは、この部屋で小説を執筆なさってたんですよね?」
『はい。あたし、小説投稿サイトにネット小説をアップしてて、いつか自作が書籍化されて、更にはコミカライズとかアニメ化とかされるのを目標にして、真剣に書いてたんです』
「そうなんですか」
あの稚拙な感じではそれも難しかっただろうなと思いつつ、迅華は真面目に傾聴していた。
「それで、生前の夢を諦めきれずに、今もなお、執筆を続けていると」
『はい』
「そこまで熱心に夢を追い掛けていたのに、どうして自殺なんてしたんですか?」
『はい?』
迅華の質問に、京子の声のトーンが1オクターブ上がったのが分かった。
「え?」
『え? あたし、自殺なんかしてませんよ?』
「え? 自殺じゃない? と言いますと?」
『あたし、突き落とされたんです。あの日、家に来ていた藤咲野乃香に』
「「え」」
京子の口から飛び出した意外な事実に、迅華と夕実は思わず顔を見合わせる程に驚いた。
『ちょっと待って下さいよ? え、あたし、自殺した事になってるんですか?』
「ええ、まぁ」
目を見開いて尋ねる京子に対し、迅華はバツが悪そうに髪をいじるしかなかった。
「ええと、一応は分かる範囲で当時のネット記事を探したけど、全部自殺って事になってるね」
スマホを持っていない迅華に代わり、夕実が手早く記事を検索して内容を確認した。
『嘘でしょ? ちゃんと捜査してくれたの? 防犯カメラとか見てくれれば分かるじゃない!』
「いやー、そこまではうちには。警察の捜査情報とかになるのかな? 分からないよ。分かるのは記事に載ってる事だけ」
『そんな、酷い! あの子があたしを突き落としたんだよ!? 間違いないのに、どうして!?』
京子が取り乱すと、死亡時の頭部の傷から血が噴き出してきた。
「まぁまぁまぁ落ち着いて。血が出てますので。一旦落ち着きましょう」
迅華に宥められ、京子の出血も収まったようだった。
「自殺だと判断されたのは、遺書と見られるメモが見付かったからでしたっけ? 学校でのいじめが原因とかっていう」
「そうだね。父も言ってたし、記事にも書いてあるよ。筆跡からも本人の物で間違いないって」
『あたし、いじめなんてあってないです』
「「え?」」
更に飛び出す新事実。
「じゃあ、メモってなんですか? 何かそんなような事を書いてたんですよね?」
迅華の質問に、京子は首を傾げて逡巡し始めた。
『メモ……メモ……あ、もしかしたらあれかも。あの日あたし、野乃香とふたりで新作のプロットを考えてて、冒頭の部分を書いてたんです。異世界転生ものなんですけど、主人公のJKは学校でのいじめを苦に自殺して、それで異世界に転生するって部分を』
「……ちなみに、どんな内容だったんですか?」
『ちょっと斬新にしようって事で、冒頭は主人公の書いた遺書から始まるようにしたんです。まずは遺書っぽい手紙から始めて、その後に主人公が飛び降り自殺。その後で異世界にって感じですね。と言うか、今書いているのはそれの続きでして、もう異世界に行ってしばらく経ってからの部分なんですよ』
最初こそ沈んだ様子で話していたものの、途中から徐々にテンションが上がっていく京子。そしてその京子の話しを途中まで聴いた時点で、頭を抱えていた迅華と夕実。
つまりその遺書とは、小説内のフィクションであり、それが本物と勘違いされたと結論付けられた瞬間だった。
「ちなみに、その書き出しのアイディアはどちらから?」
『ええと、確か、野乃香からでしたね。架空の遺書から始まるとか、新しいよ! って言われて……え? まさか?』
そこでようやく京子自身も気が付いたようだった。
『まさか、野乃香が私に遺書を書かせて?』
「という事でしょうね。動機も何も分かりませんので、いつから仕組まれていたのかも分かりませんが、トリック自体は間違いないでしょう。野乃香さんという方は、京子さんを殺す為に、その小説を書かせたのでしょうね」
「怖っ。自殺だと思われていた事件が、まさかの殺人事件だったなんて」
3人は、息を飲んで互いの顔を見合わせた。
『じゃ、じゃあ、あたしを殺した野乃香は、まだ捕まらずに普通に生活してるの? ねぇ、あたしのパパとママはどうしてるの? お兄ちゃんは? 今、皆はどうなってるの?』
「いえ、そこまでは把握出来てません。少なくともこのマンションは半年程は空き部屋だそうです。ご家族は半年前に引っ越されている事しか分かりませんね」
『ねぇ、お願い。皆の事を教えて。それに、野乃香の事。あたし、許せないよ。あたしを殺したのに、野乃香が何の罪にもなってないなんて、許せない。迅華さん、夕実ちゃん。お願い。調べてきて、あたしに教えて下さい』
京子の頭部からはやはり血が流れていた。
きっとかなり気が立っているのだろう。
だが気持ちは分からなくも無い。
「そうだね。殺人事件がこのまま放っておかれるのはヤバいもんね」
夕実の中に正義感という名の炎が燃え上がるのを、迅華も間近で感じていた。
「仕方ないですね。では、少し調べてみましょうか」
やれやれと思いつつも、首肯するのだった。




