第23話 幽霊マンション計画
翌朝、迅華生還の報せを受けた夕実は、駒場の家を訪れていた。
駒場家は由緒正しき陰陽師の家系とは聞いていたが、その家は、普通の和風古民家だった。
「こういう時にお披露目される家って、めっちゃ広いお屋敷とか、神社の敷地内にある社務所とか、そういうフラグ立ってますよね?」
「ごめんね。うちの両親、普通の農家と公務員なんだ。祖父も同居してるけど、引退前は農家だった」
自室へと案内しつつ、駒場はバツが悪そうに説明していた。
「ただ、陰陽師の家系ってのは本当だからね。祖父の部屋と外の物置に、古い文献がたくさん保管されてるから」
「へぇ、そうなんですね」
完全に興味を失っている夕実の生返事にも、駒場は耐えるしかなかった。
それくらい、今の駒場家は、普通の家だったのだ。
「あ、ここが僕の部屋」
縁側から少し入った先にある襖を開けると、8畳ほどの室内に、迅華が座っていた。
だらしなくベッドにもたれ掛かり、スナック菓子をバリバリと頬張りながら、テレビゲームをしながら。
「あ、夕実さん。夕べはありがとうございましたー。お陰様で無事に生還出来ましたよー」
「迅華!」
ニコニコ笑う迅華に駆け寄ると、夕実はその首に抱き着いた。
「あらあらー。私、ご心配をお掛けしちゃったみたいですねぇ」
「心配したよ! だって、やられちゃったって聴いたから!」
「でもご安心を。この通り、私はピンピンしてます。後ほら、私を斬り付けた張本人も、ちゃんと連れて来てますから」
「え?」
顔を上げた夕実の前に飛び込んできたのは天井から首を吊るタケルと、迅華の隣から少しばかり下がった場所であぐらをかいてテレビゲームを凝視する、1人の男性の浮遊霊の姿だった。
「確かに知らない霊が増えてる!? こ、この人が、星篤典さんなの!?」
昨晩、前もって星の情報を調べていただけに、夕実の驚きはただ霊を見る以上のものとなっていた。
それはつまり、連続殺人鬼を目の当たりにする驚きであった。
「あー、大丈夫ですよ。確かにこの人、生前は悪い人でしたけどね。今は悪意も無いですし、生前もただの殺人鬼なんで特殊な戦闘訓練とかも積んでないですし。今はもう無害な浮遊霊ですんで」
「え、ええと、確かにそれは駒場先輩に聞いてからここに来たけど……」
実際に会うのとではわけが違うと、夕実はそう行間で述べていた。
「ま、無理も無いですかね。普通は身構えるでしょう。星さん、夕実さんを安心させる為にご挨拶を」
「はじめまして、お嬢ちゃん。オレは星篤典。この姐御の言う通り、今は無害で無力な可愛い浮遊霊だ」
「おお……意外と茶目っ気あるんですね」
「はい、彼の素はこんな感じだそうです。殺人鬼やってた時はこんな軽口叩くメンタルじゃなかったらしいですけど」
「なんか、すげー悲劇的な香りが漂ってるんだけど」
「悲劇かどうかはそいつによるだろうがな。だがお嬢ちゃんもせいぜい気を付ける事だ。人はな、いつ他人を踏みにじるか分からん」
「すげー悲劇的な香り! しかも卑屈!!」
ニヒルな笑みを浮かべる星に、夕実は思わず仰け反ってツッコミを贈呈していた。
「まぁそのうち慣れて下さいね。だって、彼がここに居るのって、全部夕実さんのアイディアが基なんですからね」
思いの外にスピーディな打ち解け具合に、話しが長引きそうと踏んだ迅華がようやく本題を切り出した事によって、場は盛り上がり過ぎる前に収まったのであった。
―――
「こほん」
ジュースとスナック菓子の並べられたテーブルを囲み、司会進行役の駒場が咳払いをした。
「では、幽霊マンション計画についての会議を始めます。まず、この計画で最も重要かつ高いハードルなんですが、ズバリ、家賃です」
「おおっ! いきなり核心から突いてきましたね!」
「微妙に他人事なのは何故?」
やたら陽気に合いの手を入れた迅華に、夕実が呆れてツッコミを入れていた。
「え? 私自身じゃどうにもならない事ですので、夕実さんと駒場さんにお任せするしかないじゃないですか。それこそ他人事ですよ」
「なんてふてぶてしい」
「いえいえ」
迅華はポテチを鷲掴みしてバリバリやった。
「話し進めていいですか? とりあえず部屋に関しては、一昨日皆で話しをした、あのマンションで行こうと思ってるんだけど、あそこの部屋の家賃が月々5.5万円。管理費入れると5.8万。まぁ、事故物件だし、勇市の2DKマンションとしてみたら、安い方だと思うんですよ」
「でも迅華の月収って平均で8万くらいでしょ? まず払えないよね」
「そうなんだ。そこをどうするかなんだけど……」
駒場がテーブルの上にノートパソコンを開いた。
「普通に考えれば、収入を上げればいいんだけど、迅華さんはそれが出来ない。収入を得ると体調が崩れるって制約がある」
「今ふと思ったんだけど、表面だけ聞くとその制約ってただのクソニートだよね」
「誰がニートですか。一応は働く意欲はあるんですよ。体が受け付けないだけで」
「やっぱニートの言い訳にしか聞こえないんだよね」
夕実の揶揄に、迅華はプクッと頬を膨らませて見せた。
「それがファンタジー力自体の制約だから仕方ないんだから、尾栗さんは話の腰を折らない。で、その制約を躱して収入を得る方法を考えたんだけど、それがこれ」
駒場はタッチパッドをいじってから、ノートパソコンの画面を夕実の方へ向けた。
そこに表示されていたのは【真九郎コンサルティング】と銘打たれた、いかがわしさこの上ないコンサルティング会社のホームページだった。
「僕が代表となって、霊媒活動をする企業を立ち上げるんだ。実際に除霊を行うのは迅華さんだけど、報酬は僕が受け取る形にする。そして家賃をその収入から僕が支払えば、迅華さん自身が制約に抵触する事は無いと思うんだよね」
「ああ、身代わりって事ですか。確かにその方法なら、迅華は直接収入を得てないって事になると思いますけど、それよりもまずどうして霊媒師なのにコンサルティング会社なんですか?」
「起業するには、個人事業主だとしても、税務署に開業届を提出する必要があるんだ。で、霊能者がそういった届出をする時は、大体は事業内容をコンサルタント業って書く事が多いんだよ。霊媒師とか除霊とかじゃ通らないからね」
「へぇー、そうなんですか。でもどうして駒場コンサルティングじゃなくて、下の名前を使ってるんですか?」
「そりゃ、まぁ、駒場コンサルティングの名前はうちの父が使ってるから」
「あ、本当に霊媒師の仕事をしてるお家なんですね」
「まぁ。でもほとんど依頼なんて来てないし、あったとしてもほぼ悩み相談程度の内容だけどね。エセ霊媒師って言われても仕方ないと思う」
「あ、自覚はあったんですね」
容赦ない夕実のツッコミに涙目になりながらも、駒場は心折れずに説明を続けていった。
「とにかくこの方法なら、迅華さんをマンションに住まわせる事が出来るんだよ。これから具体的な報酬設定の説明に入るから、もう茶々入れないでよね」
一生懸命に話すも報われない駒場を不憫に思ったのか、優しく彼の頭を撫でてやる者があった。
「君に慰められるのは腹立つ!」
その正体はタケルだった。




