第22話 独断と偏見
「そうですか」
話しを聞き終えた迅華は、静かにフムと鼻から息を吹き出すだけだった。
「理由はどうあれ、殺人鬼は殺人鬼です。どんなに悲劇的な理由があろうと、あなたは裁かれて然るべき【悪】そのものでした」
冷淡な顔付きで迅華が放ったのは、表情そのものの冷淡な評価。むしろこの言葉を放つのであれば、どうして理由など尋ねたのか。
星の憎悪が一気に膨れ上がろうとした、その時だった。
「ですが、もう既に生前に裁かれてますからね。別に私がこれ以上どうこう言う筋合いもないでしょう。それよりも私が気になるのは、あなたがどうしてここに居るのか? です」
迅華はあっけらかんと言ってのけた。
むしろさっきの前置きは何だったのか。夕実や駒場がこの場にいれば、そうツッコまれる事うけあいな一言であった。
「そんなのは、知らん」
星はあからさまに気分を害したようで、プイとそっぽを向いてしまった。
「あなたのお話しを聴く限り、あなたの生前での安寧は、幼少期のこの家で過ごした頃のみだったのでしょうね。そして恐らくは、この土地自体も、あなたがこの家に居た頃が最も幸せを感じられる時間だったのでしょう」
「知らんよ」
全くもって神経を逆撫でする女だと、星は不快感を募らせるばかりだった。
「だからあなたはこの土地に呼ばれ、それに応えてこの家に帰って来た」
「……知らんよ。オレにとっては失われた場所だ。未練も何も無い」
「そうでしょうか? ではお伺いしますが、あなたは何故、この家の取り壊しを阻んだのですか? それはあなたが、この家を護りたかったからではないのですか? この家が、あなたの唯一の居場所だったから」
「……うるさいぞ、黙れ」
「あなたは、悲しいんですよね? いえ、悲しいでしょう。他人に振り回されなければ、あなたが悲劇に見舞われる事もなかった。あなた自身が壊れる事もなかった。その点については私も酷く同情します。私が同じ境遇だったのなら、同じ気持ちになっていたかもしれません。まぁ、私はそんなに弱くないですので、例えそうだとしても、きっとあなたと同じ道は辿らなかったでしょうが」
「何なんだ!? お前は! さっきから余計な一言が多いぞ!」
「いやだって、あなたを全肯定は出来ませんからね。そこは釘を刺しておかないと」
「そんなのは分かってるんだよ! オレは、オレ自身が間違いを犯していた事くらいは! だけど、だけど、後悔したら、オレが後悔しちまったら、オレが殺してきた連中が浮かばれないだろう! オレは、悪じゃないとならないんだよ!」
「あら、理由が判明しましたね。あなたがこの家を護る為に、無関係な人を殺めた理由が。あなたの贖罪なんですね。あなたが死しても尚、悪であり続ける事が」
迅華は、ニッコリと微笑んで見せた。
「でも随分と躊躇いましたよね。本当に追い込まれるまで誰も殺害しませんでした。ちなみにこれははっきりと伺いますが、死亡した作業員の方を殺害したのは、あなたですか?」
「……ああ」
「本当ですか?」
「……本当だ」
「本当に?」
迅華の詰問に、星は、遂に声を荒らげた。
「本当だって言ってるだろ!」
そして、口を噤んだ。
迅華の目を見たから。
黄金に輝く迅華の瞳は、恐ろしくも無く、優しくも無く、ただ星を見つめているだけだった。
そんな瞳に見つめられたら、星は、もう虚勢は張れなかった。
「殺してない……あの男は、本当にただの心臓麻痺だった。不運だと思う」
「ですよね? あなたは、地縛霊となった後は一度も、誰ひとりとして殺害してませんよね」
迅華が胸の前で両手をパチンと打ち鳴らした。
「あなたは、不幸です。死後の今も……いえ、今が最も不幸です。あなたはこの土地に囚われ、守護を強要されています。あなたはこの土地を守護しなければ、この土地に干渉する人々に危害を加える事も無いはずなのに」
「だけど……オレは、この家に……居たいんだ」
「そう! その気持ちを利用されているんです! これはアレです、やる気の搾取ってやつですね。現代用語で言うところの」
「でも、でも、オレは、オレは、この家が、好きなのは、本心だから」
「はい。そこは否定しません。誰しも、幸せな思い出のある場所は必要なのです。心の安寧は必要なのです。ですが……」
星は涙を落とした。
この先、迅華が紡ぐ言葉を予想出来ていたからだろう。自身でも感じていたはずの、その気持ちを。
「この土地に囚われている間は、この家はもう、今のあなたの安寧の場所では無いのでは?」
感じていた。
ずっとずっと。
でも、認められなかった。認めるのが怖かった。
またこの場所を失うから。
大切な思い出が、自分にとっての害悪になると思いたくなかったから。
「はい。気持ちはよく分かります。私も思います。どうしてこの土地は、あなたを楽にしてはくれないのかと。あなたを縛り続けるのかと。この土地は、気付くべきなのです。ずっとずっと留まり続けるのでは無く、先に進まないといけないと。変化を受け入れないといけないと」
星は涙を零しながら、引き裂かれる思いで言葉を発した。
「オレは……もう、楽になりたい」
「はい、よく言えましたね」
星の目の前で、迅華がすっくと立ち上がった。
「断ち切りましょう。この土地と、あなたの繋がりを。ドゥ・フォシ」
呪文と共にその右腕の先に、巨大な黄金の鎌が顕現した。
大鎌を翻すと、迅華は星を見下ろし、そしてまた微笑んだ。
「ですが、星さん。あなたをすぐに楽にして差し上げるわけにもいきません」
「え?」
それは、楽には消滅させないという意味か?
どうして今、そんな残酷な事を言うのか?
この期に及んで、まだオレに苦しめと言うのか?
星の心はまたしても真っ黒に塗り潰されようとしていた。
「あなたはもう十分に苦しんでいます。正直、私でも同情するくらいに。あなた、贖罪と言いましたよね?」
「あ、ああ」
「私の独断と偏見で申し上げましょう。あなたは既に、贖罪は済ませております」
「それは……どういう」
「ですので、星さん。あなたには、もう少しこの現世という場で、楽になって頂きたいと思うのです。消滅するだけが霊の道じゃないですから。楽しくやっていいと思いますよ?」
「そんな事、許されるのか?」
「だから独断と偏見なんですよ。ぶっちゃけ、世界の理とかからは外れてるかもしれませんけどね。そんなん、知ったこっちゃないんです」
言いきった瞬間、迅華が大きく鎌を薙いだ。
無限に続く回廊と化した空間が、上下に真っ二つに切り裂かれた。
―――
気が付くと、辺りは真っ暗闇。時刻は24時を回ろうとしていた。
玄関の引き戸を開けると、そこにはチャリの傍らに立つ駒場と、タケルの姿があった。
「「迅華さん!」」
ふたりの声がシンクロして迅華の名を呼び、迅華はそれに軽い挙手で応えた。
「無事だったんですね!」
「良かった!」
駆け寄ってくるふたりを制すると、迅華はニッコリと微笑んだ。
「おふたりが尽力して下さったようで、お陰様で無事に生還出来ました。お礼を申し上げますね。後、駒場さん、ちょうど良いところにいらっしゃいました」
「え? 僕ですか?」
キョトンとする駒場に、迅華は更に微笑みを増して言った。
「夕実さんの仰ってた幽霊マンションの件。あれ、私、謹んでお願いしたいと思います」




