第2話 スーパーにて
尾栗夕実、7歳。
彼女は今、近所のスーパーの食玩売り場でひとりの女性を見上げていた。
それは母よりも少しだけ背の高い大人の女性で、一生懸命に《スタープリンス》という腐女子向けアニメのカード入りガムを漁っていた。
世間を知れば特段珍しくもない光景なのだが、少女と言うよりもまだ幼女である夕実には、大の大人がアニメグッズを漁る行為は奇異に思えたし、何よりもその女性の容姿が幼女の目には奇異に映った。
顔立ちは、美人だった。
鼻が高く、唇は薄く、長いまつ毛に縁取られた目はパッチリと大きかった。
服装は、なんて事のないストリートフォーマル系で、《シュナイデルラン》というブランドを筆頭とした、フェミニンと洗練されたシンプルさが混在した、大人の妖艶さを演出するスタイル。
その女性が着ていたのは、ボディラインが強調されたタイトなベージュのニットと花柄のコクーンスカート。足元にはブラックスエードのピンヒールショートブーツを合わせていた。
そこに関しては特に目立った点は無いのだが、夕実の目を引いたのはその髪色だった。
頭頂部から顎辺りまではネイビーで、胸元まで伸びた毛先はシルバーという、その当時としてはかなり攻めた、アニメキャラのような髪色をしていた。
その点が、夕実の目を引いたのだ。
そんな妖艶な美女が、一心不乱にアニメグッズを漁っていた。
その奇怪な光景を、口を半開きにして《ひとりで!パリピュア!》のミニドール入りチョコの箱を抱えた夕実は、呆然と見上げていた。
「なにしてるの、夕実ちゃん。行くわよ」
そんな夕実を、母は無理やり引っ張って連れ帰った。
後に聞いた話しによれば、その女性は町内で有名な事故物件アパートに住んでいると有名な、風変わりな人物だったらしい。
少し大きくなった頃、何故あの時母がそそくさと夕実を連れ帰ったのかを理解した。
―――
そして10年後。
尾栗夕実、17歳。
立派なJKへと成長した彼女は今、近所の複合型大型スーパーでアルバイトをしていた。
彼女が持ち場であるお菓子売り場で、食玩の品出しをしていた時だった。
《サクッと転生!パリピュア!》のミニドール入りチョコを陳列していると、視界の隅にひとりの女性の姿が目に入った。
なんの気なしに振り向くと、頭頂部はネイビーで顎から下がシルバーの髪をした女性が、一心不乱に《シュウキュウ!》というイケメンが多数登場するサッカーアニメのカード入りガムを漁っていた。
夕実は、2度見した。
2度見どころか3度見した。
服装こそストリートフォーマル系ではあるものの、《シュナイデルラン》の代表的な白のオープンショルダーワンピースを纏っており、別物ではある。
だがその顔と髪色は、明らかに10年前に夕実が目撃した、あの女性そのものだったのだ。
しかもだ。
どこからどう見ても、その顔は10年前のあの日と全く変わっていない。有り体に言えば、歳をとっていないように見えたのだ。
夕実は極力、平静を保ちながら陳列を終わらせた。
そして何食わぬ顔で商品運搬用の台車を押してバックルームへと戻ると、一目散にひとりの先輩バイトの元へと駆けて行った。
「あの! 駒場さん!」
目的の先輩バイトは、バックルームで補充用商品を台車に載せているところだった。
「あれ? 尾栗さん、どうしたの? そんなに急いで」
制服のエプロン姿でスナック菓子のパッキンを開梱しながら振り向いたのは、駒場真九郎という名の男性。
歳は25。中肉中背でパーマのかかったの黒髪をした、特に特徴の無い至って普通の先輩バイトだった。
「駒場さんって、確か自称エセ霊媒師でしたよね? やっぱり心霊現象について詳しかったりするんですか?」
慌てた素振りの夕実を前に、駒場はにこやかに返した。
「うん。自称するならエセは付けないよね、しかもそれはバカにされてる時の他称だよね。後、霊媒師を自称するのは一応は他人よりも心霊現象に詳しいからなんだけどね。てかどんな言い草!?」
夕実の暴言に大人の対応を見せたかと思ったが、やはり最後には派手なツッコみで締めくくっていた。
「あの、例えばなんですけど、10年ぶりに会っても歳をとらないような人って、それって幽霊とか妖怪だったりしますかね? ちなみにその人、事故物件に住んでるって有名な人だったんですけど」
早口で捲し立てる夕実の言葉を清聴した駒場は、少しだけ逡巡した後に口を開いた。
「うーん、それだけでは幽霊や妖怪とは言いきれないよね。10年くらいじゃ、単純に若い見た目の人なだけかもしれないし。それに事故物件って、普通に賃貸物件として存在するから、家賃を浮かせる為に住んでる人は多いはずだよ。後、事故物件は1度誰かが住めば次回からは表記しなくても済むらしいから、実はあまり珍しくもないって聞くし」
「いやでも! その人、10年前に近所で見かけた人なんですよ? うち、8歳の時にこっちに引越して来たんですよ? 全く別の場所で、10年前と同じ見た目の人に出会うって、これってヤバくないですか?」
「ああ、尾栗さん、確か昔は東京に住んでたんだっけ? でもまぁ、そんな人がいたとして、引越しくらいはするだろうし」
「確かに!!」
夕実は普通に論破され、どーん! と仰け反った。
「と、とりあえずは駒場さんもちょっと見てみて下さいよ。もしかしたら何かしらの霊気とか妖気とか魔力とかファンタジー力とか見えるかもしれませんし」
「何よ、ファンタジー力って」
半笑いの駒場に論破されても未だに折れない夕実は、未だ半笑い中の駒場を無理やり引っ張ってバックルームを後にした。
「あそこ、あそこのお菓子売り場なんですけど。まだいてくれるかな? まだいて欲しいな。ほら、あそこ」
興奮気味に独りごちつつ、閉店間際の閑散とした陳列棚の間をドシドシと歩く夕実は、食玩売り場に到着すると棚の陰から顔を覗かせた。
「いない!」
案の定、件の女性は既にその場から立ち去ってしまっていた。
―――
アルバイトを終えた夕実は、人気の少ない住宅街をチャリを爆漕ぎして帰宅した。
玄関に入ると、そこに見慣れないヒールが行儀よく並んでいる事に気が付いた。
(お客さん?)
ローファーを脱ぎながらリビングの方の廊下に目を向けると、客間から談笑する声が聞こえてきた。
父、母、そして聞き慣れない女性の声。どうやらこれが、このヒールの持ち主のようだ。
「あら、夕実。おかえりなさい、早かったわね」
玄関の扉が開いた気配を察知した母が、リビングから顔を覗かせた。
「おかえり、夕実。バイト、お疲れ様だね」
次いで、父。
「あ、こんばんはー。お邪魔してます」
そしてその後から顔を覗かせたネイビーとシルバーの髪をした女性を目撃し、夕実は、
「ここにいたぁー!!」
どてーん! と尻もちをつくのであった。




