第19話 理屈霊媒師の本領発揮
タケルを送り出した迅華の髪色は、ほぼネイビー一色だった。
毛先の5センチ程がシルバーで、残りはネイビー。この状態は、彼女のファンタジー力が必要最低値である事を示しており、それは、彼女が今、ほぼ普通の人間と変わらない能力しか発揮出来ない事も示していた。
「危なっ!」
迅華はバックステップで剣撃をかわすと、反撃に転じる事なく踵を返して駆け出した。
胸の傷はそこまで深くはないが、出血はそれなりに酷い。辛うじて残り少ないファンタジー力で生命維持はしているものの、そのせいで減少も早い。残された時間は、恐らく5分程度だろう。
日本刀の霊もそれを感じ取っているのだろうか。
躍起になって追いかけて来る事もなく、ゆっくりとゆっくりと、床板を軋ませて、歩みを進めるだけだった。
(はてさて、これは大ピンチです。あの時、死んだ時以来の大ピンチですかねぇ)
それは、迅華がまだエクレール・サイザーだった頃の記憶だった。
(これが走馬燈ってやつですか。あの時はこんなの、考える暇も無かったです。魔王は強かったなぁ。一瞬でしたもんね、消し飛ばされるのって)
痛みの記憶も、恐怖の記憶も無い。
ただ強大な敵を目の前にし、何も分からぬままに魔術によって消し飛ばされた。
それはそれで幸せな死に方だったのかもしれない。今になってそう思う。
(いや、恥ずかしいですね。まさか、こうやって追い詰められて殺されるのが、こんなに怖いものだったとは)
迅華は走りながらヒールを脱ぎ捨てると、楽になった脚に鞭打って、全力で前を向いて駆けた。
(あと5分。あと5分だけ、泥臭くても逃げ回って、それで状況が何も変わらなければ、一矢報いるくらいはやってやりますか)
背後からは彼女をからかうかのように、やはりラップ音が響き渡っていた。
―――
「アイディアって、どんなものなんですか?」
真剣な表情の駒場に、夕実は生唾を飲んでから問い返した。
「うん。今君が見ているこのまとめ記事だけど……」
駒場もまた同じサイトを開いているらしく、スマホをいじりながら話し始めた。
「これは、現代の人斬りのファンサイトなんだ」
「え? そうなんですか?」
確かにこのサイト自体は駒場が調べ、URLを教えてくれたものだ。
夕実は記事を読むのに夢中で、サイト自体にまでは気が回っていなかった。
「うん。ほら、メニューを開けると掲示板なんかもあるだろ? 不謹慎かもそれないけど、こういう名のある犯罪者なんかは、往々にしてカルトなファンが付いたりするんだ」
掲示板を開いてみると、そこには星篤典を称賛する、あるいは恋慕の想いを綴る、あるいは崇め奉る、そんな、ふたりにとっては気味の悪い書き込みで溢れていた。
「ここに、生家についての情報を書き込もう」
「え!?」
駒場の発案したアイディアに、夕実は思わず声を出して驚いた。
「え、だって、それはまずいって今聞いたばかりなのに」
「そうだね。とある特定の住所が星篤典の生家である。って拡散の仕方はまずい。だけど、星篤典の生家はとある町である。って拡散の仕方ならば」
「え? 何が違うんですか?」
「これは僕の想像だけど、きちんと理屈を踏まえた想像だ。このサイトを見る限り、ファン達の間では、星の生家が施設では無いって事までは周知の事実のようなんだ。だけどまだ特定には至っていない。大体、3箇所程度に絞られているようだね。でも問題なのが、そこに勇市の名が挙がってない事なんだ」
「なるほど。だから、ファンタジー力がほぼ無い状態なんですね?」
「恐らく。だから、ここに勇市の名を僕らが書き込む。そうすると……」
「そうすると、それを信じたファン達が勇市を認知して、一気にファンタジー力が爆増するって事ですね!?」
「そこまでは行かないと思うんだ。特定の住所を流すわけじゃないからね。それに、全員が全員、突如として現れた情報を信じる事は無いだろうし。ただ、ほんの少しの人でも信じてくれたなら、そこには心霊スポットとしての芽が出るんだ」
「えー? でも、それじゃあファンタジー力が足りないんじゃ?」
「ここからが僕の理屈なんだけど、若干でも心霊スポットとしての認知が発生すれば良いんだ。何故なら、そこに星篤典自身の霊は存在してるんだからね。ファンタジー力の仕組みは【心霊スポットと呼ばれる場所】に実際に【霊】が居て、初めて生み出されるものだ。名実が伴った時点でファンタジー力は発生し、そしてファンタジー力は、霊側の力が強ければ強い程に高まる」
「そっか! タケルが言ってたみたいに、星篤典の霊がすんごい強いのなら、逆にファンタジー力もすんごい強くなるんだ!」
「恐らくは。僕は1度しか見てないけど、タケルと戦った時の迅華さんと、その前の結城洋治だったっけ? その霊と戦った迅華さんは、どちらが強かった?」
「え、前の方です! てか、全然戦い方とかも違ってた! 前はでっかい鎌を振り回して、魔法とか使ってたし! でもタケルの時は普通に手でぶん殴ってました!」
「だよね? きっと、相手の強さに合わせて自分の強さも変わるんだと思う。それがファンタジー力と迅華さんの力の仕組みなんだ」
「へぇー、流石は理屈霊媒師ですね! 話だけでそこまで見抜くとは。お主、中々のやり手ですなぁ」
グリグリと肘で脇腹をつついてくる夕実と距離を取りながら、駒場は咳払いをしてスマホを覗き込んだ。
「と、とにかく、お父さんがお風呂から上がる前に、早いところ書き込みをしてしまおう。この方法ならあまり迷惑にならずに済むとは思うけど、でも少しは噂を広める事にはなるからね。迷惑が皆無なわけじゃないから」
「うんうん、ですね! んじゃ、うちが……」
「いや、僕が。一応は危険なサイトへの対策もあるし、捨てIPアドレスから書き込むから」
「はい! お願いします!」
横から駒場のスマホをがっつりと覗き込む夕実の後頭部を邪魔に思いつつも、駒場は手早く文章を書き込んでいく。
〈青梨県勇市のとある町に彼の生家があるとの噂を耳にしました。同じ情報をお持ちの方はいらっしゃいませんか?〉
駒場の書き込みの後、すぐに反応があった。
〈は? 勇市? そんなこと聞いたことない。ガセでしょ〉
〈青梨かぁ。確かに過去、そんな考察はあったけど〉
〈いやいや、自分もその線は可能性あると睨んで調べたことあるよ〉
〈マ? 東京で確定したんじゃなかった?〉
〈まだ確定はしてねーよ。だけど青梨は可能性低いだろ〉
〈いや、これは再考察だな〉
やはりどうやら、この件についてはかなり高い注目度を持つネタだったらしい。あまり活発とは言えなかった掲示板が、駒場の書き込みの後から徐々に盛り上がりを見せ始めた。
「よしよし、これでいい。これで誰かが考察を初めて、それが議論されれば……」
ふたりの目の前では、既に100件以上の書き込みが行われ、その後も次から次へとアップされていくのだった。




