第13話 転生勇者の制圧戦
「迅華ぁー!!」
そこにあったのは、薄水色の大人っぽいシルクのパジャマ姿ながらも、まるで地震を引き起こす巨人が大地に踏ん張ったような体勢の迅華の姿だった。
「迅華?」
夕実は反射的にその名を叫んだが、隣の駒場の存在をすっかり忘れていた。
驚くような訝しむような、そんな駒場の呟きを聴き、ハッとした。
迅華は恐らく、7階の703号室から降ってきた。
およそ21メートルもある高さから飛び降りたのだが、その髪色は半分がシルバーに染まっている。つまり、既に半分は勇者としての力が解放されている状態にある。
それを駒場に目撃されてしまったと、夕実は焦った。
が、事態はもはやそれどころではなかった。
迅華は裸足でアスファルトを蹴り付けると、エレベーターから這い出てきたタケルに一足飛びで突撃したのだ。
ほぼ刹那で迅華は夕実と駒場の頭上を飛び越し、轟音が響かせながらタケルの肥大した鼻っ柱にパンチを突き刺していた。
「ひぎょええぇぇぇ!!」
半ば這い出していたタケルだったが、迅華のパンチによって再びエレベーター内に押し込まれた。
いや、むしろ肉塊が波打ってエレベーターから溢れ出る程にえぐり込まれていた。
巨大なタケルの顔面から悲鳴が撒き散らされていた。
肉の弾力に押し返され、迅華の体がエレベーターから弾き出される。が、すかさず開閉口の上部の縁に指を掛けてぶら下がると、反動をつけて前蹴りを喰らわせた。
しかも、暴風雨のように滅茶苦茶な蹴りの連打が追い打ちをかけた。
夕実が優雅で華麗だと見惚れたあの時の迅華と同一人物とは思えない程に、今度の戦闘は獰猛であり凄絶であった。
「ぎょぎょぎょぎょぎょ!!」
はみ出た肉が波打ち、まるで餃子の皮に包み込まれる具のように、タケルの顔面が埋まっていく。肉に埋もれきって正に餃子のような塊になったタケルだが、迅華は更に蹴りを緩めず、エレベーターの奥へと押し込んでいく。
いよいよ圧縮され始め、狭いエレベーター内にスペースすら出来た頃、迅華はそのスペースに飛び込んで行った。
チンッ! とベル音と共に扉が閉まると、中からは形容し難い鈍く湿った音と「痛いやめて」といった内容の悲鳴が漏れ聞こえてくる。
チンッ! とベル音と共に扉が再び開くと、中にはボッコボコになって正座させられている、元の姿のタケル。そしてその背後で彼の頭を鷲掴みにしながら仁王立ちする迅華の姿があったのだった。
―――
703号室。
電気が引かれてない、真っ暗な部屋のダイニングキッチンの床には、小さなランタンが置かれていた。
迅華、夕実、駒場がランタンを囲みながら腰を落とし、その真上にはタケルが首を吊って揺れていた。
足元から仄明るいランタンに照らし出される首吊り死体は、言葉にしようのないくらいに気味が悪かった。
「では一旦、状況整理しましょうか。私は鎌渡迅華。霊媒師です」
「駒場真九郎です。僕も一応は霊媒師をしていますが、尾栗さんとはガオンのバイトで同僚です」
「タケルです。無職です」
夕実を中心として集まった初対面の3名が、各々に自己紹介をしていった。
「いやタケルの自己紹介いらんでしょ」
夕実がタケルの足を手の甲で叩くも、するりとすり抜けてしまった。
「まずはお礼ですね。夕実さん、駒場さん、ありがとうございました。おふたりのお陰で無事にファンタジー力の補給が出来ました」
深々と頭を下げる迅華に、夕実は照れた様子で髪をいじっていた。
「えへへ。上手くいって良かったよね、本当に。一時はどうなる事かと思ったけど。特にタケルがエレベーターの中に詰まってた時とか、マジで怖かったもんね」
「あれは私も驚きました。急にファンタジー力が増幅したかと思ったら、1階から悪霊の気配がしてきましたので。思わず着の身着のままで飛び出してしまいましたよ」
「あれも驚いた! 迅華、いきなり殴り掛かるんだもん。対話は!? って思った」
