第14話 ファンタジー力向上生活のススメ
「えっ!? 迅華、もう行っちゃうの!?」
その申し出に真っ先に驚いたのは、勿論夕実だった。
「だって、お仕事の期間は1週間あるって言ってたじゃん! なんでそんな早く行っちゃうの!?」
心の底から残念そうなその物言いは、出会ってまだ1日の迅華には理解出来ないものだし、彼女らの関係性を知らない駒場にもタケルにも理解出来ないもので、夕実の感情だけがその場で浮いている存在と言えた。
「まぁ、昨日も言った覚えがありますけど、1週間って期間は、私が怠惰に過ごす為の猶予ですからね。1週間、無料で住居を貸してもらって、7日目に除霊と称して地縛霊を連れてそこを出る。それが私の除霊の実態ですので、早めに終わったのなら早めに退去するのが筋ってもんでしょう」
「いや、それは確かに聴いたけどさ……でもいいじゃない、期間は貰ってるんだから、その期間を目いっぱい使ったら」
「いえいえ、それでは私の霊媒師の評判に関わりますから。毎回きっかり1週間ってのもおかしいじゃないですか。だから、割と期間は前後させてるんですよ。今回は早いお仕事だったという事で」
「今回じゃなくていいのに!」
思いの外に意固地な迅華の反応に、夕実は徐々に不満を募らせ始めたようで、口調が荒くなってきた。
「それに、今回は掘り出し物を見付けました。もしかしたら、今後の私の在り方を左右する大発見かもしれませんよ?」
迅華はにこやかに笑いつつ、タケルの体を押し出した。
「え!? 俺の事言ってたの!?」
完全に蚊帳の外だと思い込んでいたらしいタケルが、首を吊ったうつむき加減の姿勢のまま目だけを見開いていた。
「はい、そうです。通常の地縛霊というのは、自分の地場を離れれば霊力が失われて行き、次第に消滅するものなのです。同時にファンタジー力も失われるので、それがこれまでの私の移動リミットでした。ですが、このタケルさんは非常に特殊です。地場を移動し、尚且つ力の強い地場に立ち入れば霊力も回復する。回復スポットさえ見付けられれば、半永久的にファンタジー力を供給し続けられる、言うなれば充電池みたいなもの。これは画期的な大発見ですよ!」
鼻息荒く、目をキラキラさせて語る迅華のそれは、新しいオモチャを見付けた子供そのものと言えた。
「うーん、確かに、それが現実であれば、非常に理に叶ってるね」
駒場もまた顎に指を当てて考え込んでいたが、納得のいった様子で顔を上げた。
「それで、地縛霊を携行するっていうのは、具体的にはどうやるんですか?」
「ええ。それは、普通に私に憑かせるんですよ」
「ああなるほど。だから平時は1週間かけて口説き落とすんですね」
「そういう事です」
互いに頷き合う迅華と駒場だったが、夕実だけは納得いかない様子だった。
「え、でも! 今回はそんな交渉してないよね!? 迅華とタケルはさっき会ったばっかりだし、それしゃ憑いて来てくれないんじゃないの!?」
どうやら、迅華が去ってしまうのを止めたいというムーヴから来る発言のようだ。
「そりゃ、相手がタケルさんなので問題ないでしょう。ねぇ? タケルさん」
「はい!」
迅華がタケルに向き直って尋ねると、揺れるタケルが食い気味に口を開いた。
「俺、迅華さんみたいな美人に憑いて行けるなんて夢のようです! 一生充電池として憑いて行きます!」
そうだった、タケルはこういう奴だった。
夕実は頬を膨らませながら、
「節操無し!」
タケルに当たらないパンチをお見舞いしていた。
「ねぇ、迅華。考え直してくれない? 実はうちね、ひとつ考えてたアイディアがあるんだ」
どうしても諦めたくないらしく、夕実は迅華の膝元に詰め寄ると、真剣な眼差しで語り始めた。
「あのね、迅華に必要なのはファンタジー力でしょ? それには地縛霊が必要なんだよね?」
「ええ、そうですね」
「だからさ、迅華の為に地縛霊を集めたらいいと思うんだよね。タケルを呼び寄せたみたいさ。それでこのマンションにたくさん居着かせたら、とんでもない幽霊マンションって有名になって、ファンタジー力もガッポガッポ! 迅華も安心して暮らせると思うんだよね! これがうちの、ファンタジー力向上生活のススメだ!」
いつから考えていたのか……いや、実は今さっき思いついたばかりなのだが、夕実はこのアイディアをとてつもなく良案だと確信していた。
だからこそ、迅華を引き留める最終手段として提示したのだった。
「え、確かにそれは名案ですね……今まで考えてもみませんでした」
そして迅華にもその価値は伝わったようで、神妙な顔付きで逡巡し始めた。
「ええと……それには問題があると思うんだけど」
が、ここに話しの腰を折る者が現れた。
勿論、駒場だった。
「そんなタケルみたいな都合の良い地縛霊ばっかりいないと思うんだけど。基本的に地縛霊は自分のテリトリー以外では存在出来ないものだろうし。それに有名な幽霊マンションって、周辺住民やお父さんの不動産屋さんにも迷惑以外の何物でもなくない?」
「先輩! そんな事は些事ですよ! 為せば成ります!」
「いや、些事どころか計画の根幹に関わる重大要素でしょ」
「うるさいですよ、この理屈屋! 理屈霊媒師!」
「霊媒師は悪口では無いからね」
言い合う夕実と駒場の脇では迅華が相変わらず逡巡を続けていたが、何かしらの結論が出たようで、腕組みを解いて向き直った。
「そのアイディアはとても良いのですが、ひとつ、重大な問題点があります」
「ええ!? 迅華は乗り気だったじゃん! なんでそんな難癖つけるの!?」
「難癖ではありません。むしろ、私側の問題点なので」
「え? 迅華側の?」
首を傾げる夕実に、迅華は静かな口調でゆっくりと告げた。
「私は……ここのお家賃をお支払い出来ません」
その返答に、勿論夕実はいきり立って肩を掴んできた。
「家賃って、そんなの! 父に頼めば何とかなるでしょ!」
「いえ、賃貸をするなら決められたお家賃は支払うべきです。特別扱いはいけません」
「真面目!」
「まぁ、迅華さんは勇者だもんね」
真剣な眼差しの迅華に、夕実は仰け反り、駒場は頷いていた。
「じゃあ、値下げとか!?」
「それはご説明しましたが、私は勇者の力を使う以外の方法で収入を得ようとすると、著しくファンタジー力を消耗するのです。長年の経験で、霊媒師以外の仕事は出来ないと確信しております」
「じゃあ、霊媒師で稼げばいいじゃん!」
「それも難しいのです。一定以上の収入を得ると、同じく消耗が激しくて……」
「え!? じゃあ、霊媒師の仕事も無償でやってるの!? 無料で住むだけの報酬で!?」
「いえいえ、流石に少しは頂いてますよ。ご飯とか、あと趣味の物も買いたいですし」
夕実は迅華がスーパーでアニメグッズを漁ってる姿を思い出していた。
「じゃあそのお金で! いくら貰ってるの!?」
「1回、2万円です。そこが限界ギリギリなようで」
「週給2万か。それじゃ流石に家賃は支払えないね」
冷静な分析を口にした駒場を、夕実がキッと睨み付けた。
「まぁそういうわけで、夕実さん。お申し出は大変ありがたいのですが……」
やはり迅華は三つ指をついた。
「お互いに、自分の生活に戻りましょう」
夕実は、唇を噛んで涙を堪える事しか出来なかった。




