第25話 自殺した女子高生
「それじゃあ改めて、今弊社で鎌渡さんにお願い出来そうな案件はこの2件になります」
吾郎がテーブルの上に差し出してきたのは、通常の接客業務で使うような賃貸物件の図面だった。
1件目が築20年の2階建て木造アパートの一室、学生などの単身者向けの1R物件。2件目が築10年の5階建て鉄筋コンクリートマンションの一室、ファミリー向けの3LDK物件であった。
「え? 2件もあるの?」
「どちらも大した問題があるわけじゃないから、鎌渡さんに依頼する程でもないと、話しをしなかった物件なんだよ」
夕実の質問には「どうして一度に全部依頼しなかった?」という意図が見え隠れしていた為、吾郎は自然とフォローを入れて答えた。
「大した問題が無いって、どういう事?」
「単純に、心霊現象が確認出来ていないからだよ。どちらも事故物件には間違いないんだけど、心霊現象が無いのなら、除霊を依頼する必要もないだろう?」
「そっか、確かに。ちなみに事故物件って何があったの?」
「うーん、娘にこういう話しをするのは気が引けるが、どうせもう首を突っ込んでるか。アパートの方は老人の孤独死で、マンションの方は飛び降り自殺だよ」
「ふむふむ。この図面にメモしてもいい?」
「ああ、どうぞ」
探偵の助手でも気取っているのか、夕実はリュックからペンケースを取り出すと、嬉々として図面に情報を書き込んでいった。
「ちなみに、孤独死の場合、発見と処置が早かった場合は特に開示する必要は無いんだけど、今回はかなり時間が経っていて、ご遺体の腐敗が進んでいた。だから、事故物件として扱わないとならないんだけど、事件性は皆無」
「じゃあ飛び降り自殺の方は?」
「そっちも事件性は無いとはされてるよ。入居者の娘さんが飛び降りたんだけど、遺書らしきメモがあって、自殺は確定的。一応は……」
そこまで説明した吾郎の口振りが淀み始めた。
「学校でのいじめが原因と見られてるね」
「ちなみにその子の年齢は?」
「高校生。亡くなった時、夕実、君と同い歳だった」
なるほど、だから吾郎は言い淀んだのか。
自殺した女の子が、娘の夕実と重なったのだろうと夕実は察した。
「大丈夫だよ。うちにはそういうの無いから。周りでもそんな話しは聞かないし」
「そうか。なら安心だよ」
すかさずフォローを入れた夕実に安堵したかのように、吾郎は胸を撫で下ろしていた。
「じゃあ、もし心霊現象に結び付くとしたら、マンションの方が可能性あるかも?」
「そうかもしれないね。今の所は次の入居者が決まってないから何も無いけど、いざ入居してみたらって可能性はあるだろうね」
「じゃあ、まずは調査って事で、このマンションを見てみようか?」
「いいですよ。そこに行ってみましょう」
夕実に同意を求められ、迅華も頷き返した。
「あ、でもこれはまだ確定事案じゃありませんので、とりあえず無料調査って事でいいですよ」
迅華の真面目な申し出に、吾郎は苦笑しながら首を横に振った。
「いえいえ、調査料って事で報酬はお支払いしますよ」
「いやいや、それはダメですよ」
「えー? いいじゃん、せっかくなんだから、貰っておきなよ」
「ええ、これはまぁ、開業祝いの御祝儀だと思って下さい。依頼料2万、家賃報酬が3万、仲介手数料が1万。計6万円。そちらが今回の報酬になります」
「いやぁー……」
困り顔の迅華は、人知れず、足へと意識を向けていた。
が、先程のように足が攣る気配は無かった。
どうやらこのラインまでは許されるらしい。迅華は安堵し、その申し出を受け入れる事にしたのだった。
―――
件のマンションは、尾栗ハウジングから徒歩で約20分の場所に位置していた。
家からは駅を挟んで逆方向とあって、夕実も普段ならばやって来ないような住宅街であった。
「ここですか」
築10年とそこまで新しくはないものの、かなり現代的で綺麗な外観。階層こそ多くはないが、1階層につき10部屋もあるような、非常に大規模なマンションであった。
「どうですか? お二人共。霊の気配は感じますか?」
迅華が独り言のように呟いたかと思うと、突如として頭上に首吊り死体のタケルが、そして背後には星の姿が現れた。
「そうだな。かなり小さい霊力だが、居るな」
先に答えたのは星の方だった。
「そうですかぁ。これは本当に調査が必要な案件のようですね。むしろちゃんと報酬を頂いて良いような案件で良かったです」
あくまでそこが引っかかっていたらしく、迅華はヘラついていた。
「地場の霊力もそれなりに高いようですね。ここならタケルさんが回復可能ですし、もし万一が起きても対応出来るでしょう」
「お、タケルの充電池としての能力が遺憾無く発揮されるね」
ふたりの会話を聞いていた夕実が満を持して茶々を入れた。
「つっても、そこまで高いファンタジー力は供給出来ないと思うよ。多分ここ、事件性が薄いから心霊スポットとしてはかなり低レベルだ。俺自身も雑魚だし、必然的に発現量も少ないんだ」
「清々しい自己分析だね。でもこっちには星さんが居るし、タケルのダメな所もフォロー出来るんじゃない?」
「ふっ。オレはただの浮遊霊だ。タケルのようなどこでも地縛霊みたいな便利な機能は付いてない。オレの霊力は刻一刻と消耗していて、早く定住しないと消滅するぜ」
何故かニヒルな笑みを浮かべ、星は自身の役立たずぶりを暴露していた。
「え、何この4人もいて4人とも微妙な戦力」
「ただ霊が見えるだけのご自身も微妙だと分かってるところも清々しいですね」
唖然とする夕実に、迅華はやはりヘラついて肩を叩くのだった。
「さて、該当の部屋は508号でしたね。早速行ってみましょうか」
エレベーターで5階へと上がり、静かな通路を通って508号へと向かう4人。春休み中の午前とあって、各部屋からテレビの音や掃除機をかける音などがうっすらと漏れ聞こえてくる。そんな生活感の漂う中、該当の部屋へと到着した。
「じゃ、開けますよ」
吾郎から預かってきた鍵を使い、迅華が508号の扉を開けた。
入居者のいない内部はがらんどうで、比較的広い廊下の先にリビングダイニングが見えていた。
これまでの事故物件と違って、不穏な空気は感じられない。本当にただの空き部屋といった印象を受ける部屋だった。
「夕実さんは、少しここでお待ちを」
迅華はヒールを脱いでストッキングのままで室内へ足を踏み入れると、彼女のシルバーの毛先がほんの少しだけ勢力を増した。
「居るな。奥の部屋、あのリビングの隣の部屋だ」
背後からの星の言葉に促され、迅華はリビングを通り抜けると、閉ざされた扉のノブに手を掛けた。
「開けますよ?」
ゆっくりと、軽いベニヤ板の木戸が押し開けられた。
内側から、ほんの少しだけ温度の低い空気が流れ出してきた。
中を覗き込むと、そこにはひとりの少女の霊の姿があった。
一心不乱に、壁に文字を書き込む、制服姿の霊だった。




