第12話 逃走劇
夕実と駒場はチャリで街を疾走していた。
「夕実ぃー! ゆうぅみぃぃー!」
呪いの声を上げて追い掛けてくるタケルから逃げながら、マンションを目指していた。
と言っても、ちゃんと信号待ちはするし、漕いでいる時もちょっと気合いを入れるくらいの力加減で済んでいた。
何故なら、追走してくるタケルが、
「ゆうぅみぃぃー!!」
声色とは裏腹に本気の鈍足だから。
一応は幽霊だけに体力の概念は無いらしく、常に全力疾走はしてくる。が、チャリには到底及ばず、少し飛ばせばすぐに引き離せて、信号待ちをしている間に追い付いて来る。そしてまた引き離しては、信号待ちで追い付いて来る。そんなペースを保ちつつ、ふたりは言葉を交わしながら逃げていた。
「ねぇ尾栗さん。これ、一体どこに向かってるの?」
「え? うちの父の会社が管理しているマンションですけど」
「え? なんでそんな所に? さっきも言ったけど、僕の家に逃げた方がいいよ。家に戻れば、ちゃんとした除霊が出来るから」
「え? それは無理があるんじゃないですか? 家でも外でも変わらないですよね?」
「いや無理じゃないよ!? 前から言ってるけど、僕の家は由緒正しい陰陽師の家系なんだよ! 蘆場道観って知ってる!? その蘆場の分家筋が駒場家なんだよ!」
「あ、それ映画とかで観た事ありますね。安芸典明の敵役でしたっけ?」
「いやそうだけど! 創作だと悪役が多いけど! でもちゃんとした陰陽師なんだよ!?」
国道の大きな交差点での信号待ちは長く、少し話しも長引いたところで、タケルが追い付いてきた。
「夕実ぃぃぃ!!!」
何とか追い付きそうになったが、そのタイミングで無情にも信号は青に変わり、夕実と駒場はまたしてもサーッと行ってしまうのであった。
「ねぇ駒場先輩。逆に聴きたいんですけど、どうして陰陽師は幽霊退治出来るんですか?」
「は? それは、陰陽師が陰陽道の修行を積んで、人並み外れた霊力を手にしてるからに決まってるじゃないか」
「でも、陰陽道って、中国の陰陽五行説に基づいて、平安時代に日本で成立した呪術や占術の技術体系のことですよね? 陰陽師って、要は国家専属の占い師として災異や吉凶を占ったり、天文学とか暦の知識で政治を助ける人だったんですよね?」
「え? 尾栗さん、めっちゃ詳しくない? なんでそんな事知ってるの?」
「え? 映画で観たんで。ていうかですね、なんで占い師なのに、幽霊退治なんか出来るんですか? ってうちは問いたいわけですよ」
「え?」
その夕実の質問、いやもはや詰問に、駒場は返す言葉を失ってしまったようだった。
「分かんない」
結局駒場から絞り出されたのは、その一言だった。
「しかも駒場先輩もそんな修行を積んだんですか? 仮に積んだとして、それってどんな修行だったんですか?」
「え……陰陽道の文献を読んだりとか」
「本読んだだけで幽霊退治出来るようになるなら、この世で1番強い霊媒師はオカルト趣味の文学少年少女だっつーの」
「いやでも家系が」
「もし血筋だけでそんな力あるんだとしたら七光りもいいとこだっつーの」
更に無慈悲に夕実に畳み掛けられ、駒場は遂に涙目になってしまっていた。
「でも霊は見えるもん!」
「うちだって見えてますよ! てかそれ、若干の魔力がある人間で、霊の存在を体で認知した人なら、誰でも見えるらしいですよ!?」
「何それ! なんでそんな事を尾栗さんが知ってるのさ!?」
その質問には夕実もハッとさせられた。
この知識は迅華から教授されたものである。それをひけらかす事は、追々は迅華の存在に行き着く事になってしまう。
夕実は、口笛を吹きながら明後日の方を向いて言った。
