第15話 惜別と大人への階段
翌朝、尾栗家を訪ねてきた迅華は、吾郎に除霊完了の報告を行い、報酬の2万円と次の仕事の紹介状を貰い、去って行った。
夕実はと言うと、迅華の来訪には気付いていたものの、2階の自室から出て来る事は無く、窓から彼女の後ろ姿を見送るだけに留まった。
綺麗なタイトワンピースを纏った迅華の後ろ姿は、風船のように宙に浮かぶ逆さ吊りのタケルの首から伸びるロープを握ってはいるものの、とても優雅な歩き姿だった。
ーーー
そして同日、午後9時。
ガオンでのバイトを終えた夕実は、駒場と共にガオン内のマクドゥーガルドでコーヒーとポテトを嗜んでいた。
「そんな落ち込むんなら、もっと本気で引き留めれば良かったのに」
「別に、落ち込んでないし」
リスのようにポテトを細かくかじりながら、夕実は不機嫌そうに返した。
「落ち込んでない人は、あんな適当な態度で仕事しないんだよ。なんだよ、今日の態度は。お金貰って働いてるってちゃんと理解しないとダメだよ? 高校生とは言えお給料を貰っている以上は、その間は社会人なんだから」
「はいはい、すいませんでしたー。明日からは気を付けますのでー」
「ぜんっぜん反省してない」
気が立っている今の夕実には何を言っても無駄だろうと悟り、駒場は彼女をマクドゥに誘った本題に入る事にした。
「で、君はさ、どうしてそんなに迅華さんを引き留めたかったんだよ? 一昨日初めて会ったばかり……いや、10年前にも会ってるんだろうけど、きちんと関わったのは一昨日が初めてなんだろ? そんなに入れ込むような間柄じゃないと思うけどな」
それは、昨夜あのマンションでやり取りを交わしている時から感じていた疑問だった。
「え、別に」
夕実は取り付く島もないといった、素っ気ない返事を返すだけだった。
「別に何かあるよね? 言いたくないなら言わなくてもいいけど、じゃあ普通にしててよね」
この態度に業を煮やしたようで、駒場はため息をつき、席を立とうと腰を上げた。
「自分でも……分かりません」
やはりJKとでも言うべきだろうか。突き放されるのもそれはそれで面白くないらしく、夕実はようやく重い口を開いた。
「なんか、分からないけど、気になるんです。家が無いとか、色々と可哀想だなって思うし」
「でも、相手も大人だよ? それに、君や僕が生まれる前からそんな生活を送ってきた人だし。彼女と話した僕の率直な感想だけど、彼女は別に今の生活に困ってないんじゃないかな」
「それは……そうかもしんないですけど」
駒場は悟っていた。
この感じは、本当に本人自身も理解出来ないのだろうと。
今の言い訳は、恐らく完全に建前。
彼女の本心は、もっとこう、自分勝手な部分から来ているのだろう。
「犬猫を拾ってくるのとは訳が違うんだから、君がどんなに同情した所で、経済面とか、どうにも出来ない事はあるだろうし」
「それも分かってますよ」
夕実は少しだけ苛立ちを見せた。
「じゃあ、どうしてそんなに落ち込んだ気分になるの? そこを掘り下げてごらんよ」
駒場の助言に、夕実は少しだけ考えると、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「このまま離れるのは……なんか、勿体ないような……」
なるほど。駒場は納得がいった。
夕実は、迅華のもたらした非日常を自分のものにしたいのだ。
分からなくも無い。
あんな突拍子もない事象を見せ付けられれば、羨ましくもなるだろう。
それは駒場だって同じ事を感じたのは否定出来ない。
誰だって、自分が主役になりたいものだ。
迅華と付き合えば、きっと、あの非日常の世界の主役のひとりになれるかもしれない。
そう思うのは何らおかしい事ではないだろうから。
「そっか。君の気持ちはよく分かるよ。僕だって、同じ気持ちが無いと言えば嘘になる」
「え? じゃあ、駒場先輩も引き留めれば良かったのに」
「それは僕には出来なかったよ。だって、僕は僕。彼女は彼女だもの。僕の都合で、彼女を縛り付けるわけにはいかないじゃない。昨日も言ったけど、周りに迷惑も掛かるような事だし」
「それは……確かに……」
「だから、割り切らないといけないんだと思うんだよね」
「それが大人ですか?」
夕実はつまらなそうにポテトをつまんだ。
「うーん……そうかもね。残念だけど、そう片付けるしかないんだと思う。色々と諦める事が大人になるって事なら、そんなつまらない事は無いって思うけどさ」
「はい。めっちゃつまんないです。大人って」
やはりリスのようにポテトを小刻みにかじりながら、夕実は深いため息をつくのだった。
時刻は午後10時。
そろそろ夕実の門限の時間が近付いていた。
「じゃあ、もう遅いし、家まで送って行くから」
「はい。ありがとうございます」
ふたりは駐輪場からチャリを出すと、ゆっくりと押しながら歩き始めた。
「何度も言うけど、そんな落ち込むなって。さっきのマクドゥじゃ周りに人がいるから言えなかったけどさ、尾栗さんはもう霊が見えるようになったんだからさ。それだけでも十分、もう特別な君だけの物語が始まってるじゃないか」
「でも、見えるだけじゃ、意味無いし」
駒場が発したのは、歯の浮くような臭いセリフだったのだが、夕実はそれに食いつく事なくすんなりと受け入れていた。
「じゃあ、君もうちで陰陽道を学んでみたらどうだ? そしたら君だって、立派な霊媒師になれるかもしれないよ」
「いいです。うちがなりたいのはエセ霊媒師じゃなくて、迅華みたいに本当に除霊が出来るような、本物ですから」
「おいっ! 何度も言ってるけど、うちの家系自体は由緒正しいんだからね! たまたま僕が半人前なだけで、うちはちゃんとした家なんだからね!」
「そのたまたまを目の当たりにしてしまってるので、うちもそうなる未来しか見えないので、やっぱいいです」
「くっそ、もっと真剣に修行しておけば良かった」
駒場が強い後悔を口した所で、ふたりを、突如として異変が襲った。
生暖かい風が吹いてきたかと思うと、目の前に、ひとりの男の霊が降ってきたのだ。
「「うおおぉぉぉ!?」」
当然ふたりはビビり倒し、チャリごとどてーん! っと尻もちをつく始末だった。
「やっと見付けたぞ……夕実、駒場」
目の前の霊が、呟くようにふたりの名を呼んだ。
「なんでうちらの名前を知ってんの!? って、その声は……」
聞き覚えのある声にふたりが顔を上げると、そこに立つようにぶら下がっていたのは、
「大変なんだ! 迅華さんが、迅華さんが……」
ぶらぶらと宙を揺れる、タケルだったのだ。
「迅華さんが、やられちまったんだよ!!」
「「はぁ!?」」