「まぁ仕方ないですよ。他人のテリトリーに土足で踏み込んだ上に友人を襲ってたんですからね。まずは制圧でしょう。武器や魔法を使われなかっただけ、ありがたいと思って下さい」
「はい、すみませんでした」
迅華が笑いながらタケルの足をはたくと、タケルの体が大きく揺れた。
「しかし驚いたのはタケルさんの存在ですね。確かに、このマンション自体は現在、先住者のお陰で霊力の高い場所ですが、だからと言ってすぐ順応出来るものでもないでしょうに。余程、地縛霊としての節操が無いとお見受けしますね」
「あ、正解。この人、多分どこでも地縛霊になれるくらい、どこでも良い人だね」
「はい、俺、どこでもいいです」
迅華の辛辣な分析に、夕実もタケルも笑って答えていた。
が、笑えない者がひとり、この中には混じっていた。
「あの……」
駒場だった。
「僕にはいまいち、状況が理解出来ないんですけど」
「あ、そうですよね。ではきちんと始めから説明致しましょう」
「え? いいの? 話しちゃって」
「ええ。致し方ありませんでしょう。この状況ですし、何よりももうさっきの戦闘をご覧になってますし。もはや一蓮托生。変に隠して探られるより、きちんと理解して頂いた方が、お互いの精神衛生上も良いと判断します」
「分かった。じゃあ、迅華の事だし、迅華に任せるね」
こうして、迅華と夕実はふたりの出会いから、結城瞳達の除霊までの経緯を、駒場に聞かせたのだった。
「え、ええと。凄いファンタジーな話しなんだね」
「はい。元ファンタジーの住民ですので」
駒場から発された言葉に、迅華は大きく頷いた。
「何かご質問は?」
「ええと、ファンタジー力、だっけ? それって、僕達霊媒師が言うところの、いわゆる霊力と同義って認識でいいんですかね? 僕には迅華さんも霊であるって思えるんですけど」
「それは別物ですね。例えばこのマンションは霊力が高く、霊が集まりやすい環境です。先住者の影響もそうですし、恐らくは元々、霊脈の上に建っているのでしょう。ですが私は霊力の強い場所にいようが、ファンタジー力が足りなければ力を得られません。これが私が霊では無いという確固たる根拠です」
4人のすぐ側を、子供の浮遊霊が追いかけっこをしながら通り過ぎて行った。
「じゃあ、ファンタジー力とは?」
「ファンタジー力というのは、人間の概念的な力と言えます。霊がいるなどの、人間がファンタジーを感じるその概念が、ファンタジー力の根源です。例え霊力の強い場所があって、何かしらの霊体が居着いているとしても、それが人間に認識されなければ、そこにはファンタジー力は発生しません。逆に霊が居なくても、そういった噂が絶えない場所であれば、若干のファンタジー力は発生します。言うなれば、人間という生物の集団的無意識の賜物と言えるでしょうね。まぁその強弱は、実際に地縛霊の有無によっても上下はするので、完全な無関係とも言えませんが」
「確かに、今回はタケルがこのマンションに補充された事によって、ファンタジー力が増幅されてたもんね。迅華の説明通りだった」
「はい。簡単に例えますと、土地を勇者パーティー、霊をメンバーとします。ファンタジー力とは、そのパーティーの評価や噂なんです。強いメンバーがいるパーティーは必然的に強いと噂になり、評価されますよね? そのメンバーが抜ければ、パーティー自体の評価が少しずつ下がります。つまり、名実揃って初めて、評価されるって事ですね」
「うわめっちゃ分かりやすい!」
「いや……それも迅華さんの証言しか根拠無いんだけどなぁ……」
未だに頬を引きつらせる駒場とは対照的に、夕実は納得したようにウンウンと首肯していた。
「とにかく、ファンタジー力の確保、ありがとうございました。これで私の仕事は一段落しましたので、明日辺りでもうお暇しようと思います」
迅華はそう言うと、丁寧に三つ指をついてお辞儀をするのであった。