「いや、映画で観ましたから」
「何その古典的な誤魔化し方! 今どき口笛で誤魔化すとか見た事ないし! しかもふひぅーふひぅーって口笛下手くそ過ぎだし!」
流石に駒場もそこまでお人好しではなく、明らかに夕実の知識がおかしい事に気付いてしまったようであった。
それからしばらくは駒場に質問され続け、夕実はのらりくらりとはぐらかしつつ、チャリを漕ぎ続けた。
国道から住宅街へと入って周囲の街灯の数が減り始め、背後から追走して来るタケルの不気味さが徐々に増し始めた。
「ゆうぅみぃぃー!!」
流石に若干のハイペースでチャリを漕いでいる為、それなりに息は上がってきている。だが幽霊のタケルは全く息が上がらない。始めは滑稽に思えた状況だが、時間が経つにつれて次第に不安を感じ始めていた。
もしこのまま追いかけっこを続けたら捕まってしまうかもしれない。そんな現実が突き付けられた気分だった。
だが今はゴールが決まっている。
迅華の居るマンションまでは残り数百メートル。
夕実はラストスパートとばかりに、ペダルを強く踏み込むのだった。
「駒場さん! あそこ! あそこのマンションです!」
「あそこ? 見た感じは普通のマンションだけど?」
「いいんです! あそこの703号室に、タケルを呼び込みます!」
「なに!? 703号室に何があるの!?」
「あ……駒場さん、今日はここで大丈夫です。送って下さってありがとうございました」
「いや僕も行くからね!? 703号室!!」
マンションに到着し、夕実がチャリを置き始めても駒場は帰る気配がない。
「え! 本当にここでいいですから!」
「僕は良くないよ!? 絶対に付いていくからね!?」
「ストーカー!?」
「違うけど、違くないよ!!」
ワーワーと言い合うふたりだが、しっかりと横目でタケルとの距離感は確認している。彼はまだ、100メートルは離れた場所を一生懸命に走っている。
「とにかく、ここでいいですから!」
夕実がマンションの玄関ホールに駆け込み、1台しか無いエレベーターの昇降ボタンを押した。
運悪く、エレベーターは上階に止まっており、降りてくるまでは若干の待ち時間が必要となった。
「帰らないよ!?」
「いや帰って下さいよ!」
玄関ホールで問答を繰り返すうちにようやくエレベーターは到着し、チンッ! とベル音と共に扉が開いた。
そこには、巨大な肉塊と化して膨れ上がったタケルの顔面が、エレベーター内いっぱいにギチギチに詰まっていたのだ。
「「うおおぉぉぉぉぉ!!!」」
これには夕実も駒場もその場にどてーん! と尻もちをついて仰天した。
「ゆうみぃー!! ゆうみぃぃぃ!!!」
もぞもぞと蠢き、更に膨れ上がった怨嗟の声を上げるタケル。
「なんでぇー!!??」
「もしかして、このマンションの周囲100メートルくらいに入った瞬間から、突然霊力が増したのが影響してるのか!?」
「ええぇぇ!?」
夕実には心当たりがあった。
このマンションには、今日の昼まで、強烈な悪霊が取り憑いていたのだ。
「ゆうみぃ! 愛してる! ゆうみぃ!!」
タケルが肉塊を震わせてエレベーターから這い出てこようとしているが、ふたりは腰が抜けて動く事が出来なかった。
そして遂に、タケルがエレベーターから抜け出ようとした、その瞬間だった。
ドダンッ!!
背後の、マンションの玄関ホールの外に、何かが落ちてきたような音が響いた。
咄嗟にそちらに振り返ったふたりは、その光景にも度肝を抜かされた。
そこにあったのは、着地したそのままの姿勢であろう、腰を深く落として両腕を前に突き出した、
「迅華ぁー!!」
転生勇者の姿だった。




