ひっくり返す魔法3
3
サロ・ヴァルデンの死。唐突のそれにリシェルは目を疑いもう一度誌面を強くよく確認する。
「知っている人ですか?」
「知り合いではないけど、うん、そう知ってる人。さっき言った『見えない芸術』の有名人」
キアンはこの誌面を見て、アートについてリシェルに質問したのだから、芸術分野である事は容易に想像がついたが、内容がこうだとは思いもよらない。
リシェルはこの件についての情報は全く持っていなかった。リシェルが担当する月刊オラクルは先端魔法工学から魔法占いまで幅広い魔法に関する情報を中心としている。故に、芸術分野やそれに付随する社会変容を記す事柄は少ない。
しかし月刊オラクルを発刊し、リシェルが勤務する新聞社トリセクターにも、著名人の訃報を一面に取り上げるであろう部門は存在する。そこに何人か友人もいるが、それでもその様な話は耳にしなかった。あの噂が大好きな彼女達にして、既知の上、私に話さないなどという事は絶対にない。彼女達の話す訃報話は死神の次に早いのだ。
「セプタ・プレス……」
地区紙ゆえの刊行速度なのか、それにしてもこの情報を無碍には出来ない。私は1人の記者であり、私だって友人達の例に漏れず情報の死神である。
「今日は一度帰るわ。また明日必ず会いましょう」
リシェルはそういうと、立ち上がり服についた砂をパッパと払ってヴァンダイン家を後にした。
4
ヴァンダインの家から帰社した頃には時間は12時の少し前ほどになっていた。多くの社員は今は昼食やら休憩に出ているらしく、リシェルのオフィス内にはほとんど人がおらず閑散としている。
月刊オラクル担当のオフィスの2列目の2番目、そこがリシェルの机である。彼女はさっと机の上に小さなバッグを置くと、オフィスを出るとすぐそばの別室にいる編集長を訪ねた。
部屋にかけられる魔法式の在室プレートは、彼の在室を示す。すぐさまノックして、中へと侵入する。侵入する、この部屋のみ入る緊張感は確かにその様な表現がピタリと当てはまる。
「……あぁ」
小さく私に気がついた事を示す言葉。続いて「いらっしゃい、リシェル」と簡単な挨拶から始まる。
「失礼します」
言葉はやや固く強張る。
「この前は災難だったね。事件の容疑者にされたみたいで」
表情はにこやかではあるが、声は異様に凍てついて聞こえる声。口元は笑っているのに、声だけは氷のように冷たい、その違和感に、入社して三年経っても慣れることはない。
「いえ、無事に仕事にも復帰できたので、問題はありません」
「それもこれも、魔痕探知師の彼のおかげかな」
編集長は最新の月刊オラクルを取り出すと、リシェルが魔痕探知師を取り上げたページを開き、見る。
「ヴァンダイン・クロウフィールド」
そのページに彼の実名を記した記憶は無い。実名記載には本人の許諾が必要であった為だ。けれど、言い伝えた覚えはないけれど編集長はその名前を知っていた。
「知り合いでしたか?」
「いや。しかし知っている」
「君が狙っている魔痕探知師とは、彼のことだろう?その件は順遂に進んでいるかな?」
「いえ、今の所は彼にあたってはいるのですが門前払いを食らっているところです」
「なるほど」
「申し訳ありません」
「謝ることではないよ。君の仕事ぶりは知っている。君の様に自分の持っている誌面に新たな風を吹かせようと努力する事は月刊オラクルに欠かす事が出来ない行動だ」
「ただ、そう、誌面に穴が開くことさえなければね」
編集長は冷たく笑う。リシェルもそれに半ば強制的にぎこちない笑いを返す。
「それでどうしたんだい。今日もヴァンダイン・クロウフィールドの元へ向かっていったはずだったけれど。要件は何かな?」
「編集長、今日または以前にですが、サロ・ヴァルデンが死んだという話を聞いた事がありますか?」
「サロ・ヴァルデン、『死の芸術家』と呼ばれる彼の訃報。いや、耳にした事はないな」
「今朝方、七区にあるヴァンダイン家の郵便物を彼の同居人の少年と見たのですが、その一つにサロ・ヴァルデン死亡の情報が載っていました」
「どこの記事だ?」
「セプタ・プレスです」
「セプタ・プレス、七区の地区紙か。なるほど……全六区だったグラナティアに後に併合された故に、やはり七区は特殊な場所だな」
「この話は他の誰かに話したかい?」
「いえ、誰にも話してはいません」
「その判断は良い。大手他社の人間もいまだ小さな地区紙に載っただけのその情報には辿り着いていないと見える。明日の朝刊、トリセクターから唯一その情報を全区に対して大々的に発表する」
「リシェル、情報集めは君に任せる。少々勝手は違うだろうがよろしく頼む」




