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転生勇者のファンタジー力向上生活  作者: ロッシ
第2幕 ファンタジー力向上生活のススメ
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第10話 看板の下の首吊り男

 宵闇に染まる赤紫をした不穏な空模様を背景に、煌々と光を放つ牛丼屋の看板からロープが垂れ下がり、男の体がゆっくりと揺れていた。

 ぶらーん……

 ぶらーん……

 顔は暗くて見えないが、その眼差しだけは爛々と、明らかに夕実達の方を見ているのが分かった。


「うわあっ!」


 悲鳴を上げたのは、駒場の方だった。

 ほぼチャリから転げ落ちる程の驚き具合に、道行く人達が避けるようにして通り過ぎて行く。ここが国道沿いの、歩行者があまり多くない立地なのが功を奏したと言えた。


「え? 駒場先輩、もしかしてアレが見えるんですか?」


 チャリに跨ったまま、驚いた様子で夕実が問い掛けた。


「見えるよ! 当たり前だろ、霊媒師なんだから! って、もしかして尾栗さんも見えるの!?」


 完全に狼狽えている駒場が、信じられないといった表情で尋ね返してきた。


「あ、はい。見えてます」

「どうしてそんなに冷静なんだよ!?」


 事も無さげに返した夕実に、駒場は更に驚愕したようだった。


「あ、いや、詳しくは言えないですけど、あれよりもっと凄いの見たんで」

「何!? 何があったの!? 君に!」

「いやぁー……」


 当然と言えば当然の駒場の反応に、夕実は苦笑するしかなかった。


「と、とにかく、まずは除霊しないと」


 チャリを立て直すと、駒場は急いでポケットから数珠を取り出した。


「オンキリキリソワカ……オンキリキリソワカ……祓い給え浄め給え……祓い給え浄め給え……悪霊退散!」


 人目も憚らずに真言を唱え始める駒場に、周囲の人々は更に距離を置いて足早に通り過ぎて行く。更には牛丼屋店内の客達も、好奇の目をこちらに向け始める始末だった。


「ちょっと駒場先輩! やめて下さいよ恥ずかしい!」


 夕実もチャリを置くと、必死に両手を擦り合わせる駒場の肩に掴み掛かった。


「止めないでくれ、尾栗さん! 早く除霊しないと!」

「いやいや、それ多分、無駄ですから。効いてませんから」

「なんでそんな事が分かるんだよ!?」


 駒場が声を荒らげたと同時だった。

 ふたりの間に割って入るように、看板から首を吊っていた男の霊が、顔を覗かせていた。


「「ぎゃぁぁ!!」」


 これには夕実も驚き、堪らずにふたり揃って悲鳴を上げていた。


「ど、どうかしましたか!?」


 あまりの悲鳴の大きさに、牛丼屋のスタッフが駆け出して来る始末だった。


「あ!? いや、すいません! なんでもないんです! ちょっとふたりで怖い動画見てただけで!」


 すかさず駒場がフォローを入れてその場は穏便に収まった。

 スタッフが店内に戻って行ったのを見届けると、どてーん! と尻もちをついていた夕実が辺りを見回した。

 そこには首吊り男の霊の姿は無く、再び看板に視線を戻すと、やはり男が首を吊ってゆっくりと揺れているのだった。



 ―――



 ふたりは牛丼屋の裏手にある、看板が目視可能な児童公園へと移動した。

 仄暗い街頭の下にあるベンチに並んで腰を下ろすと、未だにゆっくりと揺れる首吊り男を凝視しながら話し始めた。


「ア、アレ、完全に地縛霊ですよね?」

「う、うん。そうだね。まさか、家が取り壊されてもまだ居着いているとは思わなかったけど」

「あそこの場所が、きっと自殺した部屋なんですよね?」

「そうだと思う。建物が無くなっても、同じ場所に憑いたままなんだろうね」


 迷惑料としてテイクアウトした牛丼をかっ喰らいながら、ふたりは首吊り男から目を離せなかった。


「あの、駒場さん」

「なんだよ、改まって」

「この公園から、アレと話せますかね?」


 夕実の発言に、駒場は頬張っていた全ての牛丼を吐き出した。


「は!? 地縛霊と話す!? 何言ってんの君!!」


 返ってきたのは当然の反応だった。


「いや、故ありまして、アレを連れ帰りたいんです。なので、話せば分かるかな? って」

「いや何言ってんの!? 霊と話しなんかしたら呪われるよ!? 祟られるよ!? 憑かれるよ!?」

「え、マジですか? 憑かれるって、うちが憑かれるって事ですか? って事は、連れ帰れるって事ですか?」

「ポジティブ過ぎだよ! 何その前向き発言! 目的の為には手段を選ばな過ぎだよ!」


 その駒場の一言が、夕実を奮い立たせた。


「そう! そうなんですよ! うちには目的があるんです! だから、地縛霊を連れて帰りたいんです!」

「箸で人を指すなよお行儀悪い! ……ちなみに、その目的とは?」

「言えません!」


 正に暖簾に腕押しな夕実の返答に、駒場はいよいよ頭痛すら感じ初めていた。


「……分かったよ。とにかく尾栗さんはどうしても霊を連れ帰りたいんだ。 だから霊と話しをして、ここから離れるよう説得でもしようかな? って事だよね?」

「ウィ!」

「なんでフランス語なんだ腹立つ」


 空になった牛丼のパックをゴミ箱に放り込みながら、駒場は夕実を思い留まらせる事が出来ない事を覚悟したようだった。


「分かった。そこまで言うならもう止めないよ」

「やった! じゃあどうしたら話せますかね? ここからでも話せますかね?」

「うーん……普通に考えたら無理だと思うんだ。地縛霊は、基本的にはその場から動けないものだから。ただ……」

「ただ?」

「アレはさっき、あの看板の下から僕らの傍まで降りてきたよね。もしかしたら、アレはそこまで地縛霊としては強力に繋ぎ止められてないのかもしれない。だとしたら、もしかすれば、説得して場を離れさせる事も可能なのかもしれないね」

「おおー、なるほど。流石は霊媒師ですね。めちゃくちゃ説得力がありました。んじゃ、とりあえず話し掛けてみますか。おーい!」


 夕実は勢い良くベンチから立ち上がると、牛丼屋の看板に向かって大声で呼び掛けた。

 が、首吊り男が反応する様子は無く、ただただ揺れているだけだった。


「あれ? 聴こえないのかな? おーい!」


 もう一度夕実が声を張り上げた時だった。


「うるさいぞ! どこのガキだ!? 警察呼ぶからな!」


 突如として近所のアパートの窓が開き、住人のおじさんに一括されてしまった。


「すいません! 静かにします!」


 駒場に謝って貰って事なきを得たが、もう大声作戦は使えない。夕実は意を決して、牛丼屋と公園の境にあるフェンスへと近付いて行った。

 

「最初からそうしてもらいたかったけどね!」


 勿論、背後から駒場に文句を言われたが無視し、胸元程度の高さのフェンスの前に立った。

 途端に肌に触れる空気が冷たくなった。

 それは、日が暮れて気温が下がったからという訳ではなく、明らかに何か別の要因。この世に居てはならないものが、夕実の傍に近寄って来たからだと、直感で理解した。


『さっきから……何の用……?』


 気が付くと、あの首吊り男が夕実の目の前に立っていた。

 幽霊なのだから息はしていないはずだ。

 にも関わらず、生臭い吐息が夕実の顔面に纏わりついていた。

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